雪山でのチキンレース/グルアオ「そういえば、もうすぐグルーシャさんのプロマイドが発売されるね。
アオイはもう予約した?」
四人でお昼ご飯を食べていたら、突然聞きなれない単語が出てきて驚いた。
え、グルーシャさんのプロマイド?
何それ。
「あれ、知らんかったん?久しぶりに登場だとかでネットで大騒ぎだったけど…」
「そ、そもそもプロマイドって何?
パルデアではジムリーダーのグッズも普通に売られてるものなの?」
色々と追いつかないから、情報整理のために説明を求めるとペパーが教えてくれた。
「元々は、リーグがポケモンの写真とか絵が描かれたカードの販売が始まりだったんだけどよ、途中からジムリーダー達のも売られるようになってさ。
ほら、こんなやつ」
すっとペパーの生徒手帳から出てきたのは、複数のカード。
威嚇するオラチフやマフィティフ、そしてピクニック用テーブルの下に座りながらトレーナーの方を見上げるマフィティフ。
躍動感があってなかなか迫力があったり、反対に可愛いと感じられる絵もあった。
「これのジムリーダーの写真が写ってるやつが、今回出てくるんだと。
その人とあと誰だったか?」
「えーっとね、今回はグルーシャさんとナンジャモさんだって。
新しいカードが発表される度に盛り上がってるから、てっきりアオイも知ってると思ってた」
そんな当然のように言われても…。
知らない。知ってたら私も真っ先に予約してる。
だってお付き合いしている人のプロマイドだよ?
買わない理由なんてないじゃん。
「あーじゃあ、発売日にウチが連れてってあげよっか?
売ってるとこいくつか知ってるし」
私の無言の訴えに対して、ボタンが助け船を出してくれた。
「ボタン、ありがとう!私何が何でも手に入れてみせるよ」
カップラーメンを食べようとしていた彼女の両手を握りしめながらお礼と決意を述べたら、ちょっと引き気味におうと返事してくれた。
この時はグルーシャさんのプロマイドカードを手に入れるのに、ここまで苦労するだなんて思ってもみなかった。
最初の店舗でいくつかのパックを買ったら、簡単に手に入るんじゃないかって。
ダメなら、最悪箱ごと買っちゃおうとしか。
…正直に申し上げますと、はい。グルーシャさんの人気を舐めてました。
ま、まさかどこのお店に行っても棚はすっからかんの売り切れで、カードが五枚入ったパックすら買えないだなんて!
「人気やばすぎ。最近結構白熱し始めてたけど、ここまでとは思わんかった…。
やっぱ久しぶりに販売されたからかな」
「そうなの?」
「今調べたら、ジムリーダーとして就任してから出した初回以降だって。
久しぶりっていうより何年振りかって話だったわ」
あー、グルーシャさんは写真とか撮られるの大嫌いだもんね。
オモダカさんだとかに強く言われて今回も渋々参加した気がしてきた…。
なるほどねと一人で納得していたら、休憩のために座ったベンチの隣でいきなりボタンが大声をあげた。
「な、何!?どうしたの?」
「こっ、これ…」
震える声で私の目の前に彼女のスマホロトムがかざされる。
ちょっと近過ぎたから少し距離を取って見てみると、私もポケモン用のおもちゃを買う時によく使う見慣れたフリマサイトだった。
でもその画面には、私が探していたカードセットやボックスの写真がずらっと並んでいる。
一瞬そこから買えばいいかなって思ったけれど、記載されているお値段に驚愕した。
「は、え 何この金額!定価以上じゃん!!
いや、定価の十倍で売ってる人もいるし」
「おのれ、転売屋。プロマイドにまで侵食とは…。
このままじゃブイブイちゃん達の新しいやつ出た時、買えんくなる!」
「て、転売屋?」
聞きなれない言葉を聞き返せば、ボタンのスマホを持つ手が震え始める。
そして見たこともない形相で、転売屋とは何か そしてその人達が使う手段がいかに悪辣でどれだけファンが迷惑に感じているのを早口で説明してくれた。
その人達が転売目的で商品を買い占めて、このように高額で販売する影響が年々広まっているせいで、様々なグッズがファンや一般人では手に入りづらくなってきているらしい。
この前、ボタンが大好きなアニメのプレミアグッズを購入しようとした際、私みたいな状況になっていたようで、その時の気持ちを思い出したのか それはもう烈火のごとく怒っていた。
怒りに身を任せてかえんほうしゃでも放ちそうなレベル。
「もう我慢ならん!うち、今から寮帰ってあいつらに最大限の嫌がらせしてくる!
片っ端から通報や取引不成立を起こして、買い占めた分全部在庫の山にしてやるわ!!」
「ちょちょちょっと待って、落ち着いて!
なんかそれやって本当に大丈夫なの!?」
あまりの勢いに慌てて止めようとしたけれど、鼻息荒く こうでもしないと怒りが収まらない!ブイブイちゃんのカードが出た時のために、今戦う!!と昂っていた。
放っておいたら、あのLP不正増殖以上のことをしでかしそうな気がして、体張ってボタンの体にしがみついた。
確かにムカつくよ。
だって、普通なら手に入るものをお金儲けのためにこんな酷いことしちゃうんだから。
人の恋人で悪どい商売なんてしないでほしい。
でも、今の怒り狂うボタンをそのままにしちゃだめだ!
なんかこう、本当に警察のお世話になっちゃいそうな気がする!!
「と、いうことでこのことをオモダカさんに報告と相談をして、転売行為阻止のため動いてもらえることになりました!
カード販売を企画していたリーグ側も、こんなことになってるの知らなかったそうです」
「…なんでそんなカードくらいでみんな必死なの」
心底意味わからないという表情を浮かべながら、隣でグルーシャさんはコーヒーを飲んでいる。
まあ、あなたの写真嫌いの関係で雑誌に載る機会もほぼないし、一目見ようとすればジムに挑戦するか、ナッペ山を登ってジム戦を観戦するしか方法はない。
それがいつでもカードだとかで見れる状態になるとしたら、ファンの皆さんはそうなりますよ。
だって私も実際に欲しかったし。
そう説明したら、本人は不機嫌そうに眉を顰め始める。
「応援してくれる人達ならともかく、なんでアオイまでそのカードがほしいわけ?
あんたはぼくと付き合ってるんだから、そんなカードなくったっていつでも見ることできるだろ」
「それとこれとは別です。
グルーシャさんだって、手持ちでアルクジラやハルクジラを持ってますけど、それはそれとして野生で群れてる子達を見たら癒されるし、しばらく見たいってなりますよね?
これですよ。カードならお財布や手帳に入れておけば、いつだってグルーシャさんの顔を見ることができるので、嬉しいですよ」
「ちょっと何言ってるのか、ぼくにはわからない」
ピシャリと跳ね返されたけれど、そういうもんだと私は思っている。
電話や直接会いに行ける関係性だとしても、やっぱり手の届く範囲ですぐに見ることができるプロマイドカードは特別だ。
「もしカードがあれば、写真立てや生徒手帳に入れて枕元に置けば一緒に寝ている気持ちにもなれますし!」
にっこり笑顔でそう言えば、ますますグルーシャさんの機嫌が悪くなる。
あぁ、眠る私のそばにあのプロマイドカードが置かれているところを想像して、そのカードにさえ嫉妬しているんだ。
ふふ。そんなに険しい顔しちゃうと、眉間の皺が消えなくなりますよー。
非常に嫉妬深い恋人の反応を見て、内心可愛いという感情ともっともっとその表情を見たいという欲望が駆け抜けていく。
グルーシャさんのカードがほしいというのは、本当。
いつだって彼の顔を見ることができるというのは、純粋に嬉しいから。
ボタンからあのカードの見本写真を見せてもらったけれど、彼と目が合うようなアングルだったし。
だけど、それ以上にそのカードを持っているだとか ほしいだとかを言うだけで、ここまで嫉妬してくれる彼の顔が見たいのだ。
だからわざと、手に入れたら一緒に眠っているような雰囲気を味わいたいだとか言って煽る。
それは絶対零度トリックだなんて呼ばれ 氷像のように冷たい顔で世間に出ている彼は、私の前じゃこんなにも表情豊かで可愛いんですよ と密かな優越感に浸るためでもある。
可愛い、可愛いグルーシャさん。
もっといっぱいヤキモチ焼いてください。
私、その顔を見るのが大好きなんです。
だってすっごく愛されているって感じられるから。
あまりやりすぎると、怒られるどころじゃないからある程度加減は調整しないと。
でもそのスリルすら私には楽しくて愛おしくて、多分痛い目見ないと止められないんだろうなと思う。
いや、そうなっても止められるかどうかも怪しいかもしれない。
…例えそうだとしても それまで目一杯楽しませてくださいね、グルーシャさん。
終わり