甲斐甲斐しい不意打ち「あ……」
朋花の不意の声に千鶴は顔を上げる。他に誰もいないレッスンルームに、よく響く声だったから。
「どうかしまして?」
「いえ……」
と、体育座りのままの朋花が見ているは指先、赤の線、それが血の滲む傷だと気がつくに千鶴には数瞬かかった。朋花の太ももと胸の間には、図らずも凶器となった次の作品の台本があった。
切れたのだ、と千鶴はつい、その手を取った。
「あ、」
「いけませんわ」
どくどくと朋花の鼓動が、手からも伝わってくる。千鶴はそれをさして気にも留めず、ポーチから絆創膏を片手で器用に出しては、くるりと朋花の指に巻きつけた。少しだけ血が滲みていた。
「大袈裟ですよ」
「大袈裟なんてことはありませんわよ」
「だって、ちょっと切っただけですよ」
「たいへんなことですわ」
朋花に目を向けると、へにゃりと赤らみを帯びた少女の顔をしていた。恋する乙女の一目惚れみたいだった。
「千鶴さん……」
そういえば朋花は、千鶴のことをすきだと、言っていたっけ。
千鶴はそんなことを思いながら、手を離した。朋花は名残惜しそうに手を宙に浮かばせたまま、虹彩を、潤ませる。