負け戦/勝ち戦 不意に、拳が入った。
「う、」
頭上でうめく音がした、相手はそのまま身体ごと吹っ飛んだ。朋花も驚きのあまりそのまま数歩つんのめって、たたっと着地した。
目の前には、コンクリートの上に倒れた、紅の餓狼と呼ばれる女……二階堂千鶴、千鶴、嫌な響きだと朋花はしかし、きょとんと口の中の渇きに気がついた。
「なに……」
小さな傷が数多ついた拳が、確かにさっき、鳩尾に入った。朋花にはそれが不思議だった。千鶴は、そんなクリンヒットを許すような甘さを持ち合わせていないはずだ。朋花相手に、そんな無防備さがあるわけなどないはずだ。朋花は、千鶴が向こう側で唾のようなを吐き捨てるのをぼんやり眺めながら、手をグー、パー、とさせていた。
「容赦の無い拳ですこと」
千鶴は上半身だけを起こして、やれやれと言った具合で前髪を触る。その所作には余裕があった。腹に一発パンチを喰らったとはとても思えないような雰囲気だった。
「何故ですか」
「なにがですの?」
「何故、私の拳を受けたのですか」
「あなたの実力ではなくて?」
煽るような上目遣いにかちんと頭の中でなにかがスパークする。ほんとうに腹の立つ女。朋花のそれが顔に出たのか千鶴はくつくつ笑う。
「なんて。答えなど、あなたの方できちんと出ているのでは?」
朋花の沈黙。是を返しているようなものだ。千鶴は束ねた髪をばさりと背中に追いやりながら、ふっと微笑む。
「たまには負けてみたっていいではありませんか。その方が、張り合いもあるってものでしょう?」
ぶち、とこめかみのあたりでなにかが炸裂する。その瞬間に朋花の身体は動き出していた。猪突猛進なんて言葉が似合いそうなほどの強行突破、千鶴は「うふふ!」と笑って、走る朋花にぱんと足払いを仕掛ける。朋花はそれを跳ねて避けては飛び蹴りよろしく千鶴に突っ込んだ。
ぼす、と柔らかいところに食い込んだ。
「ぐ、ぅ」
さすがに苦しそうな声が漏れ出る。千鶴は一瞬顔を顰めてから、自分の腹に落ちた朋花の足を取って、
「へし折って差し上げましょうか」
ぐるり、と足首をひん曲げた。耐えきれずに転倒しても尚、千鶴が朋花の足を蹂躙するのは止まらない。ぎりぎりと骨が悲鳴をあげている。早く脱さなければ、脱さなければ、脱さなければ、
「あら、お望みならばほんとうに折りますわよ」
「あ、」
この女の餌食になることだけはごめんなのに。