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    straight1011

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    straight1011

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    連載の没。こんなに書いといてどうして没にしたのか……話畳めなくなっちゃうからです

    霊感主連載⑪の没「ソータ、弟泣いてたけど、いいのか?」

     船に揺られながら、1人の友人がそう聞いてきた。船の轟音でかき消された弟の声を、顔を思い出しながら、ソータは笑う。日差しが照り付けて、自然と目を細めた。

    「帰ったら怒られるかもな。ありゃしばらくへそ曲げる」
    「はは、大変だなお兄ちゃんって」

     友人たちのからかうような笑い声が轟音と共に耳に入ってくる。ソータもつられて笑いながら、しかし弟を泣かせてしまった胸の痛みから、ほんの少し頬が引きつる。
     帰ったらワンオンワン、そう約束した。でも弟は拗ねて、もういいと意地を張るかもしれない。そうしたら、母ちゃんに機嫌を取ってもらおう。それでもだめなら、今度は釣りに連れて行ってやると約束しよう。まだリョータには危ないけれど、一緒なら母ちゃんもいいと言ってくれる。

    「なあソータ、中学でもバスケやるのか?」
    「当たり前だろ」
    「ソータはいいよな。背デカいし、バスケ有利やし、センスもある」

     そんな友人の言葉は、もう多くの人に言われてきた言葉だった。そりゃ、褒められたら嬉しい。でもあんまり言われるとプレッシャーだ。頑張らないとって、心臓が早まってしまう。緊張の材料だ。

    「でも、弟は小さいよな」
    「あいつは今からデカくなるんだよ」

     確かにリョータは学年の中でも小さい方だった。同じ年の頃の自分と比べても、小さい。兄としては可愛くて仕方がないのだが、きっと本人は不満だろう。すごい凄いと言われる自分の横で、弟は目を輝かせて見上げてくる。でもいつか、きっと比べられる。その時リョータが自分と同じくらい、いやよりすごいやつだって、そう言われていてくれたら安心する。悔しいけれど。

    「俺な、沖縄代表の宮城兄弟って有名になるのが目標なんだ」
    「はは、いーな」
    「だから、最初に俺が有名になんないと駄目だろ。中学なったらな、練習今より増やして、即レギュラー入りする。んで予選突破して、新人王になってな……」

     来年、中学生になる。そしたらリョータと練習する時間は減るけれど、その分上手くなって、全国大会に出て、またリョータに教えて強くする。たとえ身長が足らなくても、ドリブルという道もあるし、なにより弟の可能性を俺が信じてやらなくてどうするとも思うから。でも俺より上手くなるのは悔しいな、なんて思ったりもする。
     友人に熱く語っていると、汗が額から目へと落ちていく。それを手首で拭って気が付いた。いつもつけている赤いリストバンドがないことを。しまった、どこかに置いておいて忘れたんだ。リョータ、気づいて持って帰ってくれたらいいな。



    「……い、おい」
    「……」
    「大丈夫か?」

     肩を揺さぶられ、目を開く。まず入ってきたのは太陽光、ではなく人工の光。体育館の照明だ。それを遮るように、誰かがこちらを覗き込む。宮城だ。
     身体を起こすと、宮城だけでなく、彩子や三井、木暮が心配そうにこちらを覗き込んでいる。その後ろで、桜木と流川が赤木に何やら説教されている。
     何が起きたのだろうと頭を動かすと、こめかみ辺りにピリッとした痛みが走った。咄嗟に抑えて顔をしかめると、彩子が大丈夫かと顔を覗き込んできた。

    「あんた、桜木と流川の喧嘩に巻き込まれて、壁に頭ぶつけたのよ。そのまま倒れるから、もう心配で……平気?」
    「……そうだっけ」

     痛むところを擦りながら思い出す。確かに、何やらぎゃいぎゃい騒いでいたところにたまたま通りかかって、どちらかにぶつかってしまって壁に頭をぶつけた気がする。だがまさか、気絶するとは思わなかった。

    「顔色、悪いんじゃねーの?」

     三井がそう言うのに、木暮も頷いた。三井の言う通りまるで乗り物酔いしたみたいな胸のむかむかと、炎天下に晒されていたような身体の怠さを感じる。
     不意に、額に手が伸ばされた。ひんやりと冷たい手は、宮城のもので。前髪を掬い上げながらおでこに触れられた。

    「熱? ちょっとあちーけど」
    「……」

     ひんやりとした手の温度に目を瞑ると、海の光景が瞼の裏に映った。あれは最期の直前の記憶だ。ソータのものだ。なぜ、このタイミングで出てきたのだろう。どこかにソータの魂が、記憶が残っているのかもしれない。ミシマの中か、宮城の中か。

    「……おい、ハジメ?」
    「……あ、いや……平気。すみません、ご心配、おかけして」

     平気なことをアピールするために立ち上がる。まだ不安そうな目を向ける宮城と彩子には笑いかけて、ミシマは仕事を続けるために歩き出す。ふと、何故か手首が気になって擦ってみる。何かが足りていない感覚がした。でも一体何なのかは思い出せない。すぐそこまで出かかっているのに、出てこなかった。


     胸のむかつき、頭痛、身体の怠さ。時間が経つと落ち着くと思っていたそれらは、部活が終わるまでずっと続いた。幸い、明日が予選初日ということで今日は部活が早く終わった。彩子はまだ桜木の練習に付き合うようなので、ミシマは一足先に帰ることにした。
     まだ夕暮れの続く空を見上げて、ミシマは息を吐いた。校門まで来て、我慢していた辛さがどっと訪れる。一歩動くと膝から崩れそうになる。校門に手をついて、身体を預けるようにして、深呼吸した。
     ソータといたことによる身体の負担。少し記憶が流れ込んできただけでこんなにも消耗するのは、それほどソータに近づいてしまったからか。こんなにつらい思いをするなら関わらなければよかったと、ほんの少し後悔した。

    「やっぱ、大丈夫じゃねーよ、お前」

     背中の方から、宮城の声がした。ミシマは見えないのをいいことに思い切り顔をしかめたが、近づいてくる気配を察して何とか笑顔を作った。

    「歩けねえの」
    「……大丈夫だよ。少ししたら、歩ける」
    「あっそ」

     気にせずに帰ってほしい。その願いは宮城には届かず、彼はミシマの隣の壁に背中を預けた。彼なりの気遣いなのだろう。そうすることなどここ1年の付き合いでわかるというのに、ミシマは落胆してしまう。
     カア、とカラスの鳴き声が遠くで聞こえる。数人の生徒がミシマ達を横目に通り過ぎていく。バスケ部はこちらではなく、体育館側の裏門から帰る人がほとんどで、こちらを使っているのはミシマくらい。宮城だって裏門で帰るのがほとんどなのに、こちらに来たのは多分ミシマを追いかけてだろう。

     いっそ吐けば楽になるのかもしれないが、一歩も動けそうにないミシマはひたすら深呼吸を繰り返す。宮城は何も言わずに、黙って夕暮れの空を見上げていた。

    「……俺さ」

     沈黙を破ったのは宮城だった。ミシマは視線だけ宮城に寄こして、手汗を握りしめる。奥歯を噛みしめて、唾液を飲み込んだ。

    「この間、沖縄行ってきた」

     この間、がいつのことを指しているのかミシマにはわからなかった。しかしソータの記憶から沖縄が彼の故郷だということは知っている。そこへ行ったということは、何か彼の原点に触れた話が始まるのだろうか。

    「俺、沖縄出身なんだぜ」
    「……知ってる」
    「アンナから聞いたか? 驚かせたかったのに」

     はは、と笑う宮城はそれほど残念そうではない。ミシマはゆっくりとしゃがみ込んで、鞄を胸の前で抱えた。宮城はそれを横目で見て、また視線を空へと移す。2つの影がだんだんと夜の影にのまれそうになった。夕暮れがもう終わりそうだ。

    「事故にあった時に、沖縄が見えてさ」
    「……」
    「その前まではなんつーか……どうにでもなれって感じでさ。俺なんてどうにでもなっちまえばいいって思って、んで……事故ったんだよ」

     ミシマは目を閉じた。真っ暗闇の中で、宮城の声だけに集中した。瞼の裏にボロボロの宮城と、その手を握るソータの姿が浮かんでくる。連れて行かれる、私がソータを祓わなかったせいで、宮城リョータが死ぬ、そう思って怖くなったのが、今でも鮮明に思い出せる。

    「でも運よく生きててさ」
    「……」
    「沖縄、行こうと思った。何でかは知らねーけど。ソーちゃんに会いたかったのかも」

     ソーちゃん、そう彼がミシマの前で呼ぶことは少ない。でもそう呼んだということは、兄貴とかそういう呼び方より、ソーちゃんが彼の中でしっくりきて、そのソーちゃんの話をしたいからなのだろう。だからミシマは黙っていた。

    「いなかったけどさ」
    「……」
    「でも、吹っ切れた……まではいかねーけど、目標、出来た」

     目を開けると、日は完全に沈んでいた。冷たい夜風が横切り、ミシマの頬を冷やす。胸のむかつきは落ち着いて、身体の怠さは風と共に流されていった。

    「俺、山王を倒したい」
    「……サンノー?」
    「知らねえの? 秋田県代表、王者山王。IH常連校だぜ。何度も優勝してる」

     ミシマは全く知らないが、多分その肩書からして相当強いのだとわかった。しかも他県だ。まだ県予選すら突破していないうちにそんな大層な目標を立てるとは、宮城にしては思い切ってるなと思った。気になって顔を見上げると、宮城もミシマも見ていて、ばっちり目が合う。

    「ソーちゃんが言ってた。昔、雑誌読みながら」
    「……そう」
    「そこに勝つんだって。それって、すげえかっけーだろ」
    「……うん」

     宮城は片眉を上げて、ふっと煽るみたいに笑う。ソータの笑い方だ。何かいいことを思いついた時の、子どもっぽい笑い。やっぱり兄弟そっくりだなと思って、ミシマは頬を緩めた。
     宮城はそれからミシマの傍にしゃがみこんで、視線をずらしながらふうと息を吐いた。

    「まあ、まずは予選突破しねえとなんだけど」

     そう言った彼には不安というか、少し自信のなさが滲んでいて。いや表情には全く出ていないのだが、ミシマにしかみえないその心、どれだけ隠そうが裸にされる心情が、ミシマの目には映っていた。
     ミシマは宮城の手に、手首に手を伸ばした。ぎゅっと掴むと、宮城が驚いたように目を見開く。ここに、何かが欲しい気がした。連れて行ってほしいとソータに頼まれている感じがする。でもそれが何なのかはわからなくて、歯がゆかった。

    「できるよ」
    「……」
    「勝とう。ソータが、応援してる」

     つい口をついて出てしまった名前に宮城は何かを言いかけたが、結局笑みに変えた。ゆるりと掴んでいた力を抜くと、今度は宮城がミシマの手を握る。さっきと違って温かくて、力強さがあった。ぐい、と手が引かれ、宮城の目に視線が引き寄せられる。

    「見ててよ」

     それは果たしてミシマに言ったのか、あるいは。ミシマは深くは考えようとせずにただ頷くだけに留めた。そうして、宮城に腕を引かれながら立ち上がる。すっかり夜の帳が落ちてしまったようで、街灯の明かりが2人の道を照らしていた。
     それから二人で何も言わずに無言で帰った。別れるときだけ、じゃあまた、明日頑張って、それだけ言葉を交わす。宮城は色々と知りたいことはあったかもしれないが、何も聞かなかった。そうした方がいいと思ったのか、どうせはぐらかされると諦めたのかは自分でもよくわかってなかった。ただミシマという人が、ソータという名前を当たり前に発したことに、妙に納得したのが不思議だった。





    「あー! キツネがパセリ残してる!」
    「……食わねえだろふつー」
    「ぷぷぷ、ルカワはガキだな。そうですよねアヤコさん!」
    「パセリくらいはいいじゃない」

     初戦をなんとか勝利で飾った湘北は、他の学校の試合を見ながら弁当を食べていた。ミシマの隣には彩子が座り、前には騒がしい1年生がいる。
     弁当をちびちび食べながら、ミシマは会場を見回した。意外と霊は少なく、快適に過ごせている。大会会場に怨念があるというのも珍しいのかもしれないが、人がいる分面倒かと予想していたのだ。実際は、数体観客の背後霊を祓ったのと、流川の腰に抱き着く女性を祓っただけで済んだ。

    「桜木、からあげあげる」
    「え、いいんデスか?」

     ぎゃあぎゃあ騒ぐ桜木だが、5ファウル退場で少し落ち込んでいるのがミシマにはわかっていた。大丈夫だかと声をかけるのも彼のプライドに障るかと思い、何も言わずにからあげをあげる。流川が少し視線を寄こしてきたので、パセリをあげようとしたら睨まれた。

    「ごめんって。流川にもあげるよ。試合、頑張ったね」
    「あー! 何故キツネにも……」
    「……っす」

     2つしかないからあげを一つずつあげる。不満そうな桜木に、スルーを決め込む流川。彼らはなんだかこの先もこんな感じで縁が続いていく予感がする。喧嘩ばかりだが、険悪さは見た目ほどない。むしろ深くまで関わり合える相性の持ち主だ。

    「アンタ達、昨日のことハジメに謝ったの?」
    「「……」」
    「いいよ。私がよそ見してたから」

     彩子がでも、と1年コンビを睨むので、ミシマは苦笑した。気絶するレベルで頭を打ったということは、相当な衝撃だったのだろう。頭はいろいろ危ないので念のため病院へ行くべきかもしれないが、とりあえず今は何ともない。

    「君たちっていつも喧嘩してて仲がいいよね」
    「えっ」
    「はっ?」

     何気なくミシマがかけた言葉に、桜木と流川は間抜けな声を出した。それはミシマの声色にからかいが混じっておらず、純粋に感想を述べたようだったから。あれ、なんかおかしい反応……とミシマが首を傾げると、彩子がえー……と、怪訝そうな顔をした。

    「アンタの仲良しの基準っておかしいわよ」
    「えっ……」

     彩子の指摘にミシマはドキッとした。ミシマは小学まで頭がおかしい子としてろくに友達がいなかったし、中学では取り繕って愛想笑いを浮かべるだけの女子となり、ミシマにとって仲がいい、と称する友人がいなかった。
     もしかしたら彩子や今のクラスメイトの友人たちは、ミシマを仲がいい友人と思ってくれているのかもしれない。でもミシマは……なんだか自分が彼女たちと外れてポツンと一人で存在しているような、そんな疎外感を持っている。
     だから仲良しだなんだと当たり前のように語るのは、自分でも違和感があった。

    「ご、ごめん。いや……」
    「そんなに狼狽えなくてもいいわよ。アンタの目にはそう見えたんでしょ」
    「……」
    「でもどこら辺が? 喧嘩するほど仲がいいって、こいつらに当てはまらないでしょ」

     桜木と流川は文句ありありの顔でミシマを見ている。否定しろと言わんばかりの目だ。ミシマは一旦箸を弁当の上に揃えて置いて、それからうーん……と唸る。

    「仲がいいってのとは、違うのかも……」
    「……」
    「相性っていうのかな……例えば、相手を気遣って言いたいことが言えないとか、そういうのは良いものを作るうえで邪魔になってしまうでしょう」
    「そうねえ、難しいところだわ」
    「だから2人のコミュニケーションは、2人にとっては適切なんだと思う。暴力や喧嘩は良くないけれど……」

     ミシマの持論を彩子は理解したようだが、桜木と流川は同時に首を傾げた。意味が分からんという顔で。その様子がおかしくてミシマは思わず吹き出してしまった。動きだけでなく、性格も似ている部分があるとミシマは思っているが、それを言うことは流石にできなかった。

    「2人が3年生になるのが楽しみだね」

     笑いながらそう言うと、2人はやっぱり不可解だと言わんばかりに顔をしかめていた。彩子もその顔にこっそり笑っている。
     言われっぱなしで気に食わなかったのか、珍しく流川が口を開いた。

    「先輩達のが仲いい」
    「そーよ、アタシ達親友だから」
    「先輩じゃなくて」

     彩子がミシマの肩を引き寄せて肯定するが、流川は首を振って否定した。そしてミシマを視線で指して、それから宮城に目を向ける。その意図に気づいた桜木は何かを言いたそうにしたが、結局黙ったままだった。

    「あら、アンタにしては鋭いじゃない」

     彩子がニヤッと笑って流川を褒める。桜木は何やらあわあわとしていた。おそらく、宮城が彩子を好きなのを知っているから少し焦っているのだろう。そうミシマは予想した。そしてそれは当たっている。

    「いつも喋ってる」
    「ハジメ、後輩に言われてるわよ」
    「違うって言ってるのに……」

     流川の言葉を受けて、彩子がニヤニヤしながら肘でミシマをつつく。ミシマはジトっと彩子を見てから、ため息をついた。それから黙って話を聞いていた桜木とばっちり目が合う。それを逸らさずに、ミシマはニコッと笑みを浮かべた。

    「あー……私、桜木みたいな元気な子が好みだなー……」
    「えっ!?」

     急に火の粉が降ってきた桜木は、動揺して危うく弁当を落としかける。その間抜けな様子を流川は呆れたように見ているが、それすら気が付かずに桜木は顔をじわじわ赤く染める。わかりやすく照れてくれるからミシマでなくても心情がわかる。単純な男だ。

    「い、いやいや……いやいやいや!」
    「あれー、桜木、顔赤いなー。どうかしたのかなー」
    「アンタ、後輩からかうのやめなさいよ……」

     彩子に止められ、ミシマは冗談だよと桜木に謝った。からかわれてぐぬぬ、とミシマを睨んでいる桜木だったが、流石に怒ることは出来ないようだった。そんな桜木に流川がどあほう、と呟き、何だとキツネ! と怒ったことによりまた喧嘩が始まる。そんな2人の様子に、やっぱり面白いなこの子らと思いながら、ミシマは弁当の続きを食べ始めた。



     予選は順調に勝ち進んでいた。桜木が5ファウルで退場し続けてストレスが溜まっているのがミシマには見えていたが、自分でどうにかしようともがいているようだったので、何もしなかった。
     宮城は基本的に安定していた。緊張こそしているものの、それは宮城に限った話ではない。誰もがコートに立つとピンと雰囲気が張りつめる。大小の違いはあるが、コートの外と中で変わらない人などいないのだ。

     勝利するたび、宮城はほっとした顔でミシマを見た。ミシマを見ているのか、ミシマの中に兄を見ているのかはわからないが、とにかくそうしていた。ミシマは特に宮城に何かを言うわけでもなく、お疲れ様と声をかける。ソータがいたら問答無用でミシマを乗っ取って宮城を抱きしめかねないから、少し危なかった。

     いよいよ、トーナメントの最終戦。シードの翔陽高校のところまでやって来た。明日が試合の日だ。授業中、黒板を眺めながらミシマはそのことを考えていた。去年はあっさりと負けたものだから、ここまで勝ち進んでも何だか実感がない。
     授業終了のチャイムが鳴る。休み時間、次の授業の準備を終えてぼんやりと外を眺めていると、隣の席の女子が話しかけてきた。

    「ねえ、バスケ部勝ってるんでしょ? すごいね」
    「うん、そうなんだよ」
    「……ところで、宮城君とはどうなの?」

     そうその子が聞くと、どこからか聞きつけた近くの女子たちが集まってくる。皆そういう話に飢えているようだった。ミシマの周りを取り囲むようにやってくるので、ミシマは困ったように笑うしかない。

    「どうって、いや……」
    「いつ告白するの?」
    「しないよ……」
    「ねえ、彩子ちゃんに負けてる場合じゃないよ! ちゃんと正々堂々戦うべきよ!」

     そうだそうだ、と本気で言う者、ノリで言う者、なんか皆言ってるから自分も言っておこうと言う者、様々だ。別に彩子とは戦ってないし、仮に戦っても負け濃厚な試合を戦えとは彼女たちも鬼である。
     そんなこんなで適当に流していると、いたずら好きの女子がミシマの手に何かを書き出した。振り払うこともないかと、何を書くか大人しく待つ。

    「出来た!」

     周囲の女子たちと一緒にミシマは自分の手の平を見る。そこには黒い名前ペンで大きく「リョータ♡ 大好き♡」と書かれている。

    「ちょっと、えっ、それ、水性だよね……?」
    「えー……油性……」
    「うそっ……」

     ミシマは急いで手をゴシゴシこする。だが皮膚が赤くなるだけでそれが落ちることはない。まずいまずいと焦るミシマの心情を知らない周囲の女子は、きゃっきゃっと騒いでいた。

    「めっちゃ恥ずかしいねーそれ」
    「デカく書きすぎじゃない?」
    「目立つー。最高じゃん」
    「ハートの中塗りたいー」

     そんなことを話す彼女たちは皆他人事で、ミシマを助けようとはしていない。ミシマも、これくらいのことで怒るわけにもいかないからもう……とがっくり肩を落とすしかない。可愛いいたずらだ。ものすごく恥ずかしいが。ソータがいたら文句を垂れ流せたが、そうもいかないので胃の中で消化した。

     昼休みに時間たっぷり使って手を洗うが、心なしか少し薄くなったかなー……くらいにしか落ちなかった。右手にでかでかと書かれたものだから、意識しないと見られてしまう。ミシマは手汗で落ちてくれないかと祈りながらぎゅっと手を握って過ごした。

     部活時間になった。ミシマは手を出来るだけ床に向けたまま、見られないようにする。特に危険人物は三井、彩子、桜木だ。前2人は絶対にからかってくる。桜木は変に想像して要らない気遣いをしてくるから面倒だ。ちなみに宮城は見つけても大して反応してこないだろう。あー知ってる知ってるくらいの顔をする。内心喜びはするのだろうけれど。

    「桜木、アンタ手大きいわね」
    「そうすか?」

     休憩時間、彩子が桜木と手の大きさを比べていた。身長の大きさに比例して桜木の手はボールを片手で持てるほど大きい。そんな様子を見ていると、彩子と比べたかったのか宮城が2人にそろそろ近づいてきていたが、桜木と手を合わせることになって悲しんでいる。
     その様子を同じく見ていた三井が木暮と手を比べる。俺の方がでけーぜはは、としょうもないことで喜んでいる三井に呆れていると、何を思ったか次にミシマに近づいてきた。

    「おいミシマ、ちょっと手出せよ」

     そう言われミシマは普通に右手を出そうとした。そして開きかけて……慌てて背中に引っ込める。咄嗟だったので怪しい動きになってしまった。三井はそれを見ないふりしてくれるような人ではなく、それどころか何か書かれているのが見えたらしい。

    「手になんか書いてんのか?」
    「いや……」
    「なんだよ、見せろよ」

     三井はミシマの背後に回って手を覗きこもうとしてくるので、見せないようにくるっと回る。それでも見ようとしてくるので、しつこいなと顔をしかめた。

    「なんでもないです」
    「じゃあ見せろよ」
    「嫌です」
    「はあー? おい、先輩命令だ。手のひら見せろ……違う左じゃなくて……そっちは手の甲だろ。お前わざとか?」

     そう言われても見せる気など毛頭ないミシマは、失礼しますと言って三井から離れていく。あいつ冷たいぞと三井は木暮に文句を言って、怒らせたら勝てないんだからやめろよと返事されていた。木暮もそんなこと思っているのかと少しショックだったミシマだが、顔には出さずに仕事を続けた。


     その後も右手に気をつけながら過ごしていたミシマだったが、とうとう部活終わり時間になった。明日は翔陽との試合を控えているので、すぐに帰る人もいれば居残り練習する人もいる。ミシマは安田と明日のことについて雑談交じりの会話をしていた。

    「どうしよ、俺すごい緊張してる。ベンチなのに」
    「皆そうだよ」
    「ミシマも?」
    「私は……結構楽観的に考えてる。大丈夫勝てるでしょ、って」
    「はは、でもそうだよね。負けないよきっと」

     お互い安心して笑い合って、ミシマは頭から右手のことがすっぽ抜けた。そして無意識に右手を使って、あ、えっと明日は……と手の平を見せてしまった。
     すると、たまたまやって来た三井が、ニヤッと笑った。それを見たミシマはまずいと右手を引っ込めるが、もう遅い。

    「おい安田、見たか? 今の手のひら」
    「み、三井さん?」

     突然やって来た三井に安田は驚いたような声をあげた。ミシマは唇をぎゅっと結んで、眉間に皺を寄せる。面倒な予感しかしない。

    「やっぱお前宮城のことが好……」
    「三井さん!」

     何を言おうとしたのか察した安田は、咄嗟に三井の口を塞いだ。

    「何すんだよ!」
    「三井さん、ちょっと来てください」

     安田は険しい顔つきで三井を連れてミシマから離れる。ミシマは安田が何を言うのか気になったが、ついていくこともできず、呆然とその場に立ち尽くした。


    「いいですか、リョータとミシマのことにツッコむのはタブーなんです」
    「はあ? んでだよ。からかうくらい別に」
    「駄目です」

     先輩だというのに物怖じせずに否定する安田に、三井はたじろいだ。

    「先輩は復帰したばかりで知らないと思いますけど」
    「うっ……」
    「ミシマはずっと、リョータを見てて……」

     三井の痛いところをぐさっと刺してくる安田だが、ダメージを受ける三井を気にもしない。

    「リョータはそりゃ……ミシマよりも」
    「あいつ彩子が好きなんだろ」
    「……でも、それじゃミシマが」

     安田の目には、ミシマが健気に好きな人のために頑張っているように見えていた。先輩に絡まれて庇ったり、困っているときに声をかけたり、練習に付き合ったり、挙句の果てに宮城の喧嘩の報復までしている。正直何でもやりすぎではないかと思わないわけでもないが、それでも出しゃばらずにいるミシマを安田は応援していた。

     三井はそんな様子の安田を見て、うげえ……という顔をした。そんな複雑なのかよ……と。

    「だから、ミシマをからかうのはだめです。2人のことはそっとしておいてください」
    「わ、わあったよ」

     大人しく三井は頷いた。別に安田まで怒らせてからかう気はなかった。ミシマの反応が面白いからそうしたかっただけだ。
     遠目で、三井はミシマの様子を窺う。いつの間にか近づいていた宮城がミシマの手の平を見て、ふーん……という興味なさげな顔をしていた。ミシマの表情は見えないが、宮城に対しては特に隠す様子を見せない。何で本人には見せて俺には隠すんだよ、宮城にも隠せよ、と思わなくもなかったが、安田が見ているので口には出さなかった。


    「クラスの子に書かれただけで……」
    「油性かよ。大変だな」
    「……」
    「……明日までに落とせよ。なんか、恥ずかしいだろ。俺が」

     じわじわと羞恥に感情が染まる宮城だが、顔には一切出ていない。ポーカーフェイスが去年より上手くなったなとミシマは感心した。




    「リョーちゃん全国おめでとー!!」

     家に帰るなり、飛びついてきたアンナをリョータは受け止めた。誰から聞いたのかは知らないが、情報が早いなと思った。陵南との勝負に勝ち、安西のいる病院へ報告してきたのはついさっきだというのに。

    「んで知ってんだよ」
    「友達と応援に行ったの! 見てなかったでしょー」
    「はあ? ……言ったか、今日の試合のタイムテーブル」
    「ハジメさんに聞いたもん」

     あいつか、と宮城は無害そうな笑みを浮かべるミシマの顔を思い浮かべる。それから靴を脱いで、荷物を自分の部屋に置いてからリビングへ向かった。

    「おかえり」

     母のカオルが、キッチンで夕飯を作りながら、リョータに目を向けずにそう言った。リョータはその背中を数秒眺めて、結局返事をせずに冷蔵庫を開ける。麦茶を取り出すと、コップになみなみと注いであおった。
     少ししてアンナがやって来た。今日はお祝いだねー、なんてリョータよりも嬉しそうにカオルに話しかけている。カオルの表情は見えない。笑っているのか、そうでないのか。喜んでいるのか、あるいは……そう考えているリョータに、カオルは背中を向けたまま声をかける。

    「お風呂、入ったら?」

     リョータはコップをテーブルの上に置いて、リビングを出ていく。また使うから置いておいたのか、それとも流し台近くの母の傍に近づきたくなかったのか、リョータはあえて考えないようにした。
     しばらくして、お風呂に行った音が聞こえる。アンナはコップを流しに持っていって、料理をするカオルの隣に立った。

    「あんまり嬉しそうじゃないねリョーちゃん」
    「ほんと?」

     帰って来てからにこりとも笑わない兄を見て、アンナはそう言った。カオルは、リョータの顔も声もわからないから、否定も肯定も出来ない。

    「お母さんも見に来たらよかったのに。すごかったよ、リョーちゃん」
    「そうだねぇ……」
    「全国はえっと……広島って、ハジメさんが言ってたかな。行く?」
    「アンナは行きたい?」
    「お母さんは?」

     カオルは包丁を持つ手の動きを止めた。
     最後に、リョータのバスケを見たのはいつだったろうか。小学の頃のミニバスが最後だろうか。中学のときは見ていない。高校も。記憶の中のバスケをするリョータは、黄色のユニフォームで、ソータと同じ7番を背負っている。転んで、俯いている。自分は何もせずに見ているだけだ。動けない自分が情けなくて、包丁を持つ手に力が入った。

    「お母さんは……いいかな……」
    「そう? じゃあ私が見にいこっかなー」
    「どうやって?」
    「……広島ってどこ?」

     そう聞いてくるアンナにカオルは吹き出した。きっとそう遠くないとでも思っていたのかもしれない。この間の地理のテストは何点だったのだろうとカオルは考えた。きっとそう高くはないはずだ。

    「遠いよ。一人じゃ行けない」
    「じゃあいいやー、部活あるし」

     あっさり諦めたアンナにカオルはほっとした笑みをこぼして、切った野菜をフライパンへと入れた。


    「あっ、この映画もうテレビでやってる。ハジメさんと観たやつ」

     夕食を食べ終わった後、アンナは何気なくテレビをつけた。そこにはアンナが以前ミシマと観た映画が映し出されていた。リョータも気になって画面を見る。

    「リョーちゃん見たことある?」
    「ねえけど」
    「じゃあ見る?」
    「……」

     面白かったら見るかと、何となく見始めたリョータに、アンナは何も言わない。2人でテレビの前に座って、その映画を黙ってみていた。
     __くだらない喧嘩だった。あいつが出ていくって言っても、俺は止めなかった。帰ってくると思ったからだ。でも、それが最期だった。

     主人公の恋人が、ある日突然亡くなった。そんなよくあるような導入。視点は亡くなった恋人、つまり幽霊視点だった。

     __あなたのせいで死んだわけじゃないのよ。ねえ、どうして聞こえないの……?

     __俺が、あんなことを言ったから。

     __いい加減立ち直りなさいよ、情けないわね……

     __一生、俺は彼女だけを愛していく。

     __嘘つき。あんたっていつも目移りする。でもいいのよ、もう私は怒らないわ。

     死んだ彼女の声は男には届かなくて、結局彼を立ち直らせたのは彼の友人と、彼の中の彼女との思い出だった。幽霊の彼女は、無力感に絶望しながら、でも男の傍を離れなかった。何もできないと知ってもなお、心配で離れられなかった。
     羨ましいとリョータは思った。あんなに愛されている男が。彼女がどれだけ心配しているか知らないで、うだうだ言って現実から逃げている男に、それでも失望せず彼女は傍にいた。

    「あーもう、やっぱりこの男嫌い。うっざいわ」

     エンドロールが流れると同時に、アンナが苛立ったような声を出した。リョータはそうか? と首を傾げる。男が人生に悲観する気持ちに共感できたからかもしれない。

    「もう少しこの男がしっかりしてたら彼女もすぐに成仏できたのにね。なっさけないわー」
    「はあ? すぐ成仏させたら可哀想だろ」
    「え?」
    「彼女だって男の傍に居たいだろ」

     そう言ったら、アンナはポカンとしてからはあ? と呆れたような声を出した。

    「なんだよ」
    「いやいや、成仏する方がいいに決まってるじゃん」
    「なんで?」
    「だってさ、傍に居ても見えないんだよ。寂しいし、可哀想」

     そう言われて、それもそうかとリョータは思った。好きな人の傍に居られて、そっちの方が彼女は嬉しいと思っていた。でもそれは男の立場で彼女の気持ちを推し量っていたからだ。
     アンナは、ずっと彼女の方に感情移入していた。だから、ここで食い違いが出た。

    「……ハジメは、面白かったって言ってたか?」
    「え? うーん」

     変な空気になりそうになり、咄嗟に話題を逸らす。アンナはチャンネルを変えながら、映画を見た夏の日を思い出しているようだった。

    「……忘れた。聞いてみたら?」
    「お前なー」
    「一緒に食べたパフェの感想なら覚えてるよ」

     興味あるチャンネルがなく、夜ももう遅い時間だったからか、アンナは寝室へと戻っていく。リョータもテレビを消して寝室へと向かう。

     ふと、思い立って机の中にあるリストバンドを取り出す。沖縄に行った日に持ち帰ってきた、ソータのリストバンドだ。
     腕につけてみると、なんだかしっくりきた。つけて欲しいと訴えてたみたいだった。そんなはずはないのにと笑って、リストバンドを外す。だが今度は机の中にしまわずに、部活の鞄の中にしまった。これを持っていると兄が傍に居る気がして、気分が落ち着いた。


     翌日、ミシマは学校の廊下で宮城とすれ違う。軽く挨拶して通り過ぎようとしたが、その前にミシマが咄嗟に宮城の手首を掴んだ。急に掴まれたものだから、宮城はびっくりしてつんのめる。
     振り返ると、ミシマは大きく目を見開いていた。黒い瞳がゆらゆらゆれて、今にも水の膜が落ちそうになっている。

    「どした?」
    「……ータ?」
    「え?」
    「……いや」

     ミシマは急にハッとしたように宮城から手を離した。それから足早に去っていく。何だったんだろうと思いながらも、深くは気にしなかった。


     ソータがいた。居たといっても、前みたいにはっきりくっついていたわけではなくて、煙みたいにゆらゆらと漂っていた。それは魂というよりも、その残り香に近い。意思もなければ、コミュニケーションも取れないくらいに希薄な存在だ。だが確かに、存在している。
     ミシマは目尻に浮かぶ涙を指先で払った。いつだったか、仙道に八つ当たりしてしまった日のことを思い出して、あとで謝ろうと思った。可能性は、確かにあった。もう一度会えるかもしれない。きっとどこかにいるはずだ。

     でも、何故このタイミングで? 思い当たることといえば、数日前に全国出場が決まったこと。だがそれでソータの魂が戻ってきたのか? 宮城の試合を見るために? あの兄ならありえなくもないが、一度無理に祓った霊は大体自分から戻ってくることはない。出来ないのかもしれない。自然と成仏した霊は谷沢みたいにひょいひょい帰ってくるのだが……

     授業中もそればかりを考えて、結局確かなことはわからないままで。


     部活の休憩時間に、ミシマは宮城の隣に腰かけた。流川がピリピリしていて、赤木もよりいっそう気合いが入っている。もちろん、他のみんなもそうだ。だがそんな中で、宮城の心は安定していた。
     宮城の傍には、ソータがたたずんでいる。何も言わず、宮城を見ている。きっとミシマのことなど目に入っていない。もしかしたら怒っているのだろうか。どこかにいるソータの魂を見つけ出したら、呪われるだろうか。

    「昨日のテレビ見たか?」
    「……いや」
    「映画やってたぜ。お前がアンナと観に行った」

     ただの雑談のつもりで、宮城はそう話をした。ミシマはああ、と去年の記憶を思い出す。アンナは気に入らないと言っていた、あの映画だ。

    「いい映画だったよね」
    「だよな。俺もそう思った。けどアンナがよ」

     ミシマはそれをしっかり覚えていた。あの主人公と幽霊の女性の関係は、この兄弟の現状に類似している。心配で仕方なくて、でも何も出来ない。ただ彼と、その周辺の人、思い出が立ち直らせてくれるのを願うしかない。
     途中までは、まるでミシマのように霊を見ることができる人が書いたみたいな脚本だった。でも最後に夢の中で再会できるところが、リアリティがない。本当に残酷な現実を描くならば、男を思い続けた彼女に救いはなく、言葉もかけられないまま消えていく。

    「アンナじゃなくて、俺と観に行けばよかったな」
    「……」
    「……いや、冗談。俺と観に行ってどうすんだよ」

     ミシマは宮城の横顔を見た。いっそ言ってしまおうか。自分は幽霊が見えて、君には兄の霊が憑りついていた。いつも君のことを思っていた。今だって傍に居る。
     いや、無駄だ。信じてもらえるはずがない。

    「リョータ」
    「ん?」
    「私……」

     宮城の傍に立っていたソータが、しゃがみ込んでミシマの顔を覗き込んだ。ミシマは息をのんだ。だってソータがしっかりミシマを見て、微笑んでいたから。その笑みには怒りも憎しみもなくて、ああ許してくれてるんだなと、ミシマは都合のいい解釈をした。
     思わず手を伸ばしそうになったが、拳を握って堪えて、それから震える喉から言葉をひねり出す。

    「話したいことが……あるの」
    「……何?」
    「今……ここじゃ言えない」

     ミシマは下に視線を向けて、重苦しい顔でそう言う。宮城はハッとして、それからきょろきょろと辺りを見回す。遠くでこちらを見ている三井と目が合うと、ニヤッと笑われた。ムカつく笑い方だった。でも三井だけでなく、宮城たちの会話を盗み聞きしていた人が全員、生温かい視線を送っているのに気づき、途端に居心地が悪くなる。だからか、ミシマの表情が暗いことには気が付かなかった。

    「わかった、えっと……あー……部活終わったら、でいいか」

     ミシマは静かに頷いた。そこでやっと、いつもと様子が違うことに気が付く。何か落ち込んでいるような緊張しているような、とにかく宮城が最初に予想したのとは違うことを、話したそうだった。
     休憩終了の合図が鳴る。宮城は俯いたまま顔を上げないミシマの肩を二回、ポンポンと叩いてから練習に戻っていった。
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