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    ボッキディウム

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    ボッキディウム

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    甘い夢を夜、薄暗い部屋を彩るBGMは大抵スポーツ番組だった。エキサイティングな試合をつまみに冷えた瓶ビールを渇いた体に流し込むと内臓が息を吹き返すように潤っていく。
     試合終了を知らせるホイッスルが鳴り選手たちの明暗が分かれると1日も終わり自身もベッドへ向かう。

    「クリス、おつまみ作ったよ」

    以前までは。


    「あ、負けたんだ」
    「うん、残念…て、それDが作ったの?」
    「そう。オバツダってやつ。ネット記事の見様見真似だから味合ってるかわかんないけど」
    数日前にクリスは近所のバーで声をかけた青年を家に招き入れた。警戒されて当然のシチュエーションの中、青年がそんなそぶりを見せていたのはほんの数時間で、艶やかな黒髪のJapanerはこの通りすぐに人懐っこい笑顔を見せるようになった。

     青年、Dがゆっくりとソファーに座るとその重みでクリスが僅かに沈み込む。3人掛けソファーとは言え男が2人座ると少しだけ狭いが、ミュンヘンの厳しい寒さにDの体温がじわりと伝わるようでクリスにとっては心地よいものだった。
     テーブルに置かれたオバツダからはチーズとオニオンの香りがふわりと漂い鼻腔をくすぐる。その香りに勘違いを起こした脳が空腹を訴えかけてきた。
     飲み切って空になったビール瓶がDの大きなタコのある手でテーブルの隅に避けられて、よく冷えた新しい瓶が目の前に置かれた。
    「もう寝る?」
    ここまで完璧に飲み直しの外堀をかためられて誰がNeinと言えようか。
     クリスがDの顔を伺うと案の定Dはいたずらめいた少年のような顔で笑っていたので肩をすくめて「まさか」と伝える。
     テレビは試合後のヒーローインタビューからバラエティ番組に切り替わっていた。


     こうやって良い香りと愛嬌のある笑顔でビールを勧めてきた癖にDは1時間もしない内に日本語で何か呟いてからソファーに深く身を任せ、短い睫毛が生えそろう瞼を閉じていた。
    「健気に尽くしてくれる割には身勝手だね君は…」
    オレの話つまらなかったかなと、まだ冷えているビール瓶を片手にクリスは眼鏡の奥の目を濁らせる。
     すっかり寝入ってしまったDに視線を向けると、厚手のハイネックに隠れている薄い胸が規則正しく上下している。サックスを吹く唇が薄く開いていて、丸い鼻からはやや小柄な体格に見合わない大きな寝息。
     厚めの瞼がJapanerの特徴だと思っていたが、Dのブラックダイヤモンドの瞳は厚い瞼の印象を残さない程に強く輝いていた。
     こうして閉じられた瞼を見るとやはり厚みを感じるが。

     朝早くに出かけた様子だから疲れていたのだろうと、起きる様子のない姿に諦めてビール瓶をテーブルに置く。
    「D、ちゃんと横にならないと…」
    クリスが声をかけ肩を叩いても太い眉がしかめられるだけで少しでも目を開く気配はない。快活な昼と意外と寝汚い夜のギャップにクリスは思わず目を細める。
     カットが切り替わる度に変わるテレビ画面の光があどけないDの寝顔を何色にも照らしていてまるでステージライトのようだと思った。


    「ねぇ、起きないとキスするよ」

    深夜のバラエティ番組の笑い声が響いて、クリスの柔らかく低い声がやけに目立った。
     何度か声をかけたのに起きないDへの意地悪のつもりで言った言葉だったが、薄く開く唇に目が奪われる。
     子どものようにも見える左頬に手を添えるとDの顔はその掌にすっぽりと収まった。もう片方の手は眼鏡を外す。
     髭と同じ色をした睫毛を閉じて顔を近づけてみるが、Dは変わらず薄く唇を開けて深い呼吸を続けている。
     ゆっくりと静かに距離が縮まりDのあまい体臭がオバツダの香りと共に鼻に届く。
     クリスの唇はその頬に触れる事なくチュ、と耳元でかわいらしいキスの音を鳴らした。

    「Träume süß」

    Dの身体をゆっくりとソファーに横たえると、その途中さすがに薄く瞼が開かれたが黒い睫毛の隙間からクリスの姿を捉えた瞬間すぐにまた閉じられてしまう。
     まるで兄弟といる時のような無防備な様子に眉を下げて肩をすくめた。

    「はは…君のその信用に応えるようにするよ」

    テレビを消し、深夜の静寂を迎える。
     ソファにかけてあった厚手の毛布を無垢な体にかけて、リビングを後にした。

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