ハロウィンのファウ晶♀「それで君は、どうするつもり?」
ファウストにそう言われ、晶は思わずたじろいだ。
その声色が優しく、そして彼の綺麗な菫色の瞳が真っ直ぐ己を捉えていたから。
ハロウィンの夜。
晶が居た世界の風習を真似て、仮装をしてお菓子をねだる子どもたちと一緒に晶も魔法舎を巡った。
魔法使いたちは、お菓子をくれたりくれなかったり、あるいは悪戯をしてきたり……と、様々。
「トリック・オア・トリート!」と言いながらお菓子をねだるのは、子どものころ以来だ。童心なった気持ちで、晶もハロウィンを楽しんだ。
魔法使いたちのところへ遊びに行き、晶のカゴは菓子でいっぱいになっていた。異世界の珍しい、色とりどりの菓子。見慣れたと思っていたが、やはり物珍しく感じる。
けれど、異世界からやってきた晶に気を使ってくれたのか、晶にも親のある色や、猫の形をした菓子が大半だった。
魔法使いたちの心遣いを嬉しく思いながら、晶が自室に向かって歩いていた時。通りかかった談話室に誰か居るのが見えた。
ふわふわとクセのある栗毛の髪。ファウストだ。
「ファウスト」
晶は談話室に入って、彼に声をかかる。
彼は談話室のソファに腰掛けて本を読んでいた。
晶の呼びかけに、彼は顔を上げた。
「やあ、賢者。ずいぶんもらったようだな」
「はい。ほら、これ見てください!」
晶はカゴから、一番お気に入りのお菓子を取り出した。
「猫ちゃんの形ですよ!」
「ふふっ、かわいいな」
「あとこれも……」
そう言って、晶はあれこれと机にお菓子を並べる。
魔法使いたちからもらったお菓子はどれも素敵で、ファウストに見てもらいたかったのだ。彼は晶がこうして好きなものの話しをすると、いつも穏やかに笑って話を聞いてくれるから。
「そうだ」晶が言った。「トリック・オア・トリート。お菓子をくれないと悪戯します!」
ファウストはどんなお菓子をくれるだろう。気になって、お決まりのセリフを口にした。
しかしファウストは手をひらひらと振る。
「残念ながら今は菓子を持っていないんだ。さっき子どもたちに与えてしまって」
確かに、ファウストの手元にお菓子はない。机の上にひっくり返された帽子が置かれている。そこに入れていたのだろう。
ファウストの用意したお菓子だ。きっと猫の形で可愛かったろうな。そう思って晶が残念がっていると、ファウストが口を開く。
「……それで、君は一体どうするつもり?」
晶は思わず固まった。いや、たじろいだ。お菓子がなかった場合のことを、一切考慮していなかった。
「え、えーと……」
思わず言い淀む。
ファウストは軽く首を傾げて、晶の出方を伺っている。その瞳は、楽しんでいる気配をまとわせていた。彼の菫色の瞳が、晶を捉えている。
「失礼します!」
思い切ってファウストの前に立った。
晶はばっ、と腕を左右に大きく広げる。
何が起こるのか、ファウストは驚いて目を丸くし、身構えている。
それから晶はファウストに近づいて、ぎゅっと彼に抱きついた。
「どうですか、びっくりしました?」
ファウストから返事がない。悪戯成功かな。
そう思っていると、
「……賢者」
とファウストが戒めるような声色で言う。
もしかして、こっちの習慣的にアウトだったかも……。
そう思っていると、ファウストがそっと晶の腕を解いて身体を放す。
「あの、ごめんなさい、嫌でしたか……?」
「そうじゃなくて……。僕は年寄りとはいえ、君みたいな若い女の子が、あまり異性に抱きつくのは……」
「ご、ごめんなさいっ」
とたんに恥ずかしくなって、晶は慌ててカゴにお菓子を詰めると、談話室を出ようとした。
「賢者!」
廊下に出る寸前で、ファウストが晶の腕を掴んだ。
「すまない。君を責めるつもりでは……」
「あの、わかってます。ただ、私が……」
恥ずかしくて。
抱きついたときに感じた体温が、まだ体に残っているようだった。腕にも感触が残っている。思ったよりもしっかりとした体幹。ファウストが男性なんだとはっきりと感じた。
ファウストの顔が見られなかった。いま振り返ったら、自分の真っ赤な顔が見られてしまう。
「賢者」
硬直し、沈黙するふたりの空気を、ファウストが破った。
「あとで部屋に行ってもいいか」
晶は振り返った。彼の声が真剣で、そして臆病そうな、遠慮がちな響きを含んでいたから。
「君用の菓子を用意してある。他の子たちに取られないように、除けておいたんだ」
ファウストが、恥ずかしそうに、申し訳なさそうに視線をそらしていた。
その様子に、晶は思わず笑みがこぼれた。もちろん、お菓子が嬉しかったからじゃない。
「待ってます。ファウストと飲みたい、おいしい紅茶があるんです」