膝枕をするレノックスとフィガロ 日が穏やかに照り、風がそよ吹く気持ちの良い午後。晶はキッチンへ行こうと、魔法舎の廊下を歩いていた。窓外に楽しげにはしゃぐ子どもたちの声がして、その穏やかで平和な様子に思わず笑みが浮かぶ。今日は任務がなく、訓練も午前の内に済んで、いまは各々が自由な時間を過ごしていた。
晶は談話室の前を通りかかって、足を止めた。意外な光景に目を奪われて、思わず凝視した。
談話室自体の様子は、穏やかな午後といった感じで変わったところはない。だが、そのソファを占有する二人組の様子が、晶にとって意外だったのだ。
ソファを占有していたのは、フィガロとレノックスだ。彼らはふたりとも本を読んでいた。上着を脱いで、くつろいだ様子。ここまでは、意外でもない。だが、座るフィガロの腿に頭を乗せて、レノックスがソファに寝転んでいた。それが意外だった。
「賢者様、どうしたの?」
晶の視線に気づいたフィガロが、本から目を上げてこちらを見た。その声で、レノックスも頭を傾けて晶を見る。
「あ、いえ」
晶は、自分の不躾を誤魔化そうと頭を働かせた。だがうまい言い訳がひとつも出てこず、
「なんだか意外だな、と思って」
と、正直に話した。
「意外?」
「はい。えーと、その、膝枕をしてるのもそうなんですけど、レノックスが、フィガロに膝枕されてるのが……」
晶の言葉に、レノックスとフィガロは顔を見合わせた。
「そうですか?」とレノックス。
「はい。もしやるなら、逆かなと思っていたので」
「逆?」
「逆ですか」
晶に言われて、レノックスが身体を起こすと、今度はレノックスの腿にフィガロが頭を乗せた。
「こう?」とフィガロ。
「あ、はい」晶は頷いた。こちらの方が、晶にはしっくりきた。
しかし、レノックスの腿に頭を乗せたフィガロは「うーん」と唸って険しい顔をすると、直ぐに起き上がってしまった。
「レノの足、筋肉がついてるから硬いし厚みがあって首が痛くなるなあ」
「フィガロ先生の足は骨ばってて硬いですよ」
「お前の頭重いんだから、文句を言うなら乗せるなよ」
言い合いながらも、レノックスは再びフィガロの腿に頭を乗せる。
軽口を言い合うふたりの親しげな様子に、晶は自分が間の悪いところに立ち合わせてしまったのをはっきりと認識して、どぎまぎした。
「お、お邪魔しましたっ」
言って、足早に談話室の前を立ち去った。心臓がどきどきしていた。
フィガロとレノックスは同じ南の国の魔法使いで、南の国の魔法使いたちはとても仲が良い。それこそ、家族のように。でも晶がそう思うのは彼らが四人でいる時が多い。フィガロとレノックスは何かにつけて一緒に居ることが多いが、ここまで仲が良いとは知らなかった。
しかし、喧嘩するほど仲が良いとはよく言ったもので、晶の前でも二度ほど喧嘩をしたふたりだが、やはりその分仲もいいのだ。誰に対しても礼儀正しく控えめなレノックスが率直に我を通し、フィガロは柔和で人当たりの良い表情を崩して相対する。そうできるのは互いへの遠慮がないからであり、先ほどの光景もその延長なのだ。
ふたりが寛いでいるところを覗いてしまって、悪いことしちゃったな。
晶はそう思いつつキッチンへ向かったが、ふと、あの場所が談話室ではなく、現代日本のリビングで、ふたりが持っているものがスマホだったらと考えた。テレビの前で、映画でも見ながら。その光景を考えると、レノックスがフィガロに膝枕をされながら寛ぐふたりの姿が不思議なことに、にわかにしっくりくる。
想像したその様が面白く、また微笑ましくて、晶は思わず顔が綻んだ。
◆
「あら、行っちゃった」
晶が立ち去ったあとの談話室で、フィガロは彼が去った方を見て言った。
「別にお邪魔じゃなかったのにね」
「はい」
と、答えたあとややあってレノックスは「ですが、確かに改めて考えると……」と続けた。
「考えると?」
「おかしいかもしれません」言って、身体を起こす。
「おかしい?」
「フィガロ先生と、俺の元々の関係を考えると……」
「そんなの、今更じゃない」
「まあ、そうですが」
「おかしいならやめる?」
「いえ」
レノックスはみたび、頭をフィガロの腿に乗せる。
フィガロは、存外甘えたというか、遠慮がない年下の男の頭を軽く撫でる。眼鏡を取って、前髪を指先ですいた。レノックスが何度も打ち付けるたびに治療をしているので、いまでは見慣れた額。その治療だって、やろうと思えば自分でできるだろうにわざわざフィガロのところへ来るのだ。この男が自分にこうして甘えてくるようになったのはいつからなのか。気づけば長くなった付き合いを振り返っても、判然としない。
赤い瞳が、フィガロを見返していた。
「なに」
「いえ、なんでも」
短いやりとりが終わる。
眼鏡を取られたレノックスは本の続きを読めず、仕方がなしに目を瞑る。
その寝顔を見ていて、フィガロはちょっとした悪戯心が湧いてきた。
フィガロはレノックスに覆い被さると、彼の唇にキスをした。
身を離し、さてどんな反応が返ってくるかと思ってレノックスの顔を見れば、彼の赤い瞳がこちらを見ているだけで、それ以上の反応はなかった。
「本当に甲斐のない男だなあ」
「驚いてますよ。ご存知でしょう」
何年の付き合いだと思っているんだ、と言わんばかり。
「わかってるよ」
言いながら、フィガロはレノックスに眼鏡を返す。
そしてふたりはまた本の続きに取り掛かった。彼らにとってはなんでもない、平凡な午後のひとときだった。