当主✕高専♀ 5夏油は、五条に向けて、右ストレートを繰り出した。
…かと思いきや、其処に五条の姿は既にいなかった。
「あ。」
夏油が気づいたときには、視界が宙を舞い、背中から地面に叩きつけられた。
勿論痛みはあるが、五条はこれでも手加減をしている方だろう。
「はい一本〜」
「…もう一回」
夏油は起き上がりながら言った。
「ちょっと待て。喉乾いた」
五条は夏油を制して、夏油といた庭の中心から縁側へ移動した。そして置いてある水差しから水を湯呑みに入れた。飲む直前に水面をじっと眺めてから飲んだ。以前、夏油がそれは何かと尋ねたら、昔からの癖らしい。毒を盛られたりしてないかなど、警戒してのことのようだ。一般家庭で育った夏油からすれば、全く厄介な人生だと思った。
またも呼ばれた夏油は、五条邸にて、五条に件の体術の稽古をつけてもらっていた。
あれからも特に二人の関係性は変わりなかった。夏油は次に五条と会ったとき、平静を装わなければ、と内心意気込んでいたが、当の五条はいつもと変わらず、あれは本当に「事故」みたいなものだったんだと思わせられたのだった。
「…で、今日もまた何か説教あるのか?」
「説教?別に無いけど…。
というか、いつもしてると思ってるのか?」
「実際そうだろ。女に優しくしろーとか、部下に優しくしろーとか。」
「それは、まぁ、言ってないことはないが…説教か…。うーん。君があまりにもコミュニケーションに関して問題点がありすぎるからつい…。」
「ナチュラルに煽ってんじゃねーよ。
じゃ、今日は俺に言いたいこと無いわけ?」
「あ、待ってくれ。今日は苦情というか…そういうのがあるんだ。
君の婚約者が私に直接文句を言いに来るんだ。この前で4度目だよ」
「婚約者?決まった相手はいねーぞ。そいつらが勝手に名乗ってるだけだろ」
「そんな気はしてたけど…。」
安心してしまう自分に、夏油は嫌気がさした。
「で、そいつらの名前は?」
「…もう忘れたよ」
五条の顔が険しいことに嫌な予感がした夏油は自然と嘘をついた。
別に危害加えられたわけじゃないから、そんな怒らなくてもいいのに、と夏油は思った。4人とも明らかに自分を下に見ており、気に食わなかったが。
それでも尚、物騒な雰囲気の五条に、夏油は慌てて話題を変えた。1人目の自称婚約者が言っていたことを思い出し、
「悟は、どんな結婚相手がいいんだい?」
しかし口にした直後でこれは失言だなと思った。
「いいって、家が決めるんだろ?
俺の意思関係無くねぇ?」
概ね予想どおりの答えが帰ってきた。
「でも、候補が何人かいるだろ。その中では選べるんじゃないのか?」
「そこも俺の選択関係無えぞ。その中から子を産んだ奴がそうなるだけだ。何人かいたとしたら、家柄が一番良い奴だろうな」
夏油は呆気にとられ、まるで大奥だと思った。
それにしても、五条に正室と血を分けた子はいないことが、夏油の中で確定した。
年齢と家柄を考えると、いてもおかしくないが、と首をかしげる反面、安心してしまうことだった。
「変なことを聞いてごめん」
今度は五条が一瞬考え、ハハハと笑った。
「オマエってこういう時謝るからおもしれーよな。」
「だって、」
「つーかそんなことより、前から俺の結婚のこと気にしてくるよな。なんで?」
夏油は考え、正直な気持ちを答えた。
「そりゃあ…悟には幸せになってほしいから。」
「なんだそれ?それオマエに関係無いじゃん」
悪気なく五条は尋ね返した。
「君のこと、放っておけないんだよ。
友だちみたいなものだから、大事に思ってるし。
大切な人の将来は気にするものだよ」
五条は目を丸くし、
「…そんなもんか?」
「そんなものだよ」
夏油がそう返すと、五条は遠くを見つめ、何か考えているようだった。
すると突然、
「わっ!何するんだっ」
夏油の頭をくしゃりと撫で回した。
「知らねーよ。なんとなく。」
「何が知らねーだ。自分のことだろ!
というか、君、口調直した方がいいんじゃないか?
女性に急に触るのも…」
「出たっ!また説教!」
五条は大口を開けて楽しそうに笑った。
夏油は「話を聞け!」と頭上の手をどかしながら、しかし、つられて笑ってしまった。
しばらく笑ったあと、五条はふと考えて言った。
「それにしても、オマエ、俺のことで、思ったより悪目立ちしてきてるな。
色々と気をつけろよ。
オマエんとこに来た女どもみたいなのが、これからも寄ってくるかもしれねぇ。」