大切な記憶を手繰り寄せて組み立てた、思い出の場所。
あの日唐突に奪われた日常。
家族と再び暮らすことを夢見て作った、大事な大事な新しい家。
この生活が始まって一年ほど経ったけれど、フィンが待っていると思うと、どこにいても愛しい我が家を思い出して、すぐに帰りたくなってしまう。
柔らかいオレンジの光が照らす室内、十年前に焼けて消えた実家と同じ、豪奢なシャンデリア。全て同じものは手に入らなかったけれど、家具もなるべく近いものを用意して、完璧に作り上げた僕達の家。
部屋の真ん中に置いた大きな椅子にいる、大切な大切な弟へ帰宅の挨拶を告げる。
「ただいま、フィン」
俯きがちの姿勢のまま、こちらを見ない瞳を覗き込む。翡翠のような翠緑両目、けれどそれはどこか濁ったように焦点があわず、何も写していないようだった。
愛しい弟の髪へ触れて、額にキスを落とす。毎日清潔に保っている体はボディソープの香りがした。
「ご飯にしようか、お腹すいたよね」
呼びかけても反応がないのはわかっているが、それでも構わない。
食事の準備のため、一度キッチンへと向かう。実家と同じ作りのキッチンには、様々な調理器具がある。二人で暮らすには多すぎる気もするけれど、無くした暮らしに少しでも戻せたらと思って、食器も何もかもあの時と同じだけ用意した。
フィンは野菜が嫌いだと言っていたが、健康の為にはとってもらわなくてはいけない。冷蔵庫から取り出した何種類かの食材と野菜をミキサーへといれる。
「ほら、フィン。夕食の用意ができたよ」
小さな皿へ盛り付けた、ぐちゃぐちゃの食材。それが今日のフィンの夕食だ。俯いていた頭を上へむかせて。深めのスプーンで掬った食事をフィンの口元へ運ぶ。薄く開いた口の中へそれを入れてやれば、ピクリと舌先が動いたのを感じた。
「うん、良い子だ。飲み込めるかな」
声をかけて促すと、喉の奥がごくりと鳴ったのがきこえた。そのまま皿が空になるまで同じことを続けてやる。まるで鳥の雛のようで愛しく思っていると、口の端から飲み込みきれなかった食事が唾液と共に垂れる。ぼたりと重い音を立てて、落ちたのは本来なら太ももがある辺りだろうか。
「溢しちゃったね」
シミが広がる前に、と拭ったズボンの筒は空洞だ。足の付け根、そこから先地面を踏み締めていた両足は今のフィンには存在しない。それと両腕も。
一年前、僕とフィンはやっと再会することができた。けれど、暴走するサンガルガノの力が抑えきれず、気がついた時にはフィン以外の人間が血溜まりの中に倒れ込んでいた。
そしてすっかり偽物の家族との『ごっこ遊び』にハマってしまったフィンは、彼らを手にかけた僕を、本当の家族であるはずの僕を、拒んだ。
許せなかった。フィンを狂わせた奴らが。僕は一度だけならず、二度も家族を奪われねばならないのかと。そしてそれ以上に悲しかった。僕の元から去ろうとしてしまうフィンが。
そして、どうしたらフィンがそばにいてくれるのかを考えて気がついたんだ。どこかへ行ってしまう脚がなければ良いのではないかと。
だから、それを斬り落とした。痛いいたいと泣く姿は心苦しかったけれど、痛みは時が経てば消える。
そしたら今度は、腕を伸ばして『あの男』の名前を呼びはじめた。忌々しい。自分の事を兄貴分だなんて言い張る図々しい男。フィンがアイツと手を繋いでいたのを目撃した時は腑が煮え繰り返る思いだった。
だから、次は腕を落とした。腕が無ければ繋いでいた手のことも忘れるだろう。まぁ、もうアイツはいないけれど。
その時の事を思い出しながら、フィンの短くなった腕を撫でる。すっかり肉が繋がり丸くなった切断面へ触れると、フィンの瞳から雫がこぼれ落ちた。
「ごめんね、痛かったかな?」
問いかけには答えない。毎日薬を飲ませているからおそらく痛みはないはずだけれど。
それでも繰り返し溢れてくる涙を拭って、強く抱きしめた。
愛しい弟。大事な弟。
もう二度と失わないように、大切にたいせつにしまっておかなければ。
陽光を思わせる金髪が、室内灯を反射して弱く光る。しばらく日光を浴びていない肌は青白い。
大丈夫。これから先は僕がずっと守るから、ずっと一緒だから。家族とこの家でずっと暮らしていけるんだから。