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    滝の中

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    滝の中

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    くもさみとモブ

    土曜日の15時すぎ。ホットのオリジナルブレンド。窓際の斜めに向き合う2人席の片方に座り、読みかけの本を開く。
    中心街の端の方にあるこのカフェはわたしの行きつけになっていた。立地のせいか店内はあまり混んでおらず、洒落たジャズをBGMにゆったりとした時間が流れている。以前たまたま通りがかって試しに入ってみたところ店の雰囲気と挽きたてのコーヒーの味が気に入り、こうして決まった日に来ては本を読んだりぼうっとしたりと好きに過ごして日々のリフレッシュをしていた。

    そんないつも通りのとある日。もはや定位置となった席につきコーヒーを味わっていると、隣のテーブルに一人の男性が座った。足音がとても静かで椅子の引く音で存在に気がついたほどだ。なんとはなしにそちらに目をやる。
    ぐ、と喉が詰まった。一言で、きれいな人だった。楝色の髪が風も吹かない店内でサラリと揺れている。横顔は完璧な稜線を描いていて、手元のカップに視線を落とす切れ長の目元は涼やかだがきつい感じはしない。長い指を取っ手に添えてカフェラテを一口飲むだけでも絵になっていて、映画か何かのワンシーンのように思えた。わたしの意識は完全にその彼に向けられていたが、彼がカップをソーサーに置いたカチャリという音でハッと我に返り、慌てて本を読むふりをした。ほんの数秒、数分の時間だがわたしは大層間抜け面をしていたと思う。恥ずかしい気持ちと、それでも見ていたい気持ちとがせめぎあった。初めて見た人をじろじろ観察するなど不躾にも程があるが、わたしは耐えきれず、もはや内容も頭に入ってこない本のページから視線を滑らせて彼を盗み見た。当の本人は鞄から文庫本を取り出し読書に集中しているようだった。意識がそちらに向いているであろうことを良い事に、本に隠れてチラチラとみる。よく見れば耳にカフスやピアスなどしているし外見の要素は派手だ。それらが嫌らしく感じられないのは顔の造形は元より、しゃんと伸びた背筋など姿勢から品の良さが滲んでいるからだろうと思った。閑な寺社の庭園を思わせる佇まいだ。小さくほうと溜息をつき、彼の雰囲気に見惚れていた。
    わたしがそうして落ち着かない時間を過ごしてしばらくすると、彼の机の上にあるスマホがメッセージの通知を告げた。彼は読書の手を止めてスマホを手に取って画面をみる。
    あ、笑った。
    と、思わず声を出しそうになった。
    彼はメッセージを確認したのだろう、そしてその後ゆっくり笑んだのだ。まるで冷たい日陰から色めく春の陽光の下にきたような、そんな暖かさが彼の瞳にやどった。目線はおそらく画面の文字を追っている。自然に弧を描く口元、その一つ一つが慈しみと愛しさで満ちていた。きれいな花弁が開いていくのをじっと眺めているような高揚感。わたしのこの気持ちは一目惚れや恋など、そういう色っぽいことではない。ただそこにあるうつくしいものをできるだけ眺めていたい、そんな気にさせられた。
    もはや時間の感覚も薄れてきた頃、彼はもう一度スマホを見てなにかやり取りをし、席をたち店を出ていった。わたしはようやく何事かに解放された気になり大きく息をついて背もたれにうなだれた。
    きれいな人だった。その一言ではこの衝撃たるや多く語れはしないが、それに尽きるというのもまた本音だった。彼の置いていった春の匂いにまだ心は落ち着かないでいる。メッセージの相手は恋人だろうか。あれほど溢れるような彼の愛を受けている恋人とは一体どんな人なのだろう。あれほど心寄せるほどなのだ、きっと素敵な人なのだろうと思い、少し羨ましくなった。
    土曜の15時すぎ。それからというもの、彼の姿は度々店で見かけることになった。彼はいつ見ても淑やかにうつくしく、私の日々の楽しみはコーヒーの味と彼の姿を見ることのふたつに増えた。そうして観察しているうちに、一見淡々としてみえる佇まいに隠された感情が見えてくるようになってきた。今日は特に機嫌がいいとか、今日はちょっと元気がないなとか、そういうものだ。表情が伝わってくる、というような感覚。わたしは昔飼っていた犬を思い出した。見えない彼の耳としっぽがわたしに伝えてくる。もちろんそんなもの無いし、わたしが勝手にそう受け取っているだけなのだが。

    そうして彼をみかけるようになってかしばらく経った頃。その日はいつになく店内が混んでいた。どうやら近くにできた施設でイベントが開催しているらしく、その時間つぶしにここを訪れる人が多くなっているようだ。いつもはぽつぽつとしか聞こえない人のざわめきも大きく聞こえた。今日のところは帰ろうか悩んだが、見回すといつもの席が空いていたのでとりあえず注文をして席に着いた。ちらりと彼の定位置である横のテーブルを見るが、見知らぬ男女が楽しげに歓談をしている。今日は彼を見るのは無理かもしれないな、と少し残念に思いつつ、久々にこの時間をのんびり過ごそうとコーヒーに一口つけたところ、

    「すみません、ここ空いていますか?」

    頭上から声がかけられた。
    「はい、空いて……えっ」
    「相席してもよろしいでしょうか?」
    頭に雷が落ちたような衝撃。私に話しかけてきたのは、見間違うはずもない"彼"だった。一気に口内が乾き、どうにか震える声でどうぞ、とだけ声に出した。彼はありがとうございます、と礼を言って、わたしのテーブルのもう片方の席に着いた。彼もいつもと同じカフェオレだ。わたしは鼓動の音を大きく感じながらつとめて素知らぬ顔で窓の外を眺めコーヒーを啜った。そういえば、彼の声を聞くのも初めてだった。心地よい穏やかな低音とハッキリと聞きやすい滑舌、丁寧な口調。初めて聞いたにも関わらず想像通り、彼の声だと思った。少し距離が近づいただけで、彼が本のページをまくる音やカフェオレを飲む動作を感じ、彼も生きているのだなと、見当違いなことを考える。テーブルに視線を落とすとカップに添える手が目に入る。筋張ったしっかりと男性の手をしていたが、スラリと伸びた指先に綺麗に塗られた紫色のネイルが映えていた。さすがにこの距離で顔を見つめる訳にも行かないので、しばらくその紫を視界に入れていた。
    しばらくして、おや、と思う。いつの間にか16時を過ぎていたが、不思議なことに彼はその席から動くことは無かった。いつもならそろそろ店内をでていくはずなのに。こっそり彼の顔色を見るがその表情に変化はない。ただ近くで見ると肌は陶器のように滑らかでうつくしく、見つめすぎないように視線を下ろすことに必死になった。
    その時、急にコンコン、と目の前の窓が叩かれた。突然の音にビクッと体が跳ね上がり、意識が現実に引き戻される。
    視線をあげると、窓をノックしていたのは男の人だった。走ってここまで来たのだろうか、肩で息をしている。薄紅色の髪は柔らかそうにふわりと肩に落ちていて、整った顔のパーツの中でも瞳は可愛らしい印象を与えている。彼とはまた違う、だがきれいな人だった。その人の視線は私の隣の席に向けられていた。表情に焦りを滲ませながら手を顔の前に合わせて謝る仕草をして口パクで何かを伝えている。ごめんね、と言っていることはわたしにも分かった。そうして慌てた様子で窓から反対側にあるカフェの入口に向かっていった。紫の彼の友達だろうか。美形の周りには美形が集まるものかと変な納得しながら、ちらりと横に視線をやる。そして驚いた。
    まさしく花が咲いたようだ。すべやかな肌は熱を持ち、表情は色彩豊かに色づいて店の入口を眺めている。その瞳は扉の向こうの人を待ち焦がれていた。愛しくてたまらない、という視線だ。彼の見えないしっぽが左右にぶんぶんと振られている錯覚。わたしはこの顔を見たことがあった。
    呆然とそれを見つめていると時間を開けずに先程の外の人が急ぎ足で入ってきた。真っ直ぐにこちらのテーブルに向かってくる。可愛い顔をしているがテーブルの横に立たれるとしっかりとした男性の体格をしていた。
    「雨さん、ごめんね!」
    「いえ、大丈夫ですよ」
    「待たせちゃったよね…あれ?」
    薄紅色の瞳が隣に座るわたしに向けられた。
    「誰?」
    背筋に汗が一雫流れた。決して強い言い方をされた訳では無い。だが、確かな圧がわたしにのしかかり、体温が急に冷えた。偶然居合わせたものです、と変な言い訳のようだがとにかくなにか言おうとするが声帯が縛り上げられてるかのように声が出ない。蛇に睨まれた蛙であるわたしの様子に気づいているのかいないのか分からないが、紫の彼が店内が混んでいて、と話を繋いでくれた。
    「私が相席をお願いしたんです」
    「そうなんだ」
    薄紅の彼はふうん、と聞いたものの特に興味はなさそうで、混んでる中待たせてごめん、と彼にもう一度謝った。
    「気にしないで、それでは行きましょうか。…席、ありがとうございました」
    「ぇ、ああ、ハイ」
    なんとも間抜けな声色だが、どうにか返事をした。
    「ここが雨さんの言ってたお店かあ」
    「はい。今度は雲さんも一緒に来ましょうね」
    「うん!あ、豆も売ってるよ。買ってく?」
    「いいですね。明日の朝淹れましょう」
    「やったあ、雨さんの淹れてくれるコーヒー、楽しみだなあ」
    2人は仲睦まじくカウンターで会計を済ませて連れ立って出ていった。窓から遠くなっていくふたつの背がみえる。肩はすり合うように並んで、間の手と手が自然に、あくまでそうあるのが当然のように繋がれた。指が交わり、紫と薄紅のネイルが交差する。先程品よくカップの取手に置かれていた品の良い手を思い出した。あれが今あそこにあって、体温が混ざりあっている。なんだか妙にムズムズして、落ち着かない気持ちになる。
    彼らの会話はここから聞こえるわけがない。だが彼のその緩んだ横顔が、2人で過ごす時間が何よりも尊いのだと、そう伝えてくる。スマホの画面を柔らかく見つめるその先にはいつも薄紅の彼がいたのだろう。
    もはや冷たくなってしまったコーヒーを啜る。砂糖も入れてないのになんだか甘く感じた。しばらくここから動く気分でもなく、もう一杯頼もうかな、などとわたしは熱を当てられて火照る顔で考えていた。
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    滝の中

    DONEくもさみとモブ土曜日の15時すぎ。ホットのオリジナルブレンド。窓際の斜めに向き合う2人席の片方に座り、読みかけの本を開く。
    中心街の端の方にあるこのカフェはわたしの行きつけになっていた。立地のせいか店内はあまり混んでおらず、洒落たジャズをBGMにゆったりとした時間が流れている。以前たまたま通りがかって試しに入ってみたところ店の雰囲気と挽きたてのコーヒーの味が気に入り、こうして決まった日に来ては本を読んだりぼうっとしたりと好きに過ごして日々のリフレッシュをしていた。

    そんないつも通りのとある日。もはや定位置となった席につきコーヒーを味わっていると、隣のテーブルに一人の男性が座った。足音がとても静かで椅子の引く音で存在に気がついたほどだ。なんとはなしにそちらに目をやる。
    ぐ、と喉が詰まった。一言で、きれいな人だった。楝色の髪が風も吹かない店内でサラリと揺れている。横顔は完璧な稜線を描いていて、手元のカップに視線を落とす切れ長の目元は涼やかだがきつい感じはしない。長い指を取っ手に添えてカフェラテを一口飲むだけでも絵になっていて、映画か何かのワンシーンのように思えた。わたしの意識は完全にその彼に向けら 4160

    滝の中

    DONE世界の端っこのとあるサミ缶それは路地裏のゴミ山の端に転がっていた。
    なぜそんな所で見つけたかと言うと、自分もそのゴミ山のゴミと同じように地面に体を放り出していたからだ。服はもう何日着たかわからないしあちこち擦り切れてボロボロで、髪も髭も伸び放題。とにかく何か腹に入れたくてゴミ山を漁ったが、めぼしいものもなくやがて体に力が入らなくなりそのまま倒れ込んだ。もうここで終わりだろうか。最期までろくでもない人生だったな、と瞳を閉じるとくだらない思い出達が脳裏をかすめて、これが走馬灯かと自嘲気味に笑った。
    その時、コン、と耳に金属音が届いた。
    ネズミだろうかと薄く目を開けると、かすみがかった視界の中に一際存在感を放っている、ひとつの缶詰があった。こんなもの先程まであっただろうか。這いつくばったままにじり寄り、震えている手でそれを掴んだ。缶詰はあちこち錆びていて表示がうまく読み取れない。何かの──シロップ漬け、ということがどうにかしてわかる程度だ。見るからにしてかなりの月日が経っている代物のようだった。だが外側が錆びていても内側は大丈夫かもしれない。今はとにかくその缶詰に天啓のように感じ、少しでもいい、腐っててもいい、口 2490

    滝の中

    MAIKINGくもさみ いのちの匂いがする。
    だだ広い本丸の畑にしゃがみこんで、村雲はそう思った。凍えるような冬を溶かしてこの本丸にも春がやってきた。遠くに望む山々も緑が生い茂り視界が徐々に色彩を持ちはじめている。風はぬるく頬を撫でるし、日差しは徐々に暖かく大地を照らしている。
    村雲にとってこの本丸で迎える初めての春だ。寒さに震える日々よりずっといい。大きく深呼吸するとつちやくさのにおいが鼻腔をくすぐる。むくむくと、新芽が土を割り地表に顔を出す音まで聞こえてくる気がした。
    この季節は何かと忙しいらしい。雑草を抜き畝を作り土壌を整えてから苗の植え付けや種をまいて…等など、説明を受けるだけで混乱するほどとにかくやることが多かった。指示通りの区画を耕し終えたところで立ち上がりひとつ大きく伸びをする。しばらく屈んでいたせいで節々が軋んだ。
    「雲くん、お疲れ様。そろそろ日が高くなってくるしちょっと休もうか」
    「桑くん」
    少し離れたところで同じように作業をしていた桑名が歩いてきた。当番であろうとなかろうと畑にいることが多い彼だが、今日は正式な用命だ。桑名はまだ土があるだけの畑を見渡してひとり満足そうに眺めている。
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    滝の中

    MAIKINGモブ←☔←☁遣らずの雨


    外はざあざあと雨が降り続いていて、空には厚い灰色の雲が敷き詰められている。どんよりとした世界はどこか薄暗い。雨音をBGMにして、五月雨は誰もいない講義室の窓際にひとりで座っていた。ぼんやりと気に入りの句集を読み、高い湿度でふやけた感触のページをめくる。
    長雨の隙間を縫うように家を出たのが悪かったのか、傘を忘れたことに気づいた時には既に遅く、雨足は激しさを増すばかり。売店で新しいものを買うか、いっそ濡れながら走って帰るかとも思ったが、特に急ぐ用も無いからとこうしてしばらく雨宿りするに至る。
    無人の講義室をもう少し味わいたかったのも本音だ。普段の喧騒から逃れるように雨音が外界を遮断して、心地よい空間を作り出していた。
    そうしてしばらくすると、静けさを割くように人の足音が聞こえてきた。パタパタという音が酷く浮いて感じる。その音量は徐々に増し、どうやらこちらに近づいてきてるようだった。出入口の引き戸を見つめていると、予想通り数分の間もなくカラカラと控えめな音を立ててそれは開かれた。
    「おや」
    顔を出したのは白髪混じりの初老の男性だった。人が残っているとは思わなかったのだろう 6025

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