肺に溜め込んだ音を全て開放し、空になったそこに勢いよく新鮮な空気を送り込む。大きく胸を上下させながらも次のソロの行方を知るべく耳と視線が音を追う。
大が積み上げたメロディが雪祈の大きな両手で美しく掬われたと思ったら全て飲み込むように強く音を作り変えられる。速く、強く、ピアノが壊れてしまうのではと思う程に。
ピアノ相手にしか見せない雪祈の表情に大は唾を飲む。熱くて激しい視線、その瞳は美しくカッティングされたタンザナイトのように紫色に輝いていた。
「んー…ふっつーに茶色いべ」
TAKE TWOのカウンターに座りぬるくなった水を飲む雪祈の顔を間近で観察し、顎を擦りながら大は太い眉を寄せた。
信頼している友人とはいえ同性の男に許して良い距離感ではなく、雪祈もまた眉を寄せて大を見ていた。
「おい大、いい加減離れろ。俺穴空いちゃいます」
いつまで経っても視線を外そうとしない大の顔の前でシッシッと手を振り距離を作る。
「や、なんかたまーに雪祈の目が紫色に見える事あって。でも今見てもやっぱ茶色だから不思議で…」
「ハァ?紫なワケないだろ。純日本人だっつーの」
突拍子もない言葉に大袈裟に声を上げ、それに…と続ける。
「そういう大こそ、白目が青いだろ」
長い指をピッと大の瞳に向けて指すと、今度は大が大袈裟にええ!と声をあげる。
「白目が青いのは…さすがにねぇだろー…」
「俺の目が紫なのもねーよ。つか大のは遺伝だから。しょうもねー事言ってないで練習始めるぞ」
雪祈がカウンターから立ち上がり、ピアノへ向かう。大の横を通り過ぎるその瞳は確かに深い茶色であったが大は腑に落ちないといったように頬を膨らませる。
タンザニアの夜を写した瞳に恋をしたかのように大の視線は雪祈に熱く注がれる事になった。