ひとたらしたらし「ノアちゃんってほんと優しいよねえ……。他のやつにもこんなに優しいの?」
いつものように酔いつぶれ……まではいかずとも、一人では歩けない程度には酔っ払っている海羽さんからの要請を受けて彼を迎えに行った帰り。彼をベッドに寝かせている最中、不意にそんなことを聞かれた。
他の人、というとやはり真っ先に思い浮かぶのは他のライダーたちのことだが、正直彼とは比較ができない。連日のように酒浸り、酔いつぶれかけては「むかえにきて!」「おれにはノアちゃんしかいないよ~」などと連絡してくるのは海羽さん以外に思い当たらないから。
「う~ん、それはどうでしょうね」
「えぇ? ……それってさぁ、俺にだけ優しいってこと? 期待していい?」
そう言って彼はアルコールで蕩けた目を細めて笑う。ダメ押しとばかりに首の後ろに腕を回され、ぐ、と引き寄せられる。蠱惑的――人誑し。そんな言葉が頭の中に浮かぶ。
まあ、何かしらに誘われているのだろうけどそれと同時になんとなく、試されているような気がして。彼の誘いには乗らないことにした。
「あー、えっと。『比較対象がいないのでなんとも言えない』って意味でした」
「あはは! 振られちゃった」
からからと笑って海羽さんはパッと手を離すと、ぼす、とマットレスに身を沈めた。思ったよりも勢いよく、頭に響いたのか「ゔ」という呻き声も上がる。
「……別に、振ったわけじゃないですよ」
「~……、うん? なに? どゆこと?」
「比較対象がいないってことは、今その枠にいるのは海羽さんただ一人だけってことでしょう? いいじゃないですか、一人だけ。そういう意識を向けられるのは、他に誰もいない席」
ベッドに投げ出されている海羽さんの腕の内側を、すうっと指の背で撫でる。そこまで大胆じゃないけど、ちょっとしたお返しのつもりで。
そうやってしばらく撫でていると、海羽さんからの反応がないことに気付く。何か一言くらいあってもいいのに、もう寝ちゃったかな、などと思いながら彼の顔の方へ視線を向けた。
すると彼のアルコールで血色の良くなっていた顔色は更にぐっと赤みを増し、なんだか照れているような、そんな様子で。彼は口元を手で覆いながら、撫でられている腕をじっと見つめていた。
「……どうしたんですか、その顔。真っ赤ですけど」
「っえ、いや、あー……、ほら! 酔っぱらいだからさ、顔くらい赤くなるっていうか、ね? 赤くなってて当然だろ? なあ?」
わたわたと言い聞かせるみたいに言う海羽さんに思わず吹き出す。――かわいいひとだと思った。
「照れちゃったんですね。先に仕掛けてきたのはそっちなのに」
「別に照れてるわけじゃ……、いや、まあ、俺から仕掛けたのはそう、だけど。……まさかノアちゃんの方からそんな、色っぽいことしてくれるとは、思ってなかったからさ……?」
彼はぼそぼそとそんなことを言いながら、こちらの中指や薬指の辺りをすりすり甘えるみたいに撫でてくる。同時に、ちら、ちら、と送られる視線から再度誘われていることを察する。
「――静流さん。期待はしていいですよ。でも今日はもう寝てください」
「え、えぇ〜……。今すごくイイ感じなのに……」
「酔ってる人とするのはよくないって言われてるので。お酒が抜けてからじゃないと」
「……いい教育されてるねぇ」
分かったよ、と手を離してくれた彼に感謝の意を込めて微笑めば、彼もそっと笑い返してくれた。
「それじゃあおやすみなさい、静流さん」
「うん。おやすみ、ノアちゃん」
お酒、頑張って抜くからね、期待しててね、とアルコールか眠気か、はたまた別の何かか。とろとろと蕩けた瞳に見送られながら部屋を後にした。