ロジャ兄 モデル
グレおば 事務
「おお……上手いな」
「あは、どーいたしまして」
ソファに腰かけて、鮮やかに艶やかに仕上げられていく自分の爪先に感嘆を漏らした。
丁寧に、一枚一枚綺麗になっていく自分の爪。
普段からペディキュアなんてしないから新鮮だ。
「ねぇグレッグ、爪塗らせて?」
ソファで興味の薄いテレビをぼんやりと眺めていると少し上機嫌なロージャがニコニコ笑顔で寄って来た。
手にはいくつかの小瓶とボトル、ヤスリのような道具も見える。
「んぁ? いきなりどうした?」
「事務所でコラボ商品が余ってたから貰っちゃって。私は加工で誤魔化して塗ってないから、どんな色か見てみたいんだ」
「ふぅん」
ローテーブルに並べられていく色とりどりの小瓶たち。
彼は何でもない試供品のように言うが、どれもこれもしっかりとしたブランドモノだった。
「よくやる……」
「うん?」
「いんや、何でも」
ロージャは男性らしくも色素の薄さと柔和な雰囲気でメンズ、ウィメンズの境無く仕事を受けることが多い。
高い身長も活動の幅の枷にはならないようで、いつぞやドレスデザイン系のモデルをした時は当然のように着こなして見る者を圧倒した。
お行儀よく整列するそれらも、他の所属モデルとのコラボではなく彼自身のコラボ商品だ。なにせ、コスメコーナーでばっちり決め顔の彼——のポスター——と目が合ったのだから。
「で、どれにする?」
数種類の色を前にロージャが興味津々で聞いてきた。
反して私は申し訳なさに苦く笑う。
「せっかく用意してくれたところ悪いんだけど、変に爪塗ると職場で色々言われちゃうから……ごめんね」
出勤日までに落とせばいいのだろうが、こんな良いものを塗ってすぐ落とすのも気が引ける。
「そうなんだ……あ、じゃあ足は? 靴下履くから足くらいは大丈夫でしょ」
ロージャの提案。
それは確かにそうだ。わざわざ靴下を脱げ、なんて命令されるほどヤバいとこではないし。
鮮やかな色に揺れる気持ちと、期待に満ちるロージャの表情に押されて足を塗ってもらうことになった。
色も少し迷いつつ、爽やかなグリーンを選択。ロージャとの初デートで着けた髪飾りを思い出したから、とはこの先も恥ずかしくて言う機会を失い続けるのだろう。
「じゃあ、やってくね」
そうして手際よく、少しの後。
可愛らしい色に染められた爪先をまじまじと眺めた。
「一旦硬化させたけど、完全に硬化するまでもうちょっと触らないでね」
「わかった。しかし、器用なもんだ。はみ出しもヨレも無いし、プロみたい」
「ふふ、ありがと。事務所の子が簡単に落ちるネイル持ってきて遊ぶことがあったから。知ってる? 子供向けの石鹸で落とせるやつとか、シールみたいに剥がれるやつ。それで、どうせなら本気で塗ってみようって勝負したりするんだ。楽しかったなぁ」
「そっか」
いつかの思い出に浸る横顔に、可愛らしさ半分、嫉妬心が半分。
「……ロージャは、その子たちにも塗ってあげたのか?」
浅ましい感情を抑えて平静を装う。
嗚呼なんて心が狭い。
「なーに? もしかして妬いてる?」
「さぁね」
「もう、グレッグ~」
顔を見られないようにそむけても、大きな体からは逃げられない。
当たるだけの優しいキスを一回。
そして、ふわりと甘いキスを一回。
「他人に塗ったのはグレッグが初めてだよ。勝負する時も自分かネイルチップだったから」
グレッグ以外にやらない。だから、機嫌直して?
蒼い瞳であざとく乞う。
結局彼に弱い自分を再確認しつつ、服の裾で不埒な動きをしていた手を摑まえた。
「ま、まだ、固まってないから」
「あー……」
思い出した様子のロージャが項垂れる。
丁度真下に来たつむじにキスを贈り、早く固まるよう、そっと願った。