雨降る雑踏の舞台にて『駅前のカフェ、2階の喫煙席』
簡素なメッセージを送って息をつく。
雨降りの不機嫌な空は、眼下の灰黒い地面へ色とりどりの花を咲かせていた。
青、白、黄。忙しなく人々が行き交う駅前の交差点に花畑を重ね、揺れ動くそれらの中からウルフウッドは一際目立つ彼の色を探していた。
『今着いたよ。すぐに行くね』
手元のスマホが彼の所在を伝えた。
雨に降られては面白くないと待ち合わせ場所を変えてしまったが、無事に伝わったようだ。外へと目を戻せば、よく目立つ赤に金の差し色を加えた花が一輪、こちらに向かっているのが見えた。
ーーおっ……おん?
するすると人波を縫っていたはずの赤い花が思わぬ方向へと流されていく。その場でくるりと回ると、今度は反対方向へと進んで行った。
ーーおいおい、そっちちゃうで
迷子にでもなったかとスマホに手を置いたところで、赤い花が元の道へと戻ろうとしているのが見えた。人波に逆らう度にふわりふわりと花弁が揺れる。
ーーなんや、流されとるわ
ただでさえ人通りが多いのに、加えて雨となれば言わずもがな歩きにくさは増す。なかなか目的地にたどり着けないようで、元の道に戻った花は再びあらぬ方向へと流れて行った。
ーーあーあー……
ゆらり ふらり
飛んで 跳ねて 人を避ればここは何処
ウルフウッドが追う赤い花の足取りに、店内に流れる音楽が軽快なリズムを乗せる。
右へ 左へ 前へ 後ろへ
くるりと回れば元の場所
雨降りの人混みを舞台に、赤い花が舞踊っていた。
ーー……っふはは、こらあかんわ
いつまで経っても踊りに耽ける花を見かね、ウルフウッドは飲みかけのコーヒーを流し込む。
今しばらく見ていたいが、そろそろ幕引きとしよう。
店の外には犇めく人、人、人。雨降りだと言うのになんとまぁ、分かってはいたがこれは歩くのも一苦労だとウルフウッドは肩を落とした。
先ほどまで花だなんだと空想していたが、人混みがそんなきれいな訳は無かったと、空模様よろしく機嫌を損ねた足取りに波が割れる。目星をつけていた場所で、ふわふわの金色が頭半分人混みから覗いていた。
ーーお、おったおった
近寄ろうと踏み出した一歩を通行人が妨げる。慌てて身を翻せば、今度は足元に子供が通った。
「おわっととと」
その場でくるりくるりと二回転、華麗にスピンを決めたウルフウッドの目の前で傘がひょこりと上がる。
「ウルフ、ウッド?そこにいるの?!」
待ち人の声が少し先から聞こえた。遮られてはっきりとは見えないが、赤色のパーカーがちらりと見える。今の慌て声に気付いたらしい。
「おう、ここや、ここ」
ウルフウッドも傘を上げて応える。今度こそと踏み出した矢先、曇り空に映える金色が横へと流されて行った。
「おい!どこ行くねん!」
「うわわわわ……ごめんなさい、通ります……通ります!!」
待ち人が手を伸ばした先に一団が通過する。背を向けて避けるともつれた足がステップを踏んだ。
「なんやねん!!」
ウルフウッドは横向きにした体を雑踏へと差し込む。所々にある水たまりを避け、跳ねるように足を運べば人の陰に碧色の瞳が通り過ぎた。振り返るために立ち止まった背後からは衝突の音。
「あ」
「っヴァッシュ!!」
小さく上がった悲鳴に体を回す。傘を放り投げて伸ばした腕には、間一髪抱きしめた確かな重みがあった。
「はー……っぶな……」
安堵も束の間、背中に顔に視線が突き刺さる。何事かと腕の中に目を落とすと、顔を赤く染め涙目になったヴァッシュの姿があった。
「う……うるふうっど、さん……こ……これはちょっと……」
「は?なんや、ちゃんと受け止めたったやんけ」
「あ……りがとう……そう……なんだけど……」
言い淀むヴァッシュの声に、ウルフウッドは自分の状況を確認する。往来のど真ん中、社交ダンスの決めポーズよろしく倒れ込んだ男を抱く自分の姿がビルの窓ガラスに映っていた。
「おわぁあぁぁぁ!!」
「わったったったっ!!」
ウルフウッドが腕を振り上げる。
少し機嫌を直した薄曇りの空に、幕引きの叫声が響き渡った。