ロジャ兄 モデル兼俳優
グレおば 元体育会系。OL
走る。
人込みを、通りを路地をがむしゃらに。
走って走って——どこへ?
私はどこへ逃げようというの?
「っはぁ!」
足元がおぼつかなくなってビルの壁に手を付き止まる。
呼吸ができないほど乱れ、整えようとすればするだけ全身から汗が噴き出た。
春物のジャケットですら重く感じる。薄手のシャツが肌にまとわりついて気持ち悪い。
肺の悲鳴と足の限界に耐えながら、ぐっと目を閉じる。
……嫌なものを、見た。
あんな場所にいた己を恨む。
今日は楽しみにしていたディナーデートで。
年甲斐も無く楽しみにしすぎて、待ち合わせ場所に早く着いてしまっただけで。
適当に時間を潰そうと近くのカフェで珈琲を飲んでいただけ。愛飲の煙草も家に置いて来た。彼は気にしないって笑うけど、せっかくなんだし、流石に時と場所と場合を考えられないわけではない。
そう、今日の私は彼のことで頭がいっぱいだった。浮かれ切っていたのだ。
カフェのガラス向こうに、見間違えるはずの無い亜麻色を見留めるまでは。
黒い車から出て来た高い身長に胸が跳ねた。
そして、もう待ち合わせ時間になってしまったかと時計を確認するより前に、信じられない光景に目が釘付けになった。
後から降りて来た一人の女性。
ロージャはその人をエスコートするように手を取り、高級ジュエリーが輝く店の中へ消えて行ったのだ。
何が起きたのか分からなかった。
何を見たのかも、理解できなかった。
頭の中が明滅して、フラフラとカフェから出て、気づいたら全力で走っていた。
彼に近づくために選んだヒールで彼から逃げる。
走って熱いのに悪寒が止まらない。
信じられないし、信じたくない。
彼の裏切りなんて、そんなもの信じたくない、のに。
美しいブルネットも、スレンダーな後ろ姿も脳に焼き付いて消えてくれない。
彼の腕にまわされた白くて細い腕も。
やだ、やめて。
彼に触らないで。
そこは私の——。
「けほ……っ、けほっ、っ」
やっと呼吸が落ち着いても喉がひりついてむせた。
——何が、わたしの、だ。
背中しか見えなかったとはいえあちらの方がずっとおしゃれだった。
多分私よりもずっと若くて、元体育会系であちこちかさばる体よりも守りたくなるくらい華奢で可愛らしくて。
なんだ、ほら。
必然、じゃないか。
いつこうなってもおかしくないって、分かり切ったことじゃないか。
私よりも彼にふさわしい女性なんてこの世に沢山いるってこと、すっかり忘れていた。
一人で浮かれて、独りで楽しくなって……バカみたい。
「は、はは、ほんと、ばかみた……う、うぅ……」
気合い入れたメイクも崩れていく。愚かで惨めな女にはお似合いだろう。
一時でも甘い夢が見られただけ、私は確かに幸せ者だったのだ。
それで、充分だ。
やがて涙も枯れ果てたころ、ふらふらと路地を歩きだす。
もう、何も考えたくなかった。
続