バニーの日「なぁ、これまだ持ってるか」
「どれ?」
ん、と目の前に突きつけられたスマホの画面を見ると、そこにはうさ耳のカチューシャを付けてピースをしている私の写真が映っていた。これは確か、半年前の飲み会で付けさせられたやつだ。
「なんで尾形がこれ持ってんの」
「ハハ、なんでだろうな」
はぐらかされたが、どうせ盗撮だ。写真の私はピースしているけどカメラ目線じゃないし。
「このカチューシャがどうかした?」
「今日は8月2日だ」
「そうだね」
「つまり、バニーの日だ」
「なるほど」
つまり私がこれを付けた姿を見たいのか。こういう語呂合わせの日に乗っかるのは別に嫌いじゃない。バニーガールの格好をしてくれと言われたら拒否するが、カチューシャぐらいならしてもいいだろう。確かクローゼットの何処かに仕舞ったはずだ。
「あったあった、これだ...って何持ってんの」
「メイド服だが」
尾形はどこに隠し持っていたのか、メイド服を手にしていた。
「...着なきゃダメ?」
「着てくれたら今度良いワインを持ってきてやる」
「着ます」
我ながらちょろいな、と思った。
長めのスカートに、大きなフリルのエプロンで、大人っぽいクラシックなメイド服だ。服は可愛いが、果たして似合ってるだろうか。カチューシャをして、メイクを少し直してから部屋を出た。
「どう?」
尾形は私の頭からつま先までじーっと見たあと、片手で頭を抱えた。
「ハァァ......」
「え、何...?」
「どうして一眼レフを持ってこなかったんだ...。俺としたことが、クソッ」
高画質で残して欲しくないので、忘れてくれて良かったと心の底から思った。ちなみに写真を撮られることに関しては既に諦めている。
「で、どうなの?期待通り?」
「ああ、最高に可愛い」
カシャッとスマホからシャッター音が鳴った。
せっかく着たのにすぐ脱いでしまうのはなんだかもったいないので、このまま夕飯を作ることにした。しかし如何せんうさ耳が邪魔だ。うつむくとズル、と落ちてくる。
「尾形、出来るまでこれ付けてて」
私に引っ付いてずっと撮ってくる尾形の頭にカチューシャを付けてやる。オールバックにうさ耳が生えた。案外似合っている。
「...俺が付けても仕方ないだろ」
「えー、似合ってるよ?可愛い可愛い」
適当に褒めそやすと満更でもなさそうな顔をしていた。
尾形はずっとうさ耳を付けている。お皿洗いをするうさ耳男の姿はシュールで面白かったのでこっそり写真に収めた。今はテレビを見ながらアイスを食べている。
「頭の、取らないの?」
「やりたいことがある」
私が聞いてくるのを待っていたようだ。尾形は私の手を取り、自分の頬に当てた。
「...うさぎの愛情表現らしいぜ」
「へぇ」
頬をさらりと撫でてやると、もっとと言わんばかりに擦り付けてきた。目を閉じて私の手を堪能している。やめようとするとパチッと目が開いて寂しそうにする。何だかずるい。
「...バニーの日、満足した?」
「ん。アンタのことがもっと好きになった」
「そりゃどーも」