半田くんが夏祭りに行くおはなし「何ですか先輩、僕のことじっと見て。もしかして見惚れてました?」
「ハァ?何を言っている。オマエのその緑色の髪を見て新しいセロリトラップを思いついたところだ!」
「あーそうですか。ていうか僕を実験台にしないで下さいよ」
「何故だ」
「セロリ汁まみれになりたくないからです」
そんな会話を交わしながら、オレとサギョウはパトロールをしていた。
シンヨコはいつもと同じようにポンチ吸血鬼が騒いでいた。そんな中を市民に迷惑をかけているポンチに注意や指導をしながら歩いていく。
「それにしても暑いですねぇ。もう夜なのに」
サギョウが汗を拭いながら言った。夜だがまだ気温が下がらず、街には熱い空気が立ち込めていた。隊服も夏服に切り替わっているが、それでも汗だくだ。
「そうだな」
「先輩、夏でもハイネックだけど暑くないんですか?」
「仕事に集中していれば気にならん。…が、さすがに蒸れるな」
思わず首元を引っ張る。
「服伸びちゃいますよ。ちょっと待っててください」
そう言ってオレの隣から離れて、自販機で水のペットボトルを買ってきてくれた。
「首元に当てて冷やしたらいいですよ」
前に立って少しだけ背伸びをして、オレの首に手を回してペットボトルを首元に当てた。
「どうですか?」
「…冷たくて気持ちいいな。ありがとう」
そう言うとサギョウは嬉しそうに笑い、ペットボトルを手渡してくれた。
「この分だとお祭りの時も暑そうですねぇ」
「ム…そうだな」
サギョウの視線の先には『常夜神社夏祭り』のポスターが貼ってあった。
毎年中々の盛り上がりを見せるイベントで、吸血鬼が出店を出したりもしている。その為オレ達吸対も揉め事が起こらないようにパトロールする予定になっていた。
「仕事だけどお祭りちょっと楽しみなんです。去年は来たばっかりでまだシンヨコの事よく分かってなかったし。それに制服じゃなくていいって隊長言ってましたしね」
隊長からは、制服だと市民に必要以上に圧をかけてしまうから服装は自由でいい、と言われていた。
「何着ようかなぁ。先輩はまた変なTシャツ着てくるんですか?」
「変ではない!」
「変ですよ、オフの日とか。あんなのよく見つけますねぇ。あはは」
ケラケラと楽しそうに笑っている。
その笑顔になぜか落ち着かないものを感じ、誤魔化すように言った。
「そろそろ署に戻るぞ」
「はーい。あ、先輩、この前の報告書書いたんですけどチェックしてもらっていいですか?」
「あぁ、わかった」
それから何日かして。
出勤すると、いつもはもう来ているサギョウがまだ来ていなかった。
「おはよう。…サギョウはまだ来てないのか?」
席に着いていたルリに声をかけた。
「サギョウくん?そうですね、まだ見てないです」
珍しいな。もしかして今日は休みなのか?しょうがない。後で自宅に行ってみなければ。
そう思っていると、
「すみません遅くなりました!」
叫びながらサギョウが走ってきた。よく見たら髪はボサボサ、服も乱れてる。どうしたんだ?
「おはようサギョウ、どうした…」
「おー!お前も今だったか、サギョウ」
廊下から声がした。
「そっちも?お互い遅刻するとこだったんだ」
サギョウが廊下にでて、俺の知らないヤツと笑って話をしてる。
気になってしまい、ドアから廊下を伺った。
「あんだけ飲んだのに次の日ちゃんと出勤したのは偉いぞ」
そう言ってサギョウの頭をわしわしと撫でてる。
……。
「止めろって。とりあえず遅刻は免れたから…」
「サギョウ」
「あ、先輩、おはようございます」
「そちらは?」
「僕の同期です。ていっても交通課なんで面識ないですよね」
すると、その同期とやらが近づいてきた。
「半田さん?サギョウの先輩の?」
「そうだ」
「…フーン」
オレを見てニヤニヤしている。
「おい、サギョウ」
そう言ってサギョウに何か耳打ちした。するとサギョウが真っ赤になり同期の服を掴んだ。
「やめろ!弄らないって言っただろ!」
「カッコいいなって言っただけだろ」
オレの前で揉め出した。
…仲がいいんだな。
「あー、半田さん?」
「…なんだ」
「俺、サギョウの同期なんですけど、サギョウをよろしくお願いしますね」
「だからそういうの!やめろ!」
サギョウが同期をべしべしと叩いてる。
…。
「サギョウ、パトロールに行くぞ」
「あ、はい!」
「俺も仕事に戻らねーとな。じゃーなサギョウ」
「あーうん、また行こうね」
…また2人で飲みにいくのか?
チッ
サギョウのその言葉に何故か舌打ちしてしまう。
何故だ?こんな行儀の悪い事をするなんて。お母さんにダメだと嗜められてしまう。
オレの心の葛藤に気付かず、サギョウがさっきの奴のフォローをいれた。
「すいません先輩。あいつよく人のこと揶揄ってくるんですけど悪気はないんですよ。いいやつなん…」
「早くしろ」
「あ、すみません」
慌ててパトロールの準備をするサギョウを置いて部屋を出た。
「…」
「…」
無言で並んで歩いていく。
「先輩、なんか機嫌悪いですか?…体調悪いとか?」
「イヤ」
サギョウが顔色を伺ってくるが、構わずに歩き続けた。
「…」
「…」
何故だ。なぜオレは機嫌が悪いんだ?
サギョウが同期と仲良くしているのを見ただけじゃないか。昨夜一緒に呑んでいたようだが、遅刻もしていない。
別に機嫌が悪くなる必要はない。なのに、何故?
「あのすみません、ここにはどう行けばいいんでしょう?」
オレが考え込んでいると、旅行者らしき年配の夫婦が尋ねてきた。すかさずサギョウが笑顔で対応する。
「あぁ、そこ行くの迷いますよねぇ。僕も来たばっかりの頃辿り着けませんでしたよ。地図ありますか?いまここにいるんで…」
「…あぁ、わかったよ。ありがとうね」
ニコニコと夫婦が離れていった。
「お気をつけて。…ふふ、仲良く旅行かなぁ。いいですねぇ」
「そうだな」
「先輩もたまに行ってますよね。ロナルドさんとかカメ谷さんとかと。いいなぁ。僕も行きたいなぁ」
「誰と行くんだ?」
「え」
「誰と行くんだ?もしかして2人で行くのか?」
「いや別にそこまで具体的に考えてた訳じゃ…」
思わずサギョウを問い詰めていると、今度は若い女性の二人連れに声をかけられた。
「すみませぇん」
「はい、どうしました?」
さっきのようににこやかに対応するサギョウに見向きもせず、オレに話しかけてきた。
「あのぉ、いいですか?」
「なんだ」
「私たちここのお店に行きたいんですけど案内してもらえませんかぁ?」
オレのすぐ横にぴったりくっ付きスマホの画面を見せて来た。
「ン?…あぁ、この場所ならそこの道を真っ直ぐ行って左側にあるぞ」
「え〜どこですかぁ?」
そう言ってさらにオレにくっついて来た。胸を強調するような体にぴったりした短いワンピースを着ている。肩もはだけていて胸の谷間がくっきりと見えている。重そうだ。そう思っていると俺の腕に絡みついてきて胸を当ててきた。
「やだ〜どこ見てるんですかぁ?」
クスクスと笑われた。別に見ていないが。
「この道を歩いていけば看板が目に入る。すぐに分かる」
腕をするりと抜きながら説明した。
「はぁい。…あのぉ、私達今からそこで飲むつもりなんです。良かったらお兄さんも仕事終わったら来てくださぁい」
ねっとりと見つめられた。
「うふふ。じゃあ待ってますね」
そう囁いて、相変わらずサギョウには見向きもせずさっさと歩いていった。
「ム、あまり遅くならないようにと言うのを忘れたな。…どうしたサギョウ?」
「…いえ」
黙りこくってしまったサギョウを気にしていると、彼女達が去った方角から再び声をかけられた。
「よ〜吸対のニーちゃん達。見てたぜぇ?仕事中に逆ナンされるなんてイケメンは辛いな」
誰だ?見ると、レジ袋をガサガサいわせた野球拳大好きが立っていた。
「吸血鬼野球拳大好きか。逆ナンではなく道を聞かれただけだ。また悪さをしてるんじゃないだろうな」
さり気なくサギョウを庇いながら尋ねた。
「してねーって。今日は兄弟仲良く買い物してんだよ。ほら」
後ろにマイクロビキニと下半身透明が居た。
「よーサギョウ!」
「あ、透くん。久しぶり!」
サギョウが友人でもある吸血鬼下半身透明のほうに歩いていく。マイクロビキニは1人で居心地悪そうにしていたが、それをサギョウが察して会話に加え、3人で話し始めた。
「相変わらずスタイルいいなぁ」
「当たり前だ。マイクロビキニに恥じぬようきちんとトレーニングしてるからな!貴様は…まぁ、もう少し筋肉が付けば」
「つけたいけど付かないんだよ」
マイクロビキニがサギョウを触ろうとした。思わず手が出そうになったが、サギョウがするりと避けた。…良かった。
…よかった?
何が良かったんだ?別に筋肉のチェックくらい良いじゃないか。それにサギョウは触られなかったんだから。いや触られても別にオレが嫌がる必要はない。
何故だ?
首を傾げながらサギョウ達を見つめていると、
「いい子だなぁ」
野球拳が言った。マイクロビキニを気遣った事か?サギョウが優しいのはいつもの事だ。しかしサギョウを褒められて嬉しいような腹立たしいような、不思議な気持ちになった。それが何故かわからず、ついサギョウを見つめてしまう。
「出るとこ出てるし。あ〜いう服は野球拳しがいが…。なぁ〜に熱く見つめてんだよおい。見惚れてんのかぁ?」
野球拳にニヤニヤと言われた。
「…オレが?サギョウに?…何故だ。そんな訳ないだろう」
オレが言った途端、サギョウがピタリと止まった。聞こえたのか?
「はぁ?そっちじゃ…、あ、へ〜ぇ?」
ニヤニヤする野球拳に何故かイライラして
「何が言いたいんだ?」
「いんやぁ〜?若いっていいねぇ」
「何がだ!?」
そう怒鳴ると、間にサギョウが入ってきた。そして野球拳と向かい合わせになり宥めはじめた。
「まぁまぁ2人とも。野球拳もあんまり先輩を揶揄わないで下さいよ」
「いやだってこの兄ちゃんさぁ?…、あ〜。まぁ、そうだな。…悪かったな兄ちゃん」
なおも揶揄いそうな声色だったが、サギョウの顔を見た途端にそのニヤニヤを止めた。
「俺達今度の夏祭りで出店やるんだよ。良かったら来いよ。サービスしてやるぜ」
さっきとは打って変わった優しげな声でサギョウに言い、頭をわしゃわしゃと撫でた。
その事にも感情がざわ、となってしまう。
「じゃーな」
そう言い残し野球拳たちが去り、オレとサギョウはその場に残された。
「…」
野球拳がいなくなった事にホッとしていると、サギョウが俯いていた。
「…サギョウ?大丈夫か?」
「はい。パトロール再開しましょう」
小さな声でサギョウが呟き、歩き出した。
その時、ぐす、と鼻を啜る音がしたような気がした。
それからまた何日かして、署内を歩いていると休憩スペースでサギョウがあの同期と話をしていた。
「…」
なぜか物陰に隠れて様子を伺ってしまう。
「じゃあこの資料よろしく」
「おーまかせとけ」
返事をしながら、同期のヤツがサギョウの頭をわしわしと撫でていた。
「だーからすぐ人の頭撫でるのやめろって」
「んーなんかお前の頭って撫でたくなるんだよなぁ。緑色だし」
「色は関係ないだろ?まぁ確かに色んな人に頭撫でられるけどさぁ」
「だろー?半田さんにも撫でられてんだろ」
ニヤニヤ笑いながら言っている。
「先輩には撫でられたことないよ」
「え、そうなのか?」
「うん。先輩僕に興味ないし」
「…そうかぁ?」
「そうだよ。この話はこれでおしま…」
「じゃあ俺が代わりに撫でてやる!」
サギョウの同期が、サギョウの頭を抱き抱えるようにわしゃわしゃと撫で始めた。
「…ッ!」
それを見て、無意識に拳を握った。
「っおい!やめろって言ってるだろ!」
「まーいいじゃねーか!よーしよしよし!」
「犬じゃないんだから。全くもう…」
サギョウは拒絶の言葉を吐きながらも、諦めたのか大人しく撫でられている。
「元気出たか?」
「え?」
「最近なんかずっと元気なかったろ。俺のなでなでテクニックで少しは元気になったか?」
「もしかして慰めてるつもりだった?」
「ああ」
「へったくそな慰め方だなぁ。…でも少し元気出たよ。ありがと」
そう言って笑っている。
笑っているサギョウを見て、同期の奴もニコニコしていた。
「…」
その場をそっと離れ、自席に戻った。
しばらくすると、サギョウが席に戻って来た。
「サギョウ」
「はい?」
「ちょっといいか」
そう言って向かい合う。
「なんですか?」
サギョウがオレを見上げた。
少しとろんとした、大きい瞳だ。
緊張しているのか、目が潤んでいる。
少しだけ顔が赤くなっている。
…。
すっと手を伸ばし、サギョウの鮮やかな色の髪の毛を、そっと撫でようとした。
一筋の髪に触れた時、サギョウが、ぴく、と反応した。
少しだけ、震えている。
その仕草が、たまらなく、
ーー。
「…髪が伸びているな。服装の乱れは心の乱れだぞ」
「…っあ、す、すみません。気をつけます」
サギョウの返事を聞き、その場を離れた。
歩きながら、拳を握りしめながら考えた。
なぜオレは、サギョウの髪を触ろうとしたんだ?
なぜ、あの同期のヤツがサギョウの頭を撫でる度に腑が煮え繰り返りそうな程に腹が立ったんだ?
なぜ、サギョウに触れたいと思ったんだ?
なぜだ…?
理由が分からないまま日々が過ぎ、気が付いたら夏祭りの日になっていた。
オレの心のモヤモヤは一向に解消されなかった。だがそれよりも、夏祭りのポスターを見てサギョウが思い詰めたような顔をするのが気になっていた。しかし問いただしても
「別になんでもありません」
とすげなく返された。
「そうか?しかし…」
「あ、隊長。ちょっといいですか?」
「おうサギョウ、どうしたんじゃ?」
オレに背を向けて、隊長と話し始めた。
…なんだ。
なぜ、心がザワザワするんだろう。
ただ、2人で話しているだけなのに。
仕事をしなければ。
そう無理やり頭を切り替えて、書類を書きはじめた。
「…」
あの時、髪に触れようとしたら、サギョウがぴく、と反応して震えた。
その仕草が頭から離れない。
ふるふる震えて、顔を赤くして、目が潤んでいて。
本当は、髪よりも、サギョウに触れたくて…。
「ーッ!」
書きかけの書類をグシャっと握りしめた。
オレは一体どうしたんだ?こんなにサギョウのことが気になるなんて。
頭の中でぐるぐる考えていると隊長の声がした。
「え!?本気かの!?」
「はい。すみません急にこんなこと」
「…いやでも、おみゃー…」
隊長の腕がサギョウに伸びた。
隊長が、サギョウに、触れようと…。
「ッサギョウ!!」
「っはい!」
オレの怒鳴り声を聞き、サギョウが弾かれたように返事をした。
「どうした半田?何かあったか?」
隊長も怪訝そうに聞いてきた。
「…イエ。…パトロールに行こうかと」
「あ、わかりました」
そう言ってサギョウが後に続いた。
「今日は祭りのパトロールがあるから早めに帰ってくるんじゃぞ。…サギョウ、さっきの話はまた後でな」
「ハイ」
「…わかりました。行ってきます」
「…」
「…」
2人とも黙って歩いていく。
いつもならサギョウが気を遣って俺に声をかけてくれるが、今日はサギョウも俯いて静かに歩いている。
「…サギョ」
「サギョウさん!」
サギョウに声をかけようとした瞬間、別の声がした。
振り向くと、2本の角が特徴的な高等吸血鬼が立っていた。
「ドラルクさん、こんばんは!ジョンくんも!」
「ヌンヌンヌ!」
「いよいよ今日だね!」
ニコニコとサギョウに話しかけている。サギョウも笑顔だったが、その言葉を聞いた途端俯いた。
「…あの、あれ、やっぱり、」
「んふふ!楽しみだね!じゃあ!半田君もバイバーイ!」
そう言って足取りも軽く去っていった。
「…さよなら」
「ドラルクと何か約束しているのか」
「…はい、でも、断ろうと…」
「一度した約束を反故にするな。決めた事はやり遂げねば」
「…。…わかり、ました」
サギョウがぼそりと呟いた。
「そろそろ戻るか」
「はい」
署に戻ると
「おー戻ったか。それじゃ一旦解散じゃ。皆私服に着替えて現地集合としよう。それじゃまた後での」
という隊長の言葉で皆いったん帰宅する事になった。
オレも自宅に帰り、ラフな私服に着替えた。
「…ふぅ」
まだ集合まで時間はある。ぼふんとベッドに寝転び、ぼんやりと考えた。
どうしても、頭の中からサギョウが出ていかない。
目を閉じると、またサギョウが浮かんでくる。ツヤツヤした緑色の髪をしていて、ニコニコしていて、優しくて、大きな瞳でオレを見つめてきて、…可愛くて。
「…ハァ?」
今可愛いと考えたか?そんな訳ないだろう。なぜならアイツはただの後輩で、いつもオレの隣にいて、一緒にいるとドキドキして、目が離せなくて。
「何を言っている!」
立ち上がって部屋の中をウロウロする。
「そうじゃなくてサギョウは!」
真面目で、仕事熱心で、オレのサポートをしてくれて、見ていると少し顔を赤くしてこちらを見つめてきて、
触れたくて、
「〜〜〜〜!!!!」
堪らずロナルドの写真を貼り付けたパンチングマシンを殴りつけた。
ドカッ!ドカッ!!
「ッハァ、ハァ」
ドスドスとひとしきり殴りつけたが、胸のモヤモヤはなくならなかった。
オレは一体どうしたんだ?
「…こういう時はロナルドに嫌がらせするに限る!」
嫌がらせをしてから現場に向かえば丁度いいだろう。
新作のセロリトラップを持ち、ロナルドの事務所に向かった。
「ロナルドォ!居るか!?」
事務所には本日休業の札が下がっていた。構わずにリビングへのドアを開けるとロナルドがいた。
「半田!?あれ、今日は祭りのパトロールじゃねーのか?」
呑気にリビングで着替えをしていた。
「フン!相変わらず変なTシャツを着ているな!」
「お前に言われたくねーよ!…っあ!お前!なんで、」
何故か慌てている。その視線が奥の予備室に向かっていた。
「ム!?また何か隠しているのか!?もしやまたお母さんからのプレゼントか!?」
「ちげーって!おい!そっちに行くんじゃねー!」
制止するロナルドに構わず予備室に向かった。
「家探しだ!いかがわしいものが無いか確認し…」
ガチャっとドアを開けると、ふわり、とボディソープの香りがした。
そして、
「あ、ロナルドさん、シャワー借り…え、なんで先輩がここに」
サギョウがいた。
風呂上がりなのか髪がしっとりしている。
バスタオルを握りしめて、少しだけ震えている。
着ているものと言えば、下着だけだ。
こんな格好で、なぜ、ロナルドの家に…?
「いやちげーよ?半田、これは…」
背後に立ったロナルドが何か言っている。
「ーーーーッッッ!!!」
ーーーーーバキッッ!!!!
振り向きざまに、ロナルドを力一杯殴りつけた。
「先輩!?」
「…つぅ…っ!」
「何してるんですか先輩!」
サギョウがロナルドに駆け寄った。
「大丈夫ですかロナルドさ…」
「見損なったぞサギョウ」
「え…」
「勤務時間外とはいえ、仕事前にこんな所でこんな事をしているなんてな」
「…ちが」
「せめて仕事はきちんとしろ。いいな」
「おい!半田!これは」
ロナルドが何か言っているが無視した。そして俯いて動かなくなったサギョウを見ずにドアへと向かった。
「ただいま!いやードラちゃんウッカリ!忘れ物するなんて…ってあれ?半田君?」
帰ってきたドラルクとすれ違ったが、構わずに事務所を出た。
「…」
頭がガンガンするが、足を止めず歩き続けた。
サギョウは、ロナルドと付き合っていたのか。
全然気付かなかった。いつからだろう?そもそもサギョウはここの出身じゃない。オレがロナルドと引き合わせたんだ。嫌がらせに付き合わせるうちに、お互い惹かれあったのか。
オレが気が付かないうちに、アイツは、ロナルドのものになっていたのか。
あの髪も、笑顔も、瞳も、体も。
ロナルドのものなのか。
ギリ、と歯を噛み締めた。
「よーし皆揃ったなー?」
しばらくして、お祭り会場の集合場所に皆が揃った。
男性陣はジーパンやTシャツを着ていたが、お祭りという事もあり隊長と副隊長、ルリは浴衣を着ていた。
それに、サギョウも。
濃い青色の浴衣を着て、黒い帯には金色のラインが入っている。サギョウの優しげな雰囲気とは少しイメージが違う、大人びたデザインだ。
だが良く似合っている。
ロナルドが選んだのだろうか。
あの時、ロナルドと、…。
「…」
拳を握り、目を逸らした。
「おーサギョウも浴衣か!似合っとるぞ!」
「…ありがとうございます。隊長も浴衣似合ってますよ」
「ふふんそうじゃろ?女の子たちにアピールする絶好の機会じゃからな!」
隊長が得意気だ。
「さーて行くぞ!」
隊長の声と共に、パトロールを開始した。
「さぁさぁいらっしゃい!美味しい焼きそばだよ!」
「お姉ちゃん金魚すくいどうだい?」
「お父さん僕たこ焼き食べたーい」
「ねぇねぇ綿菓子食べよー」
カラフルな屋台や電球で賑わう夜道を歩いていく。皆それぞれ笑顔で楽しそうだ。
「さあいらっしゃい!…おや、貴方がたは吸対の」
「ム、ギルドのマスターか」
人だかりの出来ている出店を見ていると声をかけられた。ギルドマスターが飲み物の屋台を開いているのか。中々賑わっているな。…ん?皆飲み物よりも別な物を見ている?不思議に思い覗いてみると、隣にはシンヨコのハンター達のブロマイドが並んでいた。
皆コレを見て盛り上がっているのか。なるほど。よく見ると写真の上に金額が貼ってある。売り物なのか?商魂逞しいな。
「よろしければ飲み物いかがですか?」
「ム、いただこう。サギョウ、オマエは何が…」
「僕は結構です」
「え、でも」
「ごめんなさい、いりません」
サギョウが拳を握っている。
「そうですか。わかりました」
マスターがにこやかに言った。
「…ではマスター、失礼する。何かあったら教えてくれ」
「はい。パトロール頑張ってくださいね」
店を出て歩くサギョウに話しかけた。
「サギョウ、どうしたんだ?」
「…別になんでもないです。仕事中ですし」
「それはそうだが、しかし」
いつもならサギョウは人の厚意を無碍にするような事はしないのに。どうしたんだろう?
オレの疑問に気付かず、サギョウは
「パトロールの続きします」
そう呟いて歩いて行った。
…早く仕事を終わらせて、ロナルドの元に行きたいのか?
「…」
ギリ、と歯を噛み締め、再び無言で歩き始めた。
「よー兄ちゃん!」
「おーいサギョウ!」
声をかけられ、振り向くと野球拳と透が出店の中にいた。そういえば店を出すと言っていたな。
「ここはなんの店だ?」
念の為にサギョウをさり気なく庇いながら聞いた。
「そりゃもちろん野球拳チョコバナナだよ!俺と野球拳して勝ったら一本あげちゃうよ!」
「大丈夫だってちゃんと売ってるから!野球拳はしたい人だけやってるから!」
透が必死に弁明する。
「ほら一本どうぞ!」
目の前に並んでいたチョコバナナを一本無理やり渡された。
「賄賂になってしまうからダメだ。きちんと支払うから」
そう言ってお金を支払った。
「兄ちゃん毎度!」
「ほら、サギョウ、コレをやる…」
サギョウに手渡そうとすると、透とマイクロビキニと話をしていた。
「…」
渡す事ができずに、その場で立ち尽くしてしまう。
「相変わらずいい子だなぁ」
「…ム」
「浴衣も似合ってんじゃねーか。なぁ?」
「…そうだな」
サギョウを見つめる。
青い色の浴衣に、黒い帯の金色が光っている。
その中に、ふんわりと笑うサギョウがいた。
「まーた見惚れやがって。どんだけだよ」
ケラケラと笑われた。
「だから、なんでオレがサギョウに」
「だって兄ちゃん、この前も見惚れてただろ」
「エ」
「俺はあの逆ナンお姉ちゃんたちの事話してたのに、兄ちゃんはあの緑色の兄ちゃんばっかり見てたじゃねーか」
「…」
オレがサギョウばかり見ていた?
そんなつもりはない。
たまたまサギョウがオレの視線の先にいるだけだ。
それだけのはずなんだ。
「サギョウ浴衣決まってんな!」
透がサギョウの浴衣を褒めた。サギョウは褒められたのに、俯いている。
「…そうかな」
「そうだぜ!緑色の兄ちゃんよく似合ってるぜぇ?イメージもわかりやすいぜ」
「…あ、ありがとうございます」
野球拳がニヤニヤ言い、サギョウの頭を撫でようとした。
ーーーー!!
野球拳の腕をがしっと掴み、サギョウの頭から離した。
「…せんぱい?」
「サギョウに触るな」
オレの、サギョウに。
ギリ、と力を入れた。
「いててて!痛ぇよ!」
「ッあ、すまん!大丈夫か!?」
ハッとなり、慌てて手を離した。
オレは何故野球拳の手を掴んだんだ?サギョウを撫でようとしただけなのに。
しかし、何故かサギョウに触れてほしくなかった。
それに、サギョウはオレのものじゃないのに。
「はー。手形ついちまったじゃねーか。彼氏怒らせるとこえぇなぁ」
腕をさすりながらなぁ、とサギョウに話しかけた。
…。
「オレはサギョウの恋人ではない」
「え?そうなのか?」
「そうだ」
そうだ。サギョウには、恋人がいる。
「では。真っ当な営業をするように」
「…?まーいーや。へーへー」
再び歩き出した。
サギョウを、早くロナルドに渡さねば。
それがサギョウが喜ぶ事なのだから。
知らず知らずのうちに俯き、早足で歩いていた。ふと振り返ると、サギョウがいなかった。…!
しまった!どこにいるんだ!?浴衣なんだから早く歩ける筈はないのに、そんな事に構わずさっさと歩いてしまった。すまん…!
慌てて来た道を戻ると、サギョウがぼんやりとリンゴ飴の屋台の前に立って、品物を見ていた。
「サギョウ!良かった。大丈夫か?」
「あ、すみません。ちょっと屋台を見てただけです」
「リンゴ飴が欲しいのか?」
「いえ、イチゴ飴ってあるんだなぁって。僕初めて見ました」
店を見ると、リンゴ飴に混じって串に3つくらいのイチゴを刺し、飴がかかっているものを並べていた。屋台の光を反射してキラキラと光っていて、綺麗だ。
「…おい、一本くれ」
「毎度!」
「ホラ、サギョウ」
「え、いいです」
「いいから」
「良いですって」
「ホラ」
頑なに断ろうとするサギョウに、半ば無理やりイチゴ飴を渡した。
「せっかくだから夏祭りらしいものを食べろ」
「…ありがとうございます…」
サギョウが呟いた。
「食べてみろ」
「…」
サギョウがそっとイチゴ飴をぺろ、と舐めた。
「…甘くて美味しいです」
「そうだろう」
微笑むと、サギョウが困った顔をした。
その顔に見惚れて、思わず頭を撫でた。
すると、サギョウがびっくりした顔をしたが、次の瞬間、ふわ、と笑った。
幸せそうに。
「ーーー!」
可愛い。
そう思うと、もう止められなかった。
オレより少し低いところにある丸い頭も、ゴビーを撫でる優しい手つきも、怒った顔も、笑った顔も、困った顔も、優しい所も、真面目な所も、文句を言いながらもオレに付き合ってくれる所も、オレを見つめてくれる瞳も。全部ぜんぶ。
可愛くて堪らない。
こんなに可愛いのに。こんなに、愛しいのに。
なぜ気付かなかったんだ?
「…あぁ、そうか」
オレは、サギョウの事が好きなんだ。
サギョウを見ていたのも、触られてイライラしたのも、触れたくて堪らなくなったのも、全部、サギョウが好きだったからなんだ。
今頃になって気づいてしまった。
しかし、サギョウはもうロナルドのものだ。サギョウの心はロナルドに向いている。
「…」
そうか、オレは失恋したのか。
なぜもっと早く気付かなかったんだ?
我ながら自分の鈍さに笑ってしまう。
恋心に気付いたと同時に失恋しているなんてな。
「…先輩?」
笑っているオレを心配そうに見て、サギョウが聞いてきた。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないが大丈夫だ」
「…?」
「行くか。パトロールの続きをせねば」
「はい」
サギョウはロナルドのものだが、パトロールが終わるまではオレの隣にいてくれる。
さっきとは違ってゆっくりと、色とりどりの屋台の間を歩き出した。
夜も更けてきて、客もまばらになってきていた。吸対の皆もパトロールを終え、境内に集まった。
「よーしパトロールも終了じゃ。特に問題もなかったようだし、ここで解散するかの」
「あぁ!皆お疲れ様!」
「お疲れ様でした」
「お疲れ様〜」
パトロールが終わり、皆それぞれに去っていった。
「じゃあオレ達も解散しよう。オマエはこの後約束があるんだろ。邪魔はしない」
「え、そんなのないですけど」
「…そうなのか?…あぁ、ロナルドが終わるのを待って一緒に帰るのか?」
ギルドのマスターが、ハンターも警備に当たっていると話をしていた。
「…ロナルドさんと?」
サギョウが首を傾げている。
そんな姿も愛しくて堪らない。思わず微笑んでしまう。
「ロナルドに殴って済まなかったと伝えてくれ。…さて。オレは飲みにでも行くかな」
「え」
ヤケ酒でもしてみよう。なにせ失恋したんだしな。
「じゃあな。あまり遅くならないようにな」
「誰と行くんですか…?」
「ン?別に約束はしていないが」
「もしかしてこの前の女の人とですか?」
「誰の事だ?」
「あの、先輩に道を聞いてきた、胸の大きな」
「…?あぁ、いや別に彼女たちに会うわけでは」
「…やっぱり、あんな人がいいんですよね」
俯いたサギョウがぼそりと呟いた。
「サギョウ?」
「…でも、先輩、決めた事は最後までやりとげろって言ってましたもんね」
「…どうした?」
サギョウがこちらを見た。
涙目で、悲しそうな顔をしている。
なぜ、そんな顔をしているんだ?
何がオマエを悲しませているんだ?
「もしかしてロナルドと喧嘩したのか?待ってろ、すぐに連れてきてや…」
サギョウに背を向けて走り出そうとした。
「先輩の事が好きです」
サギョウの声が聞こえて、ぴた、と止まった。
「…エ」
「ずっと好きでした。カッコよくて、仕事熱心で、お母さんが大好きで、笑顔が可愛い先輩の事が」
振り向くと、サギョウが泣いていた。
ぽろぽろ泣きながら、オレに告白していた。
「せ、先輩が、僕に興味ないのは、分かってました。だから、言うつもり、無かったんです。けど、気持ちが、大きくなりすぎて、黙ってるのが、もう、辛くて」
浴衣をぎゅっと握りしめている。
「今日、仕事が終わったら先輩に告白して、全部終わらせようと思ってたんです」
袖でぐしぐしと顔を拭った。しかし、後からあとから涙が溢れてきている。
サギョウがぺこ、と頭を下げた。
そして、
「急にごめんなさい。でも、…ほんとに、大好きでした」
オレを見て泣きながらふにゃ、と微笑んだ。
「…」
あまりの事に、脳の処理が追いつかない。
サギョウがオレのことを好き?いや、コイツはロナルドと、どういうことなんだ?それに、終わらせるとはどういうことだ?
呆然と立ち尽くしていると、
「聞いてくれてありがとうございました。…気にしなくて大丈夫ですよ。僕消えますから」
「…エ」
「隊長に転属願いを出してます」
「ハ!?」
「振った相手が職場に居たら先輩居心地悪いでしょ?だから、この仕事が終わったら僕移動しますから。…できれば署も変わりたいですけど、無理そうなら接点のない部署に移ります。交通課とか」
「…!」
あの、同期の元に行くのか?オマエの頭を撫でていた、あの男の元へ?
そんな事許せるわけがないだろう。
ぶわ、と怒りが広がった。
「サギョウ」
「急にすみませんでした。じゃあ、僕帰りますね。先輩も気をつけて」
そう言って俯きながら歩き出そうとした。
「まて!」
思わず腕を掴む。
「何ですか?あ、振るための言葉だったらもう分かってますからいりません」
「すまん」
「だから要らないって…」
「オレもオマエを好きなんだがどうしたらいいんだ?」
「…は?」
泣き顔のサギョウが、ゆっくりとオレを見てくれた。
「こういう気持ちになるのは初めてだからどうしたらいいか分からないんだ。だが、オマエがアイツのところに行くのは嫌だ」
「…せんぱ…」
「それにオマエはロナルドと付き合ってるんだと思っていたんだが、違うのか?」
「違いますよ!誰とも付き合ってません!」
サギョウが叫んだ。
「しかし下着姿でロナルドの家に居ただろう」
「あ、あれはドラルクさんに浴衣を着付けてもらうためです!」
「浴衣?」
「そうです!ドラルクさんに夏祭りに先輩とパトロールするって言ったら『せっかくだから浴衣着ていけばいいよ!』って言ってくれて。でも僕浴衣持ってないし、着た事ないからって断ろうとしたら『貸してあげるし着付けもしてあげるからパトロール前にうちにおいで』って言われて」
「なんだ、そうだったのか…。てっきりオマエはロナルドと付き合ってるんだと思っていた」
「違いま…!」
「だから、早くロナルドに渡さねばと思っていた。…オマエをロナルドに渡したらヤケ酒を飲みに行くつもりだったんだ。なにせ失恋したと思ってたしな」
ふふ、と笑う。
「…」
「オマエは、オレといるよりロナルドといる方が幸せなんだろうと思っていたからな」
その途端、サギョウがオレの腕をぎゅっと握って叫んだ。
「違います!」
「…エ」
「確かに変な事に巻き込まれるし、嫌がらせに付き合わされるし、迷惑もたくさんかけられてるけど!」
「それはすま…」
「先輩の隣に居るのが1番幸せなんです!」
「…そうか」
「そうです!」
サギョウが、真っ直ぐにオレを見つめてくれている。
とろんとした、大きな瞳。その視線の先には、オレがいたのか。
それが、堪らなく嬉しい。
「…ありがとう、サギョウ」
サギョウを見つめて微笑んだ。
そんなオレを見て、サギョウがモジモジしだした。
「…あ、あの、先輩」
「なんだ?」
「僕のこと、その、すき、って」
「あぁ。好きだぞ」
ふわりと笑う。
「それって、その、ちゃんと、恋人になりたいっていう、好きなんですか?…後輩としてじゃなくて」
「う〜ん、どうだろうか」
首を傾げると、サギョウがふにゃ、と不安そうな顔をした。
「え…」
「なにせさっき自覚したばかりだからな。しかしオマエに触れたいと思っているぞ」
「…!」
サギョウの顔がぽ、と赤くなった。
その顔が可愛くて、思わず頬を撫でた。
「…せ、せんぱ」
目が潤んでいる。頬が赤くて、可愛くて。
思わずじっと見つめた。
「な、なんですか?」
「ン?…見惚れてたんだ。オマエに」
サギョウが更に赤くなった。
「…好きだぞ、サギョウ」
「…!…ぼ、僕も、好きです。…先輩」
サギョウが囁いて、幸せそうに笑った。
その顔が愛しくて堪らず、唇にキスをした。
イチゴ飴よりも、更に甘い味がした。