当主✕高専♀ 4高専の応接室。
放課後、予定も無いので寮へ帰宅しようとしていたところへ、職員から呼ばれた夏油の目の前には、見知らぬ美しい女性が座っていた。
髪は後ろで纏められているが、下ろせばまっすぐに伸びているだろうし、蛍光灯の明かりを受けて輝いていた。
普段から来ているのか、着物も着こなしいている。
五条邸に来る度、着物に着られている自分とは大違いだと、夏油は思った。
相手は、事務員が置いていったお茶に手をつける様子は無い。おそらく警戒しているのだろう。
夏油は気にせず飲んだ。こちら側のホームである。見知った職員だし、何を気にする必要があるか。
夏油が湯呑みを置いたタイミングで、女性はこちらに顔を向けた。
「夏油傑さんですね」
「はい」
「わたくし、五条様と婚約しております、」
…家の…と申しますと女性は名乗った。
見た目に合う、鈴を転がしたような声だった。
「単刀直入にお伺いしますが、五条様とはどういったご関係ですか?」
夏油の脳内にさまざまな疑問が浮かんだ。
婚約者?それは五条家に呼ばれて寝た女性のことか?それとも、将来的に正妻になるような、もっと上の立場の人?
返答にも困る。問題は相手があの噂⸺私と悟が寝たとことを知っているかどうかだ。
否、十中八九知っているだろう。敢えて聞いているんだ。
夏油は考えて、ゆっくりと平静を装って答えた。
「…あなたが認識されてるとおりの関係です。
はっきりと答えた方が良いですか?
何をした関係だとか。」
女性は頬を赤く染めて目をそらした。
そんな彼女に今度は夏油が尋ねた。
「…で、ご用件は?」
女性は夏油に向き直り、頭から、机に隠れたつま先までおおげさな動作で眺めると、
「五条様の好みが限られているのは、有名な話でしょう?」
やはり五条絡みの話であるようだ。女性は続けた。
「それが、珍しく最近、お相手されたのが貴女だというではありませんか。それも何度も…。
下…非術師の出の貴女が。
一体どのような方かと気になり、一度お会いしたいと思ったのですが…。」
そこで彼女はまた夏油をじろじろと眺めた。
小馬鹿にしているような目つきだ。
相手の言いたいことがなんとなく夏油はわかった。
要は「大した家柄じゃないのに、あの五条に気に入られるなんてよっぽど美人か何かかと思って来てみれば…」と言いたいらしい。
というか、「下…」って言いかけたな。何かは知らないが、馬鹿にしてるな。
いや、そんなことより…
「ところで、…五条、さんって、女性を選ぶんですか?」
危うく「悟」と言いかけたが、火に油を注ぎそうな気がしたので、寸でのところで止めた。
「貴女、そんなことも知らなかったんですか?
五条様は好みが…というか、それも特にどんな女性がいいといった話も聞かないので、つまり、気まぐれに選んでいるのですよ。
普段は追い返される女がほとんどです。」
女性は憎々しげに答えた。
夏油自身が、相手にされる数少ない人物であったことを知らないのが、気に食わないようだ。
それにしても、悟は年頃の女でも、全員に、自分にしたようなことをしているわけじゃなかったんだな。
夏油は思った。
はたして、目の前の女性は寝所に呼ばれたのかどうか。
呼ばれたとしたら、相手にされたのかどうか。
何にせよ、婚約者という肩書きは、夏油に無意識に嫌な思いをさせていた。
「ところで、それを言うためだけにわざわざここまで来たんですか。暇なんですね」
夏油が何気なくいうと女性はギッと睨んだ。五条には程遠いが、見目の美しい女性なので迫力があった。
「それだけではありません!
貴女に、忠告をしにきたのですよ。
ご当主様に気に入られるだけでは、正妻になど到底なれません。
お会いして改めて思いました。
貴女には欠けているものが多すぎます。」
「私に至らない点があったとして、あなたは困るんですか」
夏油が口を開くと女性はまた顔が険しくなった。
「つまり、貴女は、五条様の婚約者としては、いえ、妾としても相応しくないのです。
私だけの意見ではありませんよ。
これは五条家の方々やわたくしのような女たちの総意です」
「つまり五条さんの女として相応しくないから、身を引けってことですか」
夏油が尋ねると、ようやく女性の表情は和らぎ、
「わかっていただけましたか」
にっこりと微笑んだ。
夏油はうーん、と考える素振りをしながら額を掻いた。そして、
「いや、私に至らない点があったとしても、選んだのは、五条さんじゃないですか。
こういうのは、直接五条さんに言うべきじゃないですか?趣味の悪い女と遊んでないで下さいとか。
…あなたが、五条さんと、すぐ取り次ぎができるほど親しい間柄であればの話ですが。」
女性は目を丸くすると、また、更に険しい表情になり、夏油を睨みつけた。
しばらく黙っていたが、
「…引かなければ、後悔しますよ」
と、呟くと、一礼して部屋を後にした。
ぴしゃりとドアが閉められて暫くすると、ようやく夏油を一息ついてソファにもたれ掛かった。
そしてお茶を飲みながら考えた。
なんだったんだ結局、今のは。
悟の「お気に入り」と思われてる私に、牽制しに来たってことか。ご苦労な事だ。
…それにしても、悟、女をとっかえひっかえのイメージだったけど、相手を選んでたんだな。
それが良いことか悪いことかわからないけど…。
そもそも勝手に決められた相手だしな。
それにしても、最近はどうなのだろうか…。
今も、悟が別の女性と寝てることを想像すると、なんだか複雑な気分になる。
自分たちは何でもない関係なのに。
夏油はまたお茶を一口飲んで、んーと伸びをし、一人呟いた。
「もう面倒事はこれっきりにしてほしいな。」
そんな夏油のささやかな希望は、この後、三度ほど打ち砕かれることとなった。