二回目の方が初々しい二人の話業務も終了間際、二人きりの地下駐車場。
監視カメラの死角で手を重ねて、指先でくすぐるように。
とっておきの甘い声に、吐息を交え。
さりげなく詰めた距離を意識させるように。
「ねぇ、フィン、今夜さ」
「あーーー!俺!ちょっとトイレ行ってくる!!」
わざとらしい大きな声で立ち上がると、フィンは一目散と言わんばかりに駐車場から飛び出した。
クリスの目は一瞬呆気に取られて丸くなるが、すぐに状況を理解して苦笑いに変わる。
一月ほど前、フィンと勢いで体の関係を持った。
ドラッグに当てられ、体の熱を持て余したフィンに誘われて、そのまま重ねた体。クリスはゲイではないと自負しているし、数多くの女性と寝た経験はあれど、男ははじめてだった。
駄々を捏ねる子どもをあやすつもりで自慰を手伝った、つもりだった。けれども異様な雰囲気に当てられたのか、淫らな姿を魅せるフィンの倒錯的な姿に酔ったのか、気がつけば行為に夢中になり。そして、意識したのだ。自分は存外フィンに対して、好意があるのだと。
フィンの方も満更ではない……と言っていた。だから、それを確かめたくて、もう一度フィンに触れたいと、それとなくアピールしているのだが。
ドラッグのおかげで積極的だったあの日とは違い、そういう雰囲気を感じ取るや否や一目散と言わんばかりに逃げるフィン。聞いた所、その日まで性経験は無く、初めてしたのがあの日だった、と言うではないか。
それを考えると、なんとも初々しくて可愛らしい反応である。ここは一つ、大人として余裕を持って接しようと決めたクリスなのだが。
「なぁ、フィン今日良ければ送って」
「あーーー、今日新しいCDの発売日なんだよなーー。あーあー楽しみだなぁーー」
「ね、フィン。次の休みさ」
「休み?あぁ、その日はリンジーの所に顔を出す予定でさぁーー」
「フィ……」
「13時からウィルソンさんとこ訪問行くから、午前中に書類終わらせなきゃなーー、忙しいいそがしい」
ここまでことごとく逃げ続けられると、流石に色々自信がなくなってくる。
遂には雑談すら受け付けないと言わんばかりに、拒絶されるまでに至り、カウンターでやりとりを見ていたウェンディにすら、呆れた表情を向けられる始末だ。
「クリス、貴方何かしたの……?」
「まだ何もしてない、はずなんだけどね……」
いや、したと言えばしたが。合意の上の行為なのだから、それは問題ないはずだ、と、自分の中で納得しつつも、段々と無くなっていく余裕に肩が落ちた。
「はぁああ」
退勤後、暮れ始めた街に背を向けて、馴染みのパブ・クレイジーエイトへと顔を出す。カウンター席の端を陣取り、いつものとマスターに告げれば、嫌そうな顔をしながらも、カウンターの中から気だるげな返事が返ってくる。暫くするとソフトクリームを高く積んだカフェオレが若い女性の手によって運ばれてきた。
「ちょっと、シケた声出さないでよ。ダッサいなぁもう」
長いツインテールを揺らしながらやってきた彼女の、綺麗に整えられた指先がグラスを置く。
何かといろいろな事で縁のあるプレイヤーであり、ここに住み込みで働いているチェルシーが、ぱっちりとした目を不機嫌そうに細めながらクリスを見下ろす。
「別に、俺がどんな声出してても良いでしょ」
今更取り繕うほどの仲でもないかと、クリスが少々粗雑に返すと、納得いかないのか小さくため息が聞こえる。そして、その直後椅子を引く音にそちらを見れば、何やら面白いものを見つけたと言わんばかりにニヤついた表情で隣へ腰掛けるチェルシーがいた。
「お前、仕事中だろ……」
「いーじゃん、まだお客さんアンタしかいないし。ねー、マスター?」
カウンター奥のマスターは店員の不真面目な態度を注意するどころか、向こうも面白いものを見たと言わんばかりの表情だ。客が来たら立てよ、の一言だけで、チェルシーの行動は咎められない。
「え、なに何か面倒事でもあった感じ?」
「いや興味あるんかい……別に。逃げる子の追いかけ方に悩んでるだけだよ」
「はぁ……またナンパ?アンタも相変わらずね」
「違うって」
ナンパで考え込んでいるのなら、こんなに気落ちはしない。どうやったら落とせるのだろうときっとワクワクとすらしているだろう。
けれど、今は追いかけると逃げる子を、このまま追い続けて良いのか真剣に迷っているのだ。
いつに無く真剣な表情で頬杖を付くクリスを、ローズピンクの瞳がジッと見据える。やがて、彼女は何か思いついた様にクリスの耳元へ唇を寄せて囁いたのだ。
「アタシの力で繋いであげよっか?」
彼女の力は身をもって味わっているからよく知っている。チェルシーのカード、ラブコネクションは対象二人の手を繋ぐ能力。その名の通り愛を繋ぐために一役買おうと彼女は言っているのだ。
「流石にそれはちょっとな……」
カードの力を私欲の為に再び使うのは躊躇われた。国家から預かったもの、なんて大層な大義にはさして興味ないけれど。これ以上、自分を満たす為にその力を濫用するのは憚られる。
けれど確かに、逃げられてばかりで話す事もままならない現状を打破するには、少しばかり強引な手段に出た方が懸命かもしれない。
「まぁ、なんとか自分でするよ」
「あっそう」
「……ありがとうな、チェルシー」
「はいはい、まぁがんばりなー。自称色男さん」
チェルシーが労うようにクリスの肩を叩いたちょうどその時、カウンターの中から彼女を呼ぶ声が聞こえてくる。隣から立ち上がった彼女は、けれどすぐに戻ってきたのだ。
「ほら」
戻ってきた彼女がテーブルに置いたのは、生クリームが添えられた、チョコレートブラウニー。オーダーした記憶がない品が運ばれてきた事に戸惑うクリスへ、チェルシーからウィンクが飛んでくる。
「マスターから、シケた顔してたら他のお客さんがきた時に盛り下がるだろうってさ」
言われてカウンターの奥を見ると、態とらしく視線を合わせないように顔を背けたマスターの姿があった。馴染みの店ならではの暖かい対応に、落ち込みかけていた気持ちが少し前向きになる。
「ありがとう」
目の前に出されたスイーツへと、ありがたくフォークを刺して。生クリームをたっぷりディップさせて頬張ると、チョコレートの甘さがクリームと共に口の中に溶けていく様な気がした。