舌、もしくは大人子ども問答 天空橋朋花が未成年であるということは、紛れも無い事実である。
二階堂千鶴を罪悪感に苛ませているのは、ただその事実だけであった。
「朋花、あなたはもう少し、自分が未成年であると弁えなさい」
千鶴の言葉に朋花は、ぱちくり、と目を瞬かせた。さっきまでスマートフォンに向けられていた視線が急に千鶴に惜しみなく注がれる。
「私が未成年であることの、なにが問題なんですか?」
「いろいろです」
「適当ですね」
「ご実家にひとを泊めるならまだしも、やっぱり外泊はおよしなさい」
えぇ、と朋花の不満げな声。朋花はずっと千鶴の家に泊まりたいと言っているが、千鶴はそれをずっと断り続けている。諸々の事情もあるにはあるが、やはり未成年の少女を……それもスキャンダルにいつでも狙われているアイドルを……家に泊めるなど、無防備に自宅に入れるなど、もってのほかだと思った。
「千鶴さんは私のこと、子どもだと思ってるんですね」
朋花は頬を膨らませているが、事実である。朋花はまだ子どもだ。中学生の女の子だ。間違いなく庇護対象であり、千鶴とは一線を引くべき存在である。
「私は一人前の自覚がありますよ」
「いいえ、あなたは子どもです。いくらたくさんのひとを従えようと、アイドルとしての立派な収入があろうと、子どもであることに変わりはありません」
む、と眉間に皺が寄った。そんな顔もできるのだなと思った。それでも少女の愛らしさが存分に残った表情が可愛らしくて、しかしそんなことを思ってはいけなかった。
「子ども子どもって……千鶴さんと私のなにが違うって言うんですか」
「わたくしは成人していますのよ。朋花とは有する権利の数に差がありますし、その分責任も伴いますが、大きく違いますわ」
「千鶴さんが私に手を出してくれないのってそのせいなんですね」
おっと、話が急展開を見せた。千鶴が今度は目を瞬かせる番だ。
「あなたね、中学生の女の子に手を出す大人がいまして?」
「そういう言い方」
「事実ですわ」
朋花はすっくと立ち上がり千鶴と距離を詰める。
「キスもだめですか」
「キスしたいんですの?」
「したいです」
「だめです」
「ケチですね」
「なんとでも」
朋花は諦めたように顔を背けて、
「ん、」
瞬間、強引に口づけられた。んん、と抗議の声を発するも頭を押さえつけられ逃れられない。おやめなさいと口の中で言うがたぶん言葉になっていない。
ぬらりと舌が入ってきたあたりで、本気でやばいと思った。未成年とこんなキスをしてしまう、大人!
「っ!」
がづんと衝撃が走った、舌、朋花の離れていく気配。舌を噛まれたのだと気がついたのは数瞬も後だった。目の前にあるのは朋花のしたり顔、もはや腹も立たない、今はただ安堵の方が強い。
「怒ってもいいんですよ」
ふふんと勝ち誇ったような声を聞き、千鶴はちょっと可笑しくなった。あんなに大人びた朋花も、感情をあらわにすることがあると、ただの少女だ。
「怒りませんわよ」
千鶴は、ひりひりする舌を認めながら、しばらく辛いものは控えようとか、そんなことを考えていた。朋花は千鶴がどこか上の空だと思ったのか、むぅと唇を尖らせる。それもまた愛らしい。
「……なんです、大人の余裕ってやつですか」
朋花が子どもっぽく見上げてくるので、
「さぁ、どうかしら?」
なんて、千鶴は大人びて髪をさらりとかきあげてやった。ちょっとだけ、胸がすいた。