2024/2/22猫の日SS 大柄な体躯と茶色い毛並みでこの近所の猫たちを統べる一匹の雄猫は、甘えて寄り添ってくる雌たちに、あぁ後から遊んであげるから離れろよと鳴いて今日も住宅街へ向かう。
最近越してきた新築の一軒家。そこに住む人間たちに混ざって、黄金 色の美しい毛並みにツンとすました同色の瞳の雌猫。フサフサのボリュームのあるしっぽは綺麗に毛繕いされていて、あのしっぽを追いかける自分の姿を何度想像したことか。
人間に空と呼ばれている少年の腕の中で幸せそうに目を瞑り、のんびりと日向ぼっこをする美しい雌から目が離せないでいた。
何時間見つめていただろう、少年が家族に呼ばれたようで猫を縁側に降ろすと家の中に入っていった。
『にゃあ』
勢いだった。足音を立てないよう素早く近づいて、彼女の隣に佇む。猫は驚いたのか警戒心をむき出しにして毛を逆立てながらこちらを威嚇してきた。
『にゃあ』
大丈夫だよ、怖がらないでと可能な限り優しい声で囁いて、琥珀の瞳をギラギラとさせて警戒する彼女に少しずつ忍び寄る。もう少しで頬が触れるというその時、雌は牙を剥いて鼻頭に噛み付こうとしてきた。
咄嗟に避けるとこちらもシャアッ! と牙を剥く。お互い一歩も譲らぬ攻防。折れたのは彼女だった。瞳に焦りのような色を見せた後、家の中に逃げようと身体を反転させた。
──逃がすものか
ずっと追いかけたかったフサフサの尻尾を前足でがしりと踏むと、そのまま全身で雌に乗り上げた。
逃げようとする雌の首根っこに噛み付いて、ぐいっと持ち上げる。身体の小さい彼女を連れ去ることなんて簡単だ。家族に助けを求める雌の鳴き声を聞きながら、声の届かない場所まで彼女を引きずっていく。
どうして一目見ただけでこんなにもこの雌のことが気になるのかは自分でも全くわからない。
たまたま住宅街を歩いていた時、人間が引っ越し作業をしているなと思った。少年が母親から受け取ったケージの中の彼女を見た瞬間だ、ちらと外の世界に目を向けている彼女と一瞬だけ目が合った。
その瞬間、この雌が欲しいという思いで頭が支配されたことだけは覚えている。