Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    ngngttt

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 🐺 🐣 🍩 🍮
    POIPOI 12

    ngngttt

    ☆quiet follow

    ・6/17ワンライ投稿作品
    ・現パロ葬台

    彼とお菓子と インターホンが鳴る。その音に体を跳ねさせたウルフウッドは、半身を預けていたコンロ台から足を滑らせた。
    「ばっ……っつつつっだぁっ!!」
     キッチンで身悶える彼を心配するように控えめな音がもう一度、約束の来客を知らせた。
    「ぃ、今開けるわ!」
     乱れた服を大慌てで直し、ウルフウッドは来訪者に声をかける。約束の時間が近いことを承知で換気扇のフィルター交換に手を出した自分が悪いのだが、恥ずかしいやら情けないやら。そんな乱れた心を隠すように頭を掻いて、彼は来客を迎えに玄関を開けた。
    「すまんトンガリ、待たせた」
    「いや、全然……凄い音したけど……大丈夫?」
    「ぃ!……や、何も!何もあらへん!」
    「そう?ならいいんだけど……」
     ウルフウッドの口許がきゅむっと引き結ばれる。
     そんな彼の顔を、来訪したヴァッシュは不思議そうな目で見ていた。

    「ん。今日はこれやって」
    「わあ!パウンドケーキだ!」
     ウルフウッドはアルバイト先兼実家である児童福祉施設で作ったお菓子の余りを度々持ち帰ることあった。
     しかし、彼としては持ち帰るというよりも無理やり持たされるといった方が正しく、そこまで甘いものを好むわけでないのに、一人でこの量をどうせぇっちうねん、というのが本心であった。
     その度にウルフウッドはこうして、甘いものに目が無いと言ったら真っ先に名前が挙がる友人であるヴァッシュを家に呼び出しては、その消費に付き合わせているのであった。
    「でも本当にいいの?いつもこんなに美味しいもの、ボク何かお礼とか……」
    「あー……まぁ……ええんちゃう?どうせ余りやし?食えへんかったら捨てるんやろ」
    「それはダメだよ!もったいない!」
    「ほんならオドレが食うてくれた方がおばちゃんも喜ぶわ」
    「そっかぁ……」
     困ったように、それでも嬉しそうにヴァッシュはケーキに舌鼓を打つ。そんな彼の向かいでウルフウッドは退屈そうにコーヒーを啜る。
     引き結んだ口許を小刻みに震わせ、弧を描きそうになる目許でヴァッシュの顔を伺いながら。

     お気付きかもしれないが、ヴァッシュが食べているこのパウンドケーキはウルフウッドの手作りである。
     余ったお菓子の消費に付き合ってほしいということはもちろんだが、アルバイト先で作ったお菓子の余りだということも建前で、計量から焼き上げまで彼一人でこの部屋のキッチンで調理した正真正銘の手作りのものだった。
     彼が来客前だというのに換気扇のフィルター交換などという大変面倒な作業を始めたのも、思いの外部屋に充満してしまった甘い香りを少しでも逃がすために取った苦肉の策の一環であった。
     しかし何故彼がわざわざ嘘をついて、ましてや調理の証拠までひた隠してこんなことをしているのかという話なのだが。
    「お菓子っていいよね。甘くて、サクサクだったりフワフワだったり……幸せになっちゃう」
    「よお分からん」
    「上手に作れる人ってすごいよ、尊敬しちゃう」
    「ほぉん……」
     無類の甘いもの好きであるヴァッシュに淡い恋心をーー少しだけ拗らせてーー抱いているが故なのである。

     ヴァッシュが甘いもの好きだと知ったウルフウッドは、なんとはなしにクッキーを作ったことがあった。元々料理に苦手意識が無かったのと実際にアルバイト先兼実家での調理経験があったことが幸いし、初めてにしては見た目も味も悪くないものを作ることが出来たのだった。 そして物は試しとうい興味本位、ある種餌付けのような気持ちでヴァッシュに渡したところ。
    「ウルフウッド!!これすっごく美味しい!!本当に!!どうしたのこれ?!」
     花が咲くように、むしろ花畑でも作るのかというように大興奮でクッキーを平らげたヴァッシュにコロリと文字通り恋に落ちた彼は、内心でヴァッシュの気を引きたいでも素直にいうのは恥ずかしいという青い気持ちのせめぎ合いを繰り返した結果。
    「そ……の、ば……バイト先、の、余りもん、や」
     引くに引けない嘘をついてしまったのだった。
     それからというもの、ウルフウッドはしょうもない嘘で本心をひた隠したまま、せっせとヴァッシュのためにお菓子を作っては、貰った持たされたどうにかしろ手伝えと彼を呼び出し、こうしてぶっきらぼうな態度で喜ぶ顔を眺めてはこっそりと喜んでいるのだった。
    「ごちそうさま。今日も美味しかったです」
    「おん、そらよかったわ……その、」
    「その?」
    「……おばちゃんに言うとくわ、喜んどったって」
     いいかげんどうにか訂正したいとウルフウッド自身思ってはいるのだが、どうにもあと一歩が踏み出せずにいる。
     嫌われたらどうしようか。ということを考えては尻込みして、伝えたい言葉をコーヒーと共に流し込む。その繰り返しだった。

    「おみやげまで貰っちゃって、キミの分じゃないの?」
    「ワイは食わへんからええねん」
    「そっか。じゃあお言葉に甘えて」
     お菓子の残りを持たせてヴァッシュを見送る。ウルフウッドが彼を家に招いた時の、いつもの流れだった。
     少し邪かもしれないが、家で残りを食べる時に自分のことが頭に一瞬でも過ればいいなと考えながら、我ながらキモチワルイなと悲しくなりながら、去っていくヴァッシュの背を静かに見送る。
     今日もそのつもり、だった。
    「ねえ、ウルフウッド」
     いつもは手を振りながら別れを告げるはずのヴァッシュがニコリと笑う。少し、ほんの少し顔が赤いことが嫌に気になって、息をのんだ口をきゅむっと引き結んだ。
    「もしも。もしも、なんだけど」
     薄らと開かれた揺れる碧色がウルフウッドを覗き込む。息がかかるくらいの距離で、触れるくらいの近さで、ヴァッシュが囁いた。
    「ドーナツ、貰ってくることがあったら、また呼んで欲しいな」
     温かい、感覚だったと思う。オレンジ色に埋まった視界でウルフウッドはそう感じていた。
    「約束だよ」
     悪戯っぽくはにかんで、彼が手を振った。


     甘い香りが漂う部屋でインターホンが鳴る。
     来客を迎える彼の口許は優しく綻んでいた。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works