俳優×アイドルパロ 携帯のアラームが鳴る。鳴る前にすでに起きて携帯で調べ物をしていたので遼平はすぐに止めて起き上がった。まだ6時前で日は昇っておらず、うっすら明るい。ドアの向こうでは物音がしているからきっと彼が起きて準備しているのだろう。画面をオフし部屋を出てリビングへ行く。家を出る直前だったようで、愁は荷物をすでに抱えていた。
「愁くんおはよう、もう出るの?」
「遼平おはよう。寝ていてよかったのに。少し早いけど下でマネージャーが待ってるから行ってくるよ」
愁は遼平をじっと見つめると、眉を下げた。
「ごめんね、仕事が入ってしまって……なるべく早く帰ってくるから」
「何回も謝らないでいいよ。俺も今日ちょっと出かけてくるね。気をつけていってらっしゃい」
今日は2ヶ月ぶりに合わせてとれたオフで2人で出かけることにしていたのだが、昨日になって急に仕事が入ったとマネージャーさんから連絡が入ったと久しぶりに夜中前に帰宅した愁から聞いた。『愁くん人気若手俳優なんだから仕方ないよ。忙しいのはわかってるし、来月の旅行の時じゃなくてよかったよ』と遼平は残念に思いながらも割り切って了承した。これまでお互い仕事で消えたオフは数多くあるが、謝った愁の方は殊更残念そうだった。
付き合い始めて3年、ずっと仕事を優先してきたけれどそろそろ遠出してみたいねってことで来月旅行へ行く。遼平もその予定が消えてしまったらきっと今回みたいに割り切れず引きずってしまったけど、幸いにも普通のオフだ。それでも今回愁が気を落としているのは今季は特に忙しく、同棲している遼平ともLINEでしかやり取りできない日が多いからだ。同じ家に帰るのに顔も見れない。たまに遼平も知らないうちに部屋に入ってきて寝ている顔を眺めている時があるらしい。そろそろ遼平不足が限界、とボソリと呟いたのを聞いて遼平は俺も愁くん充電する!と抱きついた。遅くまでお疲れ様、と愁を慰め肌を合わせたのだった。
朝早いから起こすのは申し訳ない、と言うので就寝は別々だったのだけど見送りはしたかったので時間に合わせてアラームをかけていた。心なしかしょんぼりしている愁に今日も充電したいから早く帰ってきてね、とハグをすると元気が出たようで愁は笑顔で出かけて行った。
そのままリビングへ行きテレビをつけると、天気予報で晴れとのこと。お出かけ日和になりそうだ。
遼平は普段手抜きしている家事をして、予定に合わせ家を出た。電車を乗り継ぎたどり着いた駅前にはすでに待ち合わせの2人がいた。
「湊&静弥、おはよう」
「おはよう遼平、今日も元気だね」
「おはよう。今日は誘ってくれてありがとう」
「こっちこそ、昨日急に誘ったのに一緒に行ってくれてありがとう!」
今日は愁が出ているドラマのコラボカフェへ行く。ずっと行きたかったけれどオフの日が前もって決まっている時は少なく、急に仕事が入ってくることもあるため予定が立てにくい。それに予約は開始されるとすぐ埋まることが多く、予約がないと長時間待たされる可能性が高いらしい。行ったことがないから全部ネット情報である。人気のコラボであればあるほど競争率は高いので、今回も無理かなと思った時に急に空いた日ができた。そして幸いにも予約に空きがあり、急だったが湊と静弥を誘ったら一緒に行ってくれるということだった。
一応マサさんからオフで出かける時には気をつけるように言われているので帽子を被ってきた。湊は帽子とマスク、静弥は眼鏡とマスク。それぞれ顔を隠してお店へと向かった。
コラボカフェへ入って行くと手前にはカフェらしくずらっとテーブルが並んでいる。その奥には等身大パネルが置いてあり、自由に写真を撮っているお客がすでにいた。それでも平日の1番早い時間帯にしたからまだお客さんは少なめだった。
「こんなふうになってるんだね」
「結構広いんだな」
「グッズも種類多いんだよ」
このコラボカフェは漫画原作の恋愛ミステリードラマで愁が準主人公を務めている。愁がメインになる回も数話あり、常に冷静で人と一歩線を引いた人気のキャラクターで整ったルックスと落ち着いた雰囲気の愁にぴったりと大好評だ。今も等身大パネルでは愁と一緒に撮っている子が多いように見える。人気キャラ投票があったら愁が1位を取りそうだなと思った。
俺たちのグループ風舞はテレビに出る回数が増えるにつれて少しずつ認知されてきたけれど、小さな事務所に所属しているアイドルなので大きな事務所と違って地道な活動が多いしグッズもそんなに沢山は出されていない。今は元アイドルで現在は俳優やモデルをメインに後輩指導もしているマサさんが積極的に俺たちの面倒を見てくれている。歌やダンスなどの技術面もそうだけれど、トークや他のアイドルとの付き合い方など広く相談に乗ってくれる。最近マネージャーの仕事のようなこともしていてくれるのでマサさん自体の活動は大丈夫なのかグループ全員で心配になっているところ。それくらいお世話になっている。
だけどその甲斐あって順調に認知が広がっていて、単独の仕事も増えてきている。先日単独ライブでツアーをする連絡を受けて皆で喜んだばかりだ。今後も頑張っていきたい。グッズも沢山出してもらえるようになりたい。
メニューを見て各々ドリンクと遼平だけサンドイッチを頼む。推しの経験を共有するっていうのは面白いし、こういうの楽しいなと思った。
「やっぱり大手が関わってるイベントは力の入れ方が違うね」
「皆楽しめる感じになってるのがいいよね」
お客さんが皆笑顔で写真を撮ったりおしゃべりしているところを見ると嬉しくなる。
そして手元にきたコースターを見て一層嬉しくなる。
「遼平よかったね、1回で愁が出て」
「うん!後で皆でパネル前で写真も撮っていい?」
「いいよ」
にこにこ笑顔のまま運ばれてきたサンドイッチに齧り付いた。店内は人数はまだ少なめといっても圧倒的に女性が多い。彼氏と来ている子はいても男性だけで来ているグループはいない。他のお客さんからちょくちょく視線を感じられ若干居心の悪さを感じる。問題を起こさないようにとキツく言われているし、一応アイドルなので目立つところには長時間の滞在は良くない。でも料理を残すのも嫌なのでいつもより急ぎめでお腹へ入れていく。
そういや今日の夕飯をどうするか考える。仕事頑張ってるから愁くんが好きなものか栄養があるものがいいよね、なんて頭の中でレシピを探す。
「ところで、ここのグッズも(本人に)言ったら貰えるんじゃないの?」
「えー?確かに言ったらくれるかもしれないけど、自分で行って手に入れるのがいいじゃん」
「そういうもの?静弥はわかる?」
「静弥も湊の単独イベントとかあったら自分で行ってグッズとか買いたくない?」
「うん、そうだね。遼平が言ってることわかるよ」
湊はまだわかんないかもね、と静弥から言われて納得いかなかった湊が軽口のやり取りをするのを笑って聞いていた。
店内を見渡した静弥が混んできたし食べ終わったし写真撮って出ようか、と言われて席を立った。
滞在時間は短かったが、ファン目線で参加できて楽しかった。
「俺たちもこんな風にイベントやってもらえるようになりたいな」
「明日からまた頑張ろうね」
「うん!」
愁は日が落ちてから帰宅した。元々オフで1件だけの仕事だったはずなのに蓋を開ければその後に雑誌インタビューがいくつも入っていて、ため息を吐いたのは今朝マネージャーに内容を聞いた車の中だった。1件だけなら昼過ぎで終わっていたのに、結局日暮までかかってしまった。残りの時間を少しでも遼平と過ごしたいけれど、もう帰ってきているだろうか。玄関を通り過ぎリビングのドアを開ける。
「おかえり愁くん!見て!」
ドアの開閉音がしたからかこちらから声をかける前にすぐ遼平から声をかけられた。手に持っているのは自分のアクリルスタンドで、目の前に出され見せられる。
「ただいま。これ、ドラマのグッズ?」
「うん、今日湊と静弥と3人でコラボカフェ行ってきたんだ。愁くんと写真撮ってきたよ、ほら」
携帯には3人で愁を囲んで自撮りしたのと遼平と愁のツーショットが撮られていた。ツーショットには指ハート付きだった。
「わざわざ行ってくれたんだ、ありがとう」
「ファンの子達がいっぱい愁くんと楽しそうに写真撮っててね!愁くんすごく人気をだったよ!俺も嬉しくなっちゃった!!」
興奮して頬を染めながらキラキラした笑顔で話してくれる姿が可愛くて仕方ない。
「でも大丈夫だった?変装して行ったのかい?」
「帽子被っていったから大丈夫、誰にも声かけられてないよ」
「……ならよかったけど、今度からちゃんと気をつけるんだよ」
愁は内心心配が残ったけれど、何事もなかったことを喜ぶことにして微笑えんでハグした。
おでこにキスを落として次に頬、首筋にと下がっていくのを抵抗せずに受け入れられ抱きしめ返される。
鼻を擽るボディソープの香りに気が付いて深く息を吸う。薄まった遼平の体臭と混じって優しい香りを楽しむ。
「もうお風呂に入ったんだね」
「うん、ご飯も作ったし……準備もできてるよ?」
何の、ということを言わなくても赤くなった顔を見ればわかる。
以前から思っているが遼平は愛情を言葉にも態度にもしっかり出してくれる。自分はどうにもあまり感情が表に出ないみたいなのだが、すれ違うのは嫌なのでなるべく遼平にもわかるように言葉や行動に出すように気をつけている。そのアクションにちゃんと返してくれるのが愛おしくて仕方ない。
「わかった、俺も入ってくるね。部屋で待ってて」
作ってもらったご飯を食べるのは少し遅くなりそうだ。
「お前ら少しは顔隠して動けよな」
朝レッスンに集まっていたところで海斗から声をかけられた。なんのことだろうと首を傾げていると携帯画面をこっちに見せてきた。そこには昨日行ったコラボカフェで俺たちに気づいた人たちの呟きや隠し撮りが表示されていた。
『風舞の湊くん、静弥くん、遼平くん発見!なんでコラボカフェ来てんの?!?!』
『今、例のコラボカフェに来てるんだけど風舞の3人がいる。なぜ?しかし顔がいい』
『一般人に溶け込もうとしてるのかもしれないけどかっこよさが隠せてないぞ。アイドルなのに変装ほとんどしないんだね。カフェ内が色んな意味でざわついている』
『パネルで写真撮ってる!そういえば愁くんと仲良いんだっけ。遼平くんめちゃくちゃ楽しそう(隠し撮り付き)』
そんな呟きが延々と続いている。
「うそ!昨日声とかかけられなかったじゃん!」
気づいてた?と2人を見ると戸惑ってる湊と冷静な静弥がいた。
「こっち見られてる感じはしてたけど俺たちだけが男だけで来てたからだと思ってた」
「俺はわかってたけど遠巻きに見られるだけで混乱もなかったし、特別声をかけてくる感じじゃなかったからいいかなと思って」
「わかってたなら教えてよ」
遼平が思っているより風舞の認知は大きくなっており、ファンクラブの人数も毎月増えているしグッズ等もどんどん出ているらしい。週1回上げている動画も視聴回数が好調でトミー社長も今後が楽しみ、と言っていたらしい。知らなかったのは遼平と湊だけだったようだ。
「何もなくてよかったけど、少しはアイドルっていう自覚しなよね。俺たちには単独ライブでそこそこの会場を満員にできるくらいのファンはいるんだよ?」
七緒にも釘を刺されて謝罪の言葉しか出てこない。
「さっきマサさんが3人に話をしないといけないなって言ってたから怒られるの覚悟してた方がいいかもな」
「「えー?!」」
「何か起こらないように俺も付いて行ったのに俺も含まれるのが納得いかないけど仕方ない。さっさと嫌なことは終わらせよ。行くよ2人とも」
アイドルの自覚が薄い2人は嫌々ながら静弥に引きずられ、事務所へ向かうのだった。