表裏背中合わせの戦い 状況を整理しよう。戦況は五分、もしくはやや優勢。敵影は近くになし。
動くには好機とも言えるが、果たして。
――打って出るか、堅実に行くか……
ふわふわの金髪をかき揚げ、困ったようにため息をつく。ヴァッシュ・ザ・スタンピードは頭を悩ませていた。
手元の弾丸をくるくると弄びながらヴァッシュは唸る。今ならどう動いても後々リカバリーは効くだろう。だが、彼がどう動くか。それだけが不安だった。
「ぼんやりしとると大事なもん取られてまうで?」
嘲笑うかのような声がヴァッシュの背を撫でた。彼の最大の不安にして、この争いの鍵となる男、ウルフウッドがヴァッシュの背へもたれかかる。
「思ったより早かったね、ウルフウッド」
「ワイは優しないんや。どっかの誰かさんと違てな」
「いやぁ……あはは……」
「負けたないんやったら足掻いてみせぇ、人間台風」
背後からの颶風に目を伏せる。振り返った先にウルフウッドの姿は無く、黒い轍だけが残されていた。
――負けたくはないからね……
視線を前へと戻し、駆け出す。この争いに白黒つけるためにも、歩みと思考を止める訳にはいかないのだ。
黒い轍を横切り、角から角へ。射線を遮る壁を抜けて前線を上げていく。あれから少し不利になりつつあったが、まだひっくり返せる余地はある。
――ここまで来れば、あとは……
息を整えるヴァッシュの背後で音がした。振り返るよりも早く、互いの獲物が交差する。
「また会うたなぁ」
「そう……だね……」
訂正しよう。ここに彼がいるということは、こちらは圧倒的不利。星は黒一択と見ていい。
――しまった……
獲物を握る手に汗が滲んだ。次の一手を考えるヴァッシュを横目に、ウルフウッドは歩みを進める。横を通り過ぎ、またしても背を合わせて立ち止まる。
「諦めぇ、どうせ相容れんのや。負けることかてあるやろ」
諭すような口ぶりに、ヴァッシュは俯く。最善の結果が得られるのはごく稀な事だ、それは嫌と言うほど知っている。それでも、ここで諦めることは出来ない。たとえそれが無意味だと言われても、足掻くことをやめる理由にはならなかった。
「……ボクは諦めない」
「はぁ?」
「最後まで、諦めない!」
手を伸ばす。白い弾丸が戦場へと打ち出された。
ぱち……ぱち……ぱちん
「……三十二……三十三……やったぁ!ボクの方が一枚多い!!」
「はぁあ?!なんでや!!さっきまでワイが勝っとったやろ!!」
「諦めなかったボクの勝ち」
「っざけんな!!」
白と黒に染まる格子の盤面。六十四に分けられたマス目のうち、黒は三十一、白は三十三のマスを占めていた。白と黒の背合わせ、オセロの勝者はヴァッシュと相成った。
「えへへ、じゃあ約束通り……ね?」
「……ふんっ」
敗者は勝者の願いを何でもひとつ聞く、と決めたのは総意の上。むくれてはいるが、決めた以上ウルフウッドは文句を言うつもりはなかった。
「……?」
「は?」
「いいでしょ?ね?お願い」
耳打ちされた言葉を疑う。
純白の天使じみた恋人のドス黒いお願いに、ウルフウッドは口を開けて固まるしかなかった。