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    DasonHen

    @DasonHen

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    DasonHen

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    さめしし
    夢とは泡沫のことを指すと思いますか

    夢見の朝 獅子神はすっきりとした心持ちで目を覚ました。遮光カーテンの縁を、仄かな光が彩っている。隣にいる人を起こしたくなくて、アラームをセットしなかったのだが成功だ。ベッドサイドの時計は時刻五時半を示していた。
     
     平素であればもう少々時間をおいてから朝のストレッチの後、ジョギングに出掛けるところだが今日はそうではない。これから仕事に向かわねばならない恋人に、まぁ素人なりに丹精込めた朝ご飯でも作ってやろうかな、などと浮かれた予定を一人で勝手に立てていた。
     ついでに作ったからとお弁当を持たせるのもいい。食べる暇があるか分からない職の人だから、最悪傷んでそのまま捨てられるかも知れないがそれでも構わなかった。だから、お弁当箱は使わない。食べられなかった時はそのまま捨てられるように、中身を詰めるのは使い捨ての容器だ。
     もったいないとは思うが、こういうのはオレの自己満足だから。しかし、自己満足だからこそ、渡すのであればきちんとしたものを作りたい。
     そんなことを考えながら昨晩は眠りに就いたのだ。
     いや、少し嘘だ。昨晩寝落ちする直前はずっと、今は隣ですやすやと眠る恋人のことを考えて、想って、それで頭がいっぱいになって。それから、知らぬうちにそのまま意識を手放した。
     大人の矜持として、重だるく疼く身体を押してなんとかシャワーこそ浴びたものの、その後も睦み合うように触れ合って、何度も口付けをして、髪を撫でて、それから……
    「 、」
     いけない、いけない。せっかく早く起床したのにこの体たらくでは。
     ぎゅっと一旦目を閉じてから再び開き、獅子神はそろりとベッドから抜け出した。
     その抜け殻から片目だけを覗かせて、その後ろ姿を見つめる視線があったことに彼は気付かない。
     
     
     顔を洗って歯を磨き、髪もいつも通りにセットしてからリビングのブラインドを上げると、まだ黄色みがかっている朝の陽光が部屋に差し込む。白を基調にデザインしたインテリアが光を反射して、部屋全体がやわらかく照らされるのを見て獅子神はついほっと息を吐いた。
     暗くなくて、汚くなくて、怖くない自分の要塞がまだ安全地帯であることを確認して安堵する。この癖はきっと一生抜けないのだろう。以前はそんな自分を恥じ、許せず、見て見ぬふりばかりを続けていたが少しは吹っ切れた。弱い自分は恥だとは思うし許したくもないが、見て見ぬふりをすることはやめたのだ。弱いなら弱いらしく、巣の警備を怠るな。
     
     時間には余裕がある。米を研いで、水に浸して放置してからおかずの準備に取り掛かる。
     今日の朝食は鮭を焼いて、和食でまとめる予定だ。鮭は、なんでもすごく美味いとかで今、有名になっている通販のものを購入してみた。味見のために一切れ食べてみたが、臭みもなく脂っぽさもくどくない、朝食に丁度良い代物だった。
     ただ、自分の舌は完璧に信頼できるものではないので、村雨が喜んでくれるかは、分からないが。
     これらを、ちょうど村雨が起きてくる頃に作り終えるようにしたい。いくつか小鉢を付けるがそれは前日までに作り置きをしているから大丈夫。味噌汁の出汁も、前日のうちに昆布とわたを取った煮干しを水に浸けて置いておいた。

     村雨はパンチの効いた風味よりも上品にまとまった香りを好んでいると、獅子神は思っている。正確に言えば好んでいるというよりはそういった味の方に慣れ親しんでいるのだろう。だから気が抜けない。不味いものなど、とてもではないが舌の肥えた男には食べさせられない。準備は入念に。
     正直、朝食の準備はあらかた昨日のうちに済ませているのだ。だから、今からすることはお弁当の準備である。ついでってなんだろうな。そんなことは分かっている。ただ、作りたいだけだ。やっぱり自己満足なのだろう。
     
     お弁当を作るなら、やはり唐揚げは外せないと獅子神は思う。元々は部屋が汚れる上にカロリーの高い揚げ物はどちらかというと嫌厭していたが、汚れは後で拭き掃除をすれば良いし、自分が食べないのであればカロリーも問題ない。
     前に「外でお弁当を食べたいから出掛けよう」という真経津の提案で作ったお弁当の中で、やはり唐揚げが明らかに全員から人気だったのがずっと心に残っていた。
     獅子神自身はお弁当など作ってもらったことはもちろん、自分に作ったこともない。料理が出来る環境になったのは大人になってからだ。在宅ワークの獅子神に、お弁当を作る機会などない。
     だからあの時は慌ててネットでレシピを検索して、通販で本を購入して、そうしてテンプレート通りのお弁当を作り上げたのだ。結果は上々。村雨の手も、止めなければ他の奴らの口に入る分が無くなってしまうと心配するような早さで唐揚げを摘んでいた。

     あれだけ喜んでくれるのならと、人に喜ばれる快感に味を占めた獅子神が、昨晩のうちに下味をつけておいた鶏肉を冷蔵庫から取り出す。
     朝から揚げ物。何をしているんだろうな。でももしかしたら、あの健啖家な恋人は朝っぱらからでもがっつり唐揚げを食べてくれるかもしれない。たとえ他のメニューが純和食でも。
     そんなことを考えてしまうと、それを察した村雨は多少の無理をしてでも料理を食べようとしてしまうから、なるべく期待などしたくはないのだが。

     でも、あれを作ったら喜ばれるだろうか、あれを添えればもっと。料理は、そう考えている時がいっとう楽しい。そのことを、獅子神は最近になってから知ってしまった。
     まぁ要するに、浅ましくも期待しているのだ。必要とされているのだと。冷静なもう一人の獅子神が呆れ顔で自分を見つめている。
     実際のところ、別に獅子神が料理を作らなければ、今日の村雨はもちろん、どんな時でも友人達はめいめい好きに宅配やら何やらを使って食事くらい工面する筈だ。栄養バランスなどはまぁ二の次にはなるが。
     だが、それだけだ。それだけだから、これは自己満足。
     この考え方が逃げなのか、どうなのか、獅子神には分からないでいる。こんなこと、他人に尋ねるのは流石に恥ずかしい。

     
     鶏肉を常温に戻す間に卵焼きの準備をする。冷蔵庫に常備している昆布の出汁を鍋にかけ、鰹節を取ってくる。以前だし巻きを食べさせた時に美味しいと言ってもらえた。お弁当に入れると水が出るので、出汁の全体量は少なめに。余ったのは、後で炊き込みご飯にでもすれば良い。少ない分、冷蔵庫から拝借した椎茸の戻し汁を少々。
     この余りは朝食で村雨が食べたがるようなら出して、そうでもないなら雑用係の賄い代わりに出す。
     こちらから余り物があると声をかけると二人とも二つ返事で食べると答えてくれるが、これはパワハラとかいうやつに当たらないだろうかと獅子神はいつも心配になる。結局食べてもらえるし、今のところそういう機関にも通報されていないようなのでセーフだが。というか通報されたらパワハラ部分以外がアウトになりそうで恐ろしいのだが。

     熱されている昆布の出汁はまだうんともすんとも言わない。その間にさらに、アスパラガスとベーコン、卵、それからプチトマトとソーセージを冷蔵庫から取り出す。脂質過多の四文字が脳裏で激しく存在を主張するが、無視した。
     だってあいつは、毎日肉とか揚げ物ばかり食べていながらあの体型なのである。エネルギー効率が明らかにおかしい生き物なのである。
     
     アスパラベーコンってわりと人気のおかずなんだってさ。その存在を知った時には、獅子神はもう食事制限と体づくりにハマり始めていたので、味見以外でこれを口にしたことはないが。
     さくさくと爽やかな音を立ててアスパラガスが短くなる。バランスよく穂と茎をまとめてベーコンで巻いて、焼くだけ。ぱちぱちと脂がはじける音がして食欲をそそる。あとは塩胡椒を振って、蓋をして待つだけで非常に簡単。なのに野菜も摂れて子供舌に人気なのだから、全国の親御さんがこれに頼るのも頷ける。
     ふと隣の鍋を見ると、ふつふつと気泡が上がってきていた。もう少しで、鰹節を投入するタイミングだ。ボウルに卵を割り入れ、よく溶きほぐしてからザルで漉して置いておく間に鍋は沸き始めてくれる。昆布の役目はこれで終了。代わりに鰹節を一気に入れ、弱火で少々躍らせたら出汁は完成だ。ガラスボウルで冷ます間に、今度は唐揚げの準備を。
     
     かちゃかちゃ、ぱたん。軽い音と、良い香りと温かな空気が充満するこの独特の空間にいると、何故だかは分からないが獅子神はいつも体の表面がつるりと満たされたような心地がして、自然と気分が上向いてくれる。だから、料理は好きだ。
     その上作ったものは人に食べてもらえて美味いとすら言ってもらえるのだから、獅子神にとって料理とは、やらない手はない楽しみのひとつになった。

     村雨は食べてくれるだろうか。喜んでくれるだろうか。そうじゃなくても良い。良いんだが、そうであってくれたらとても、嬉しい。
     いつもいつも、こちらの望みを完璧に読み取り、理解して、その上で獅子神のことを愛してくれるあの男が、臆病者をこんなに甘えきった男にしてしまった。見よう見まねで捏ねて作り、差し出した歪な愛の模造品みたいなものを、にやりと意地悪く笑いながらも受け取ってもらえる喜びを、獅子神に教え込んでしまった。
     
     夢のような空間にいる。
     村雨礼二という人の手は、獅子神敬一が自らの手で、努力して掴み取ったものではない。だから、彼に愛される時、獅子神はいつもどこか夢見心地だ。
     笑うのも、喜ぶのも、怒るのも紛れもなく自分自身なのに、いつも頭のどこかがぼうっとしている。
     それが、とてもとても、幸せだった。
     そうしないと、怖くて怖くて、逃げ出してしまいそうだった。
     

     薄力粉に片栗粉を混ぜたものを用意して、まだ少し冷たい鶏肉を別のバットに広げる。油を揚げ物用の鍋に注ぎ、火をかけたら準備万端だ。あとはそろそろ炊飯器のスイッチを入れて、これを揚げて、いったん休ませている間に卵焼きを作って、二度揚げして、味噌汁を作り始めて、グリルに鮭を入れる。
     今日の味噌汁の具はオーソドックスにわかめと豆腐。和食ってタンパク質が少なめになりがちだから、つい豆腐に頼りたくなる。低糖質、低脂質、高タンパクを心がけて、その癖がついている獅子神からすると、そういうのがひどく気になってしまう。村雨の方は出されれば何でも食べるし、その上で二言目には「肉」と言うのだろうが。
     
     じゅわ、と良い音が響くキッチン。この光景を見せてやっただけで喜ぶであろう面々を想像するとつい口元が綻んだ。しかし、やっぱりコンロ周りが汚れてしまうなぁと胸中で呟いて、この掃除も従業員に任せようか、自分でやろうか、今日の予定を少し考える。
     余った唐揚げを報酬に、彼らに頼んでしまおうかな。
     時計を見る。時間にはまだ余裕があった。首尾は上々。
     唐揚げを作り終えれば、あとはすぐだ。漬けておいた出汁を温め、わかめを戻して、豆腐を切って、少し加熱してから味噌を溶く。グリルに水を入れ、解凍した鮭を置く。
     作業が済めば、冷ましているお弁当のおかずを尻目に、後片付けの時間である。洗い物をしながらふと顔を上げて見たダイニングルームは完全に明るく、朝の空気で満たされていた。それを見て、やはりほう、と小さな息を吐いてしまう。心はうきうきと色めきたっていた。
     あとはテーブルと、お茶の準備をして。
     
     
    「村雨、起きてるか?入るぞ」
     時刻は七時ぴったり。先ほど自分が出てきた寝室のドアをノックしても返事はない。耳をそばだてていた訳ではないが、アラームか何かが鳴っていたようにも聞こえなかった。
     がちゃりと寝室のドアを開けると、部屋はまだ真っ暗で、ベッドの上にはこんもりと布団の山ができている。見慣れた、いつもの蓑虫である。
    「メシできたぞー」
     さほど大きくない声をかけ、獅子神は蓑虫に近付いた。きっと、起きていない訳ではないのだろう。もし熟睡していたら、叩き起こしてしまうのは忍びないのでそっと起こしてやるが。
    「…………」
     返事はない。代わりに、布団の横からにゅっと筋張った手が飛び出してくる。
    「お、なんか出てきた」
     指を一本、差し出すと即座にそれに捕まえられた。寝起き特有の温かい手。獅子神の指をしっかりと握るそれはひとつの独立した生き物のようだ。うにうにと指を揺らすとそれに返事をするように、ぎゅ、と何度も握り締められる。
    「ふ、はは、なんだこれ」
     こんなおかしなことをしているのがあの村雨礼二だと思うと、あんまりにも可愛らしいそのギャップで獅子神は思わず笑ってしまう。
    「なぁ、メシできたって、昨日言ってた鮭焼いた」
     鮭、と聞いてもぞもぞと布団の虫が蠢いた。美味いらしいぞと伝えていたから、惹かれるものがあるのだろう。やはり食べ物には釣られてくれるのだ。獅子神はくすくすとまた笑う。
    「顔出さねーとメシも食えねーぞ」
     天岩戸、と呼ぶには柔らかくて、我儘で幼い防壁を崩すのは苦手ではない。まだ時間に余裕があるからこの中身もそうしているのだということくらい分かっていた。
    「おーい、」
    「……さむい」
    「寒い?そんな温度低くねーけど?」
    「さむい、出られん」
     くぐもった声が布団越しに聞こえる。掴まれていた指が、逆に布団の中に引き込まれていく。このまま二度寝でも決め込もうという意図が存分に込められた手つき。
    「あ、おいやめろ、」
     朝食が冷めてしまうし、料理を作った後の体はべたついていて、ベッドに潜り込むのに不適だ。
     獅子神が少し力を込めて抵抗しただけで、その温かな拘束はするりと外れた。外気に触れた指が冷たい。布団蓑虫が、少しだけ顔を覗かせた。す、と鼻から息を吸う微かな音が聞こえる。
    「……揚げ物をしたのか?」
    「あ、おう、弁当作ったから、よければ持ってけよ」
    「……それだけのために?」
    「あー、いや、別に持ってかなくても、」
    「そういうことは言っていない」
     ばさり。寒いと言っていたのは何だったのかと思えるような勢いで、蓑虫が布団の皮を半分脱いだ。中からは、寝起きとは思えない濃さの隈を貼り付けたままの、いつもの恋人が顔を出す。
     パジャマは昨日寝る直前におざなりに着たから乱れていて、髪の毛はぐしゃぐしゃ。少ないが、髭も生えて、ほんの少しだけ毛先が立って存在を主張している。
     不機嫌そうな表情が、そういう顔の猫のようで可愛いと、獅子神は怒られている自分を棚に上げていつも思ってしまう。もちろん、彼に本気で怒られた時にそのようなことを考える余裕などある訳がない。しかし、村雨はまるで獅子神の心を読んでいるかのように、獅子神が萎縮してしまう前にその両手を優しく握るから、獅子神はへらへらと夢見心地のままだ。
     表情とは裏腹に穏やかな手が、獅子神の手を引いた。膝くらいなら、と妥協して、獅子神は村雨の隣に身を乗り上げる。
     村雨が身を起こし、ぱさり。寝癖で後ろに行っていた前髪がその細い鼻先に落ちた。それが擽ったいようで、ふるふると首を振って髪を散らそうとする姿は本当に猫か何かのようで。
     あまりに無防備で可愛いそれをくしゃくしゃに撫で回して、キスしてやりたい衝動を抑えながら獅子神は「おはよう」と声をかけた。声には隠しきれない甘さが存分に混ぜ込まれている。
    「おはよう……私の弁当ごときに、そこまでの労力を割かなくて良い」
    「オレが楽しかったからいいんだよ。唐揚げ嫌いか?」
    「わかり切ったことを聞くな」
     ぼそぼそと口の中で呟くように、俯き歯切れ悪く村雨は答えた。眠いからではない。本当に機嫌が悪いからではない。その理由はもう分かっていて、獅子神は上がる口角を抑えられないまま、村雨に体を近づける。するとそれを避けるよう、ぐっ、と顎に力を込めて口を閉じ、村雨は獅子神から顔を背けた。
    「なぁ、こっち向けよ」
    「……まだ歯を磨いていない」
    「知ってる」
    「……………………」
    「……お前、ほんとそーいうとこ可愛いよなぁ」
     獅子神は甘ったるく語尾を蕩けさせながら微笑んだ。いつも獅子神の方が早く起きて、歯磨きを済ませた状態で起こしにくるから、汚いから嫌だと村雨は絶対に寝起きのキスを許さない。そんなこと絶対に気にしないのに。でも、気にするお前が可愛くて可愛くて、胸がうずうずして仕方がない。
     力の差は歴然だ。村雨の体を跨ぎ、そんな獅子神の体を避けようとして再び倒れた細い体にほとんど馬乗りになって、獅子神は村雨の顔じゅうにキスの雨を降らせる。眼下から「んー!」と抗議の唸り声が聞こえてくるからまた楽しくてしょうがない。あの村雨礼二が!こんな男の下で!
     顔に鼻を寄せると、僅かに村雨の匂いがした。それは多分成人男性としてはかなり薄い匂いで、この男にも存在する皮脂の新陳代謝によるものであることは分かっている。
     それでも、これを自分が覚えてきているというのが嬉しくて嬉しくて。
     すぅ、と大きめに息を吸うと流石にばしばしと肩を叩かれる。本当は首筋も、鼻の横も、耳の後ろも全部に鼻を近付けてやりたい。しかし、これ以上は本当に臍を曲げられてしまいそうなのと、いよいよ朝食が完全に冷めてしまうからと獅子神は泣く泣く諦めた。
     身を離すと、ずっと息を止めていたらしい村雨が口に手を当て、はぁっ、と勢いよく肺に酸素を取り込んでいる。
    「大丈夫か?」
    「……ッ、私が心配なら最初からするな……」
    「良いこと教えてやるよ、息を止めなきゃ楽だぞ」
     にやにやと笑う獅子神を睨みつける眼光は鋭い。これは仕返しを心に誓っている表情である。状況としては非常にまずいのだが、獅子神は笑みが止められなかった。可愛い可愛い恋人の姿を、自分の目に、脳に、たくさん留めてやりたくてたまらなかった。
     どうしてだろう。考えてみても、分からないのだが。
    「……なぁ、顔見せろよ」
    「後で存分に見せてやるからどけ」
     村雨の顔の下半分を覆っていた手が、獅子神の肩を押すためにようやく離れたから、またその下がりがちな口の端にキスを落とす。ちくちくという、普段では得られない特徴的な感触が面白くて、機嫌良く獅子神は自身の顔を恋人のそれに擦り寄せた。再び息が詰まった気配がして、あぁ流石に怒られるなとぼんやり思う。

     しかし予想に反して、今度はぽんぽんとやさしく、擦り寄せた獅子神の頭に手が置かれた。
     温かくて細い手が、作られたセットを崩さないように慎重に、何度も何度も獅子神のこめかみをさする。
     まるで、何かを宥めるように。子供をあやすかのように。
     村雨の手が、離れず獅子神のかたちをなぞる。
    「………はは、何してんだろうな、あはは、」
     獅子神は、村雨礼二という恋人にどこまでも甘やかされている。
     言葉だけ一応、まともな、大人の男を取り繕おうとしてみたが、できているとはとても思えなかった。
     そのまま数秒間だけ、獅子神はなにも考えられずにただ、この育ちすぎた大きな体を包むような温かさに身を任せる。
     
     例えようもないほどに、ぼんやりしてしまうほどに、幸せな朝だと思った。
     だから、どうしてこんなにも泣きたくなってしまうのか、獅子神には全くもって分からなかった。
     
     
     ちなみに。
     唐揚げも、卵焼きも、アスパラベーコンも、作ったものは何ひとつ余らなかった。だから、仕方ないので掃除はすべて自分の手で行うことにした。

     いつものことだ。
     いつもの、ありふれた夢の朝のことだ。

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