楽しい準備の時間/グルアオ「グルーシャさん、これはどうですか?」
勢いよくフィッティングルームのカーテンを開けると、私の旦那さんの前で一回転してみる。
試着しているのは、複雑なレースの長袖がついたAラインドレス。
色は白。
だって今、結婚式に着るためのドレスを選んでいるから。
ちなみにこれで五着目。
他にもマーメイドラインやプリンセスライン、エンパイアラインにベルラインと様々なデザインのものを着てみた。
だけど、見せる相手の言葉は一字一句全て同じ。
「うん。アオイによく似合ってる」
「あの、五着全てそう言われると選べないんですけどー…」
もしかしなくても興味ないんですかと膨れっ面で抗議すれば、グルーシャさんは穏やかに笑いながら 全部似合うからと言う。
その言葉を聞いて、隣で立っているお母さんが笑ってる。
「そうじゃなくて…。グルーシャさんの意見も聞きたいんですけれどー」
「本当に全部好きだから、そう言われると困るんだけど…。
アオイはどうなわけ?今までの中でどれが一番好き?」
何だか誤魔化されたような気がするけれど、うーんと悩む。
「アオイ、こういう時はね自分の直感で好みを選ぶものよ。
なんだかんだで、後から見返して後悔ないのはそれだから」
「…さっきのベルラインか、今着ているAライン かな。
大人っぽく見えるし、可愛いから!」
「じゃあ、二択ね。まあ精一杯悩みなさい。楽しい時間だから」
お母さんも他人事だと思って…。決められないから悩んでいるのに。
そう考えながらむすっとしていれば、グルーシャさんがまた持ち帰って一緒に考えようと言ってくれた。
「ほら、写真撮るからこっち向いて」
珍しくスマホロトムを片手に、グルーシャさんが撮影しようと構えてくれる。
どうせなら可愛く写りたいから、にこっと笑う。
色々な角度から写真を撮ると、今日は一旦引き上げるためにもう一度スタッフの人と一緒にフィッティングルームの中に入った。
うぅ…。私結構決断力ある方だと思っていたけど、なんだかんだで悩んじゃうなー。
「本当にどのドレスもお似合いでしたよ。
あんなにお相手の幸せそうな顔を引き出せるのは、お客様しかいらっしゃいません!私も驚いておりますし」
後ろの留め具を下ろしながらドレススタッフの方が話し始める。
多分お世辞じゃなくて、本心でそう言っているんだろうな…と感じた。
だってそのお相手は絶対零度トリックの異名を持つ、こおりタイプ専門のジムリーダー様だから。
どんな媒体であろうと、あの氷像みたいなクールな顔を崩すことなんて絶対にない。
それしか見たことない人だったら、今の幸せ全開と言いたげな満面の笑みを見て腰抜かすと思う。
…実際にブライダルスタッフの人が初めてその顔を見て、腰を抜かしてしまい本当に大変だったから。
まぁ、何とか持ち直しそれ以降はプロ根性を見せつつ、全力で素晴らしい式にしましょうと鼻息荒くして頑張って下さってるけれど。
聞けば、実はプロのスノーボーダー時代からグルーシャさんのことを知っていたようで、あのどん底の状況から今の幸せな表情を出せる相手が見つかったことが嬉しく、今まで養ってきたキャリアを出し切る勢いで気合が入ったと話してくれた。
もちろんそこにはグルーシャさんに対する恋愛感情は一切なく もし気になるようなら担当の変更を申し出てもらっても構わないと言われた。
正直その話を聞いた瞬間、若干の疑いとチリっと焦げつくような胸の痛みを感じたけれど、グルーシャさんの幸せを心から祈ってくれていた人はちゃんといてくれたんだと安心した。
もちろん、ナッペ山ジムの皆さんも そう思っていてくれていたことは知ってる。
…だけどずっと、グルーシャさんは自分には何もない 空っぽな人間だと卑下していたから、本当にそんなんじゃなかったことが今一度知ることができた。
ちなみにこのことについては彼本人にはまだ伝えていないけれど、どこかのタイミングで言ってみようかな。
ドレスを脱ぐことができたら、自分の服に着替えた。
次回の試着時に正式決定することをドレススタッフに伝えると、お待ちしておりますと百点満点の笑顔が返ってきた。
聞けば、四 五回試着をしに来ることもざらにあるらしく、むしろ私は早い方だと教えてくれた。
やっぱり悩むもんなんだと、ちょっと安心した。
三人でお店を出ると、お母さんはコサジタウンに戻ると言い出した。
「え、せっかくハッコウシティまで来たのに、本当にいいの?」
「また次も来るでしょ。その時にカフェでも寄りましょう。
二人でゆっくりとしていけばいいわ」
「あの、今日はわざわざありがとうございました。
お義母さんのご意見を頂けてよかったです」
「いいのよ〜。お父さんもグルーシャさんみたいに全部いい 似合ってるとしか言わなかったから。
全く同じ会話していたの思い出して笑っちゃったわ」
うふふと笑うと、それじゃあと コサジタウン行きのそらとぶタクシーに乗り込んだ。
二人で手を振ってお見送りすると、どうする?と聞かれた。
「あ、なら旅行会社でパンフレット取りに行きませんか?
もうそろそろ新婚旅行先決めたいですし」
「うん、いいよ。行こう」
にこりと笑うと手を繋いで大都市内を歩いた。
アローラ、イッシュ、カロス…と様々な地方のパンフレットをもらうと、ナッペ山にある私達が住むお家に向かう。
車内で到着を待つ中、グルーシャさんの左薬指に光る指輪を見てにやついた。
ナッペ山ジムのバトルコートでプロポーズを受けて、そのままハッコウシティで買いに行ったもの。
結婚式はまだだけど、お互いの仕事が忙しくなる前に入籍自体は済ませたから、もうつけていた。
ホワイトゴールドのシンプルなデザインだけど、指輪の内側には水色と青色の小さな二つの宝石がはめられていて、私の方にはグルーシャさんの名前 そして彼の方には私の名前が刻まれている。
入籍後に指輪をつけてポケモンリーグに用事で訪れた際、たまたま居合わせたナンジャモさんに見つかって 大騒ぎからのものすごい質問攻めを喰らったそうだ。
彼女はその様子を動画で撮り 瞬く間にパルデアジムリーダーどころかポケモンリーグに勤める人々全員に伝え、通りすがりのリーグスタッフからもお祝いされたらしい。
その反応があまりにもナンジャモさんらしくて、聞いた瞬間思わず笑ってしまった。
あの人なりに祝福してくれているんですよ と言えば、グルーシャさんはスピーカー女と怒っていた。
「なに笑ってるの?」
不思議そうにこっちを見てきたけれど、何でもないですと笑って誤魔化した。
未だにその件については根に持っているようで、そのことを話すとなかなかの不機嫌になっちゃうから。
そこから色々なことを話している内に、自宅近くに到着した。
もう夕方になっていたから、二人でご飯の準備とお留守番してくれていたポケモン達の世話をした。
食事やお風呂など全て済ませると、リビングで今回もらってきた旅行パンフレットを広げた。
旅行会社からは、アローラ地方やカロス地方をおすすめされたけれど、私としてはここに行ってみたいと思った。
「グルーシャさん、ここはどうですか?」
「…ホウエン地方?また渋いとこ選んだね」
「なんとここ、バトルフロンティアという施設があるんです!
一回バトル施設に行ってみたいんですよ〜」
新婚旅行用のパンフレットではないものを取り出し、必死でアピールした。
だって、ネモからイッシュ地方のバトルサブウェイの話を聞いてから、そのような施設に行きたくてたまらないのだ。
バトルフロンティアでは、ポケモンとの絆を試しながら戦うという様々なユニークな手法で戦えるようで、想像しただけでわくわくした。
興奮気味に話す私を見て、グルーシャさんは呆れたようにため息をついた。
「ほんと、アオイはバトルが好きだね…」
「でも、本当に面白い戦いができる設備が多いようで、きっとジムリーダーのお仕事にも役立ちますよ!
あと、ホウエン地方のフエンタウンで温泉があるみたいで、バトルフロンティアで二泊した後、そこでもう二泊してゆっくりするのはどうでしょう?」
「二日も戦うんだ…。いいよ。ぼくももっと強くなりたいし。そこにしよう」
だいぶ私のしたいことゴリ押しだったけれど、なんだかんだで納得してもらえた。
一応前にどこに行きたいのか聞いた際 私が行きたい所と返されてしまい、またそこでもちょっと不満を感じたけれど、全然意見が合わないってなるよりかはマシかなと考えた。
今はダメでも いつかちゃんと、グルーシャさんが行きたい場所を聞き出せるようにしなくっちゃ。
大体の行き先を決めたところでスマホロトムを取り出し、フエンタウンについて軽く調べてみた。
「あ、町の公共施設で混浴ができるみたいですね。そこも行きましょうよ。
混浴なら一緒に入れますし」
「は?絶対にダメだけど」
最近、グルーシャさんはよく一緒にお風呂に入りたがるからきっとこれも頷いてくれると思ったけれど、即答で拒否された。
「な、なんでですか?」
「…他の男にアオイの裸を見られたくないから」
びっくりして聞いてみると、むすっとした表情で とんでもないことを呟いたから、さらに驚いてしまった。
わ、私の裸見られるって何言ってるんですか!?
「ちょっと待ってください!ここみんなが入れる場所なので、裸じゃなくて水着着て入るんですよ!」
「例え水着でも、腕や足だとか見えるだろ。絶対にダメ。
アオイの体を見てもいいのはぼくだけだ」
ものすごい理由に顔が赤くなる。
けれど堂々とその理由を言ってのけた本人は、至って真面目で そこから何ともいえない迫力を感じてしまう。
あ、これは何を言っても絶対に意見を曲げないやつだ…。
テレビ放送されたあのテストマッチの時並みに真剣な表情を見て、すぐに悟った。
毎回思うけれど、本当にグルーシャさんの嫉妬や独占欲って果てしないなと思う。
だって、発想がすごいもん。
水着でアウトなら、私はもう海水浴なんて行けないし…。
アローラを選ばなくて本当に良かったかもしれない。
「じゃあ、温泉には入れないじゃないですか…。
せっかく温泉街に行っても入浴しないなんて、それこそ意味不明です」
何とか打開策はないかと不満を漏らせば、ここはどうとグルーシャさんのスマホを見せながら提案してくれた。
「露天風呂付き客室…ですか?」
「そう。ここなら誰にも見られずに二人っきりで入れるし、特別感もあるでしょ」
「なかなかいい案ですね」
その妥協案に納得すれば、じゃあ決まりとグルーシャさんは言った。
「飛行機のチケットや旅館はぼくが探すから、アオイは具体的に行きたい場所のピックアップをお願い。
ある程度のプランができたら、今度の休みで予約しよう。
場所的にフリープランになると思うし」
「わかりました。ありがとうございます」
いい感じに話が進んだから今日はここまでにして、寝ることにした。
別室にいるポケモン達におやすみを告げると、寝室に入って抱きしめられながら横になる。
グルーシャさんの心音を聞き、楽しい旅行にしたいなと考えながら、私は夢の中に旅立った。
終わり