六年で半分くらいになってた 魔界における青リンゴは正真正銘真っ青である。伊吹は段ボールに整然と並ぶそれの中からずっしりとして瑞々しいのを吟味していた。
ルークから貰った青リンゴのコンポートのレシピを見ながらテキトーに選んだのを籠に入れていく。結局彼女に美味しいリンゴの見分けは正確にはつかなかったので、常人より遥かに優れた勘に頼ることにした。籠は大量のリンゴに耐えるようにギシ、と軋んだ。
伊吹にとってのコンポートとは、学校給食における花形であった。メインを一通り食べ終えてあり着く時には程よく柔らかくなっていて、甘さと内側の解凍しきっていない固さが絶品。だのに物価の高騰故か、年々小さくなっていくあの切なさを胸に抱えながら彼女は大人になっていった。
ルークから器いっぱいに詰まった真っ青なコンポートの写真が送られてきた時、彼女の心を懐古と蘇った童心が満たした。夢のようであった。見た目は何やら記憶のそれとは乖離しているが、それは間違いなくリンゴのコンポートだった。彼女はルークにレシピを送ってくれるよう頼み、返信が来たその日のうちにグローサリーストアへ足を向けたのである。彼女の行動力は魔界でも有名な話であった。
「うわ、中まで真っ青なんだ」
断面は人間界の夏空を思わせる青である。彼女の世界の常識においては食欲減退色らしいものの、魔界生活も板についてきた逞しい人間代表にとっては些事である。小さく切り分けた端からシャクシャクとつまみ食いした。味は人間界のものとさして変わらない。甘酸っぱい風味が口の中を満たし、食感も瑞々しい。思わず口角が上がった。
もう一つ摘んでもいいものか、否ここで止めておくべきか。彼女の中の天使と悪魔が睨み合いを始める頃、キッチンの入り口から声がかかる。振り返ればトレーニングがひと段落したらしいベルゼブブが立っている。目敏くリンゴの香りに釣られたようである。
「リンゴか?」
「青リンゴ。ルークがコンポートの作り方教えてくれたんだ!」
伊吹は顔を上げてベルゼブブの方を見た。彼女のそばまで近づいた彼は一瞬目を瞠り、それから笑いをこぼす。
「ふ、おまえつまみ食いしたのか?」
「え! なんで分かったの!?」
ベルゼブブは驚く伊吹の手元からひょいと青い塊を一つ摘んで口に放り込んだ。数度咀嚼し嚥下した後、口を開けて見せる。
「あ!」
口腔内はリンゴの青をそのまま写したように真っ青であった。伊吹はそのままハッとして自分の口を手で覆った。恐らく自分の口も彼のと同じ状態なのであろう。
「このリンゴ、そのまま食べると口の中が青くなるんだ」
「そんなかき氷みたいな生態なの?」
伊吹はルークのレシピをもう一度見た。レシピには小さな文字で熱を通してから食べるように書いてある。彼女の頭の中で小さな天使はぷりぷりとご機嫌斜めである。
リンゴを摘みながらベルゼブブもレシピを覗き込んだ。一つ目のリンゴはもう無くなりそうだったし、彼の口の中はすっかり青くなっている。
「コンポートにするのか」
「うん! コンポート大好きだったんだ。給食でたまに出てね、でも毎年なぜか小さくなっていくの」
「そんな・・・・・・残酷な話だな」
「でしょ。ベールなら分かってくれると思ったよ!」
ベルゼブブは我が事のように悲しそうな顔をした。伊吹はうんうんと頷きつつ彼に最後の一切れを食べさせた。こうなることを見越して多めに買っておいたのだ。彼女はこの館での暮らしにすっかり馴染んでいた。
「それ食べたら手伝って。私の夢の実現を」
「それ全部コンポートにするのか? 食べ応えがありそうだ」
「へへ。うん。今日はコンポートパーティだね」
それから程なくして、ルークのD.D.Dに一枚の写真と涎を垂らしたスタンプが送られてきた。天使の彼はその写真を見て破顔した。テーブルいっぱいの青と大騒ぎの悪魔達、そしてベルゼブブと共に唇まで青くしながら何より満足そうな伊吹の笑顔、レシピ製作者にはこの上無い幸福であった。