月の下に等しく「月っていつまでもついてくる気がしますわよね」
たまたまふたりになった帰り道、千鶴がなんの気なしに振ってきた雑談に朋花は、そうですね、と曖昧に返した。見上げた空には月がぽっかり浮かんでいた。
月は難儀だな、というのが朋花の見解だった。やれスーパームーンだのストロベリームーンだの、その動きによって名前を囃し立てられ、そのくせ自分の力で光っていなくて、それなのに綺麗だといえば愛の言葉の代名詞になる。いろいろな役割を与えられて、難儀だ。
その点、聖母ほどシンプルな立場は無い。単純明快、シンプルな役割。朋花はそれを粛々とこなすのみ。
「幼い頃は、月が怖かったですわ」
「どうしてですか?」
「どこまでもついてくるから。歩いても走っても、車に乗っても電車に乗っても、月は常にそこにあるから、恐ろしくって」
セレブが電車に乗るんですかと問えば、グリーン車ですわよと千鶴は慌てて言う。そんなに取り繕うこともないのに。
「実際、どういう原理なのでしょうね? 月がどこまでもついてくる気がするっていう現象」
「さぁ……遠くにある大きなものの動きがゆっくり見える、というだけではないでしょうか」
ふむ、と千鶴はこつこつヒールを鳴らしながら考えている。こうやって、話し合いに応じてくれる貴重な相手として、朋花は千鶴を好いていた。
「それもそうかもしれませんわね。朋花の考えはいつも的を得ていますわ」
「ふふ、そうだと良いのですが」
否、それ以上だった。朋花は千鶴を好ましく思っていた。語弊を恐れず言うなら、愛している、と言う方が適切かもしれない。万人に慈愛を向けるべき聖母がこんな感情を抱くなんて、と困惑こそしたが、それでも思うものは思う。朋花は中学生の子どもだ。
「では、わたくしはこちらなので」
お気をつけて、と言う千鶴に、朋花は思考を戻して、にこっと笑う。またいずれ、と手を振って、遠ざかる千鶴の背中をいつまでも見ていた。愛おしい背中、今すぐ駆け寄って抱き締めたいけれど、朋花はそれをしない。
「……いつまでも、ついていきますからね」
なぜなら。