Love Bite この女には被虐癖がある。
そう思うと漏れ出そうになる溜息を殺すように、千鶴はその胸元に吸い付いて、ぢゅう、と強く音を立てた。呼応するように上の方で
「ぅ……」
と堪えるような声がしたので一瞬気が引けたが、ここでやめるわけにもいかなかった。そうした暁には、陰湿になじられることをわかっていた。
「ふふ……」
頭の上で、朋花が薄く笑った。口を離して
「なに笑ってるんですの」
と目を合わせれば、朋花はくすくすと目を細めていた。
「いえ……千鶴さんが今日はあんまり素直だなぁと思ったら、嬉しくなりまして」
素直なわけじゃない。諦念に近い感情だ。千鶴はこの女には逆らえない……支配されているからだ、勿論良い意味で……。
「朋花に反抗するだけ無駄ですもの」
「よくわかってるじゃないですか」
満足そうに朋花はにこにこしている。胸元に赤黒い痕をいくつも滲ませているこの少女は……紛れもなく少女なのだ……アイドルであるということも今は忘れているに違いない。千鶴もそうだった。朋花の柔肌に唇を重ねている時は、ただの従僕に成り下がってしまっている。
朋花は、今つけられたばかりの痕を指で触る時、愛おしそうな顔をする。まるで自分の子を抱くように、万人に慈愛を向けるように、すきなひとを見つめるように。千鶴は少しだけ、ほんとうに少しだけそのことに妬いた。自分がつけた痕に自分で妬くなんておかしな話だと思った。
「英語ではラブバイトって言うみたいですよ」
「なんの話ですの?」
「これ」
朋花がハートマークを描くように痕の輪郭を……言うところのラブバイトを……撫でる。
「愛があるんですよ、この行為には。千鶴さんが私の肌に甘い痣をつくることは、愛なんです」
暴論のような気がしたが、あえて言わなかった。朋花が満足ならそれで千鶴は良かったし、この行為がよそにさえ漏れなければ、なんでも構わない気がした……成人を迎えている女が半裸の未成年少女と戯れているなんて世間的に知れてはならないことなので……。
「この痕があると、私は千鶴さんのものなんだなって、強く思えるんです」
「あなたはわたくしの所有物ではなくてよ」
千鶴はあくまで朋花と対等なつもりでいるし……否、どちらかというと朋花に主導権があると思っている。被虐欲を持つ者が誰かと対峙する場合、リードする権利を持つのはほんとうは被虐欲を持つ方である……なぜなら望む快楽を被虐癖のある方に与えてやらねばならないから……。
「わくわくしませんか?」
朋花の言葉の意がわかりかねて、千鶴は怪訝な顔をした。
「万人に慈愛を向ける私が、実は一個人の所有物であり、その証を自らの身体に望んでいる……という、その事実に」
「……ぞっとしますわ」
「ふふ、千鶴さんはかわいいですね」
朋花は言いながら下着をまとい始めたので、今日はもう満足なのだろう。千鶴は朋花のブラウスをハンガーから取ってきてやった。朋花が抱いているのは凄まじい欲求でありながらも、それを満たすことができるのは千鶴ただひとりであるということが確かで、千鶴は末恐ろしささえ覚えた。
でも、それが少しだけ嬉しいような気がして、自分も大概かもしれないなと、ゆっくり瞬きをする。