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    花主/大学生・同棲設定
    いつかの未来で後悔しないために気持ちを伝える話。

    ふたり暮らし/花主「バイト先の後輩を家まで送るから少し遅くなる」
    「お疲れさん!なら飯俺が作っとくか?大したもんは作れねーけど」
    「ありがとう、作ってもらえると助かる」
    「了解!」

     陽介は自分の返信で区切りのついたラインのトーク画面をスワイプで消して、そのままスマホの電源ボタンを押した。いつもなら親友であり同居人である悠が夕飯を作るのだが、今日は陽介が臨時の食事当番だ。時刻は夜の七時過ぎ、窓の外の雨脚は夕方から段階的に強くなるばかりだった。陽介はたまたまアルバイトが早上がりになったため、予報を大幅に裏切って突然降り出した大雨を避けて帰宅することができたが、悠の方はそうもいかなかったらしい。おまけに天性のお人好しまで発動してしまったらしく、それじゃあ確かに帰りは相当遅くなるぞ、と陽介は苦笑した。

     陽介は普段、料理を悠に任せきりにしているので──その分陽介が他の家事を負担する形で二人の同居生活はバランスを保っている──作れるものはたかが知れている。冷蔵庫の中の食材を眺めてみたとて、食材と食材を線で繋いでレシピを導き出すのは容易ではない。かろうじてしょうが焼き(これは陽介の好物であり、悠がよく作る料理の一つでもある)が作れることだけはわかって、陽介はさっそく料理に取り掛かることにした。

     二人が暮らすアパートは昔風の外観を残したままリノベーションされた赤いレンガ建築のアパートで、見た目の小綺麗さの割に設備に若干古いままなところがあるとかで破格の家賃で借りられた。大家が言うには、リノベーションといっても水回りばっかりは予算的にどうにもならなかったらしい。今時珍しい湯沸かし器が台所にあるのを見たときには悠も陽介も驚いたけれど、八十稲羽での暮らしに慣れ親しんだ二人にとって、多少の古くささは決して欠点ではなかった。むしろその懐かしい風情を二人揃って気に入って、ほとんど即決するかたちでここへ入居したのだった。よく日の当たるベランダにはプランターがいくつか置いてあって、プチトマトやローズマリー、ミントなど、悠の手によって小さな農園が築かれていた。
     恋人は二人ともいなかった。二人が出会った高校二年生の時分から、今の今までずっと。悠だけ高校三年生へ進級するのと同時に都会へと越して──元々親の都合で二年次だけ八十稲羽で過ごすことになっていたのだから、「都会へ帰って」と言う方が正しいのだが、陽介にはどうにもしっくりこなかった──から、陽介が大学進学の折に上京してくるまでのブランクはあったが、その間もお互いに「恋人ができた」と報告することはなかった。
     二人の間には秘密なんてなかった。あったとしても声を聞けば、会って顔を見ればすべてがわかってしまうのだ。それはつまり二人の間に隠し事がないのと同義で、それは相棒という唯一無二の肩書を持つ二人にだけ許された暗黙の了解だった。
     とはいえお互いに異性からアプローチを受けることはままある方だと思う。特に悠の方なんかは、持ち前の人の良さが長じて無意識のうちに人に惚れられているなんてことはしょっちゅうだ。そんな風だからいつ恋人ができたっておかしくないのに、なぜだか悠は恋人も作らずに陽介と二人きりでこのへんてこなアパートに暮らしている。

     もしも悠に恋人ができたら。陽介は悠がしょうが焼き用に買い置きしてあった豚ロースをパックから出しながら、いつかの将来で悠に恋人を紹介される自分のことを思い浮かべた。場所はどこかの喫茶店か何かで、陽介に紹介したい人がいるからと悠に呼ばれてのこのこ現れた陽介を、パズルのピースみたいにぴったりお似合いな恋人たちが待ち受けているのだ。そこは少しレトロな内装の感じの良い店で、古くさくも洒落た感じがいかにも悠にぴったりだ、と想像の中の陽介は思った。だけど、と陽介は悠の隣の席に目をこらす。白いレースのテーブルクロスや汗をかいた切子のグラス、窓辺の席に置かれて日焼けしたメニューの冊子まで想像できるのに、陽介には悠の隣に行儀よく収まる恋人の姿がまったく想像できなかった。
     フライパンにサラダ油を薄くしいて──豚ロースは焼くときに勝手に油が出るから、フライパンにしく油は薄くでいいと悠が教えたくれたのをようやく実践できた──油が温まったところで肉を焼く。肉を菜箸で掴んでフライパンへ落とし入れたちょうどその時、陽介はあっと声を出した。悠がしょうが焼きを作るとき、いつも肉に切れ込みを入れてから焼いていたことを思い出したからだ。

    「こうして筋を切ると肉が柔らかくなる」

     悠は丁寧に包丁を滑らせながらそう言って、それから笑って「いつか彼女に作る時のために覚えておけよ」と付け足した。陽介は、その言葉に自分がなんて答えたのかまでは思い出せなかったが、悠の言葉に少しだけ傷ついた自分がいたことを思い出した。そのときは確か突然に陽介が料理を教えてほしいと言い出して、悠はそんな陽介に嫌な顔ひとつせずに先生役を買って出てくれたのだった。
     火を通して味をつけるだけだと悠は言うけれど、陽介は悠が食材それぞれをおいしく食べる工夫みたいなもの絶対に欠かさないことを知っていた。あの、肉の筋を切るなめらかな包丁さばきだってその一つだ。料理の細かい手順なんて数えだしたらたぶんきりがないくらいで、手を抜こうと思えばいくらでも手を抜けるところなのに、悠は絶対にそうしなかった。陽介の口に入るさまざまな料理は、悠のそうした細やかな気遣いの集合体だった。

     いつか彼女に作る時。陽介の頭の中でその言葉がぐるぐる旋回して、その動きに合わせるように陽介は菜箸で肉を炒める。イツカカノジョニツクルトキ。ぐるぐるを目で追ううちにそれは不思議な呪文みたいになって、やがて陽介の思考のどこかへ消えていった。肉から赤みがなくなったのを確認して、醤油、みりん、酒をひと回しずつ入れる。チューブタイプのしょうがを少し絞って馴染ませるとたちまち香ばしい匂いがして、フライパンの中でそれなりにおいしいしょうが焼きの体裁が整いはじめた。同じ調味料を教わっただけ入れているのに、なぜだか悠の作ったしょうが焼きとは違う匂いがする気がして、陽介は不思議そうに首を傾げた。

     陽介には、悠に秘密にしていることがひとつだけあった。秘密なんてないはずの二人の間にぽつんと置かれたそれは、悠には見えない透明な箱だ。
     悠が好き。たった一言だけの陽介の恋心は、今や陽介にも持ち上げられないほど重く育っていて、もはや陽介の手に負えない。陽介がなんとか二人の間からどかそうと試みてもぴくりとも動かなくて、陽介はいよいよ悠からは見えないのをいいことにその恋心を放置することに決めた。要するに、想いを秘めておくことにしたのだ。本来なら陽介がいくら黙っていようと思っても悠にはたいていバレてしまうのだが、こればかりはさすがの悠にすら悟られることはなかった。親友の範疇を出ないように、それでも他の誰よりも近い距離で悠を独り占めできたら、陽介はもうそれだけでよかった。

     だけど、と思うことがある。コンロの火を止めてフライパンに蓋をすると、陽介はどっと押し寄せる疲労感に任せてリビングにある大きなビーズクッションへ体を沈めた。悠と二人でアウトレットへ買いに行った色違いのビーズクッションは、陽介がオレンジで悠が水色だ。そこに体を沈めると、途端にまどろみにも似た思考の波が陽介の脳裏に押し寄せてくる。陽介はこの頃、己の気持ちの所在や行方について考えずにいられなくなっている自分に気づいていた。もうお互い二十歳を目前にして、今までみたいに誰かの庇護下にいるだけの子供ではなくなっている。吊り下げの照明がクリーム色の天井に柔らかく光を反射させているのをぼんやりと眺めながら、二人がいつか一人と一人になるその瞬間を想像した。悠に恋人ができれば当然このアパートでの二人暮らしは終わって、二人で一つの生活は別々の物語になるのだろう。悠がダンボールいっぱいに新居へと持ってきた、出版社も作家もばらばらな彼の愛蔵書たちみたいに。想いを告げられずに音もなく散ってしまった陽介の哀れな悲劇は、恋人と寄り添って幸せそうに笑う悠の隣には並べてもらえない。悠が読書をする時は決まってカフェオレボウルになみなみ入った紅茶を飲むことも、陽介の部屋へ入るとき返事を待たないことがあることも、冬場、足先が冷えるくせに靴下を履いて眠るのを嫌がることも、知っているのは今まで陽介だけだったのに。
     友情、信頼、尊敬、憧れ、羨望、嫉妬──。陽介が悠に抱いた感情の数はとても計り知れない。いつだって悠は陽介のヒーローで、ライバルで、世界でたった一人の相棒だった。それなのに二人がこのままでいられる保証なんてどこにもなくて、突然に現れるかもしれない「悠の恋人」の存在は陽介をいつだって不安にさせた。
     あの時告白していれば、今の自分たちはもっと違う未来を生きていたんじゃないか。悠の隣には俺がいて、俺の隣には悠がいる。そういう当たり前をずっとやっていけたんじゃないか。陽介はいつか、そうやって後悔する日がきっと来てしまうような気がしてならないのだ。例えばそれは一人きりの部屋、二人で撮った写真を見返す時かもしれないし、あるいは真夜中、ふと悠に会いたくなって電話をかけようとした瞬間かもしれない。悲しみと後悔は、いつだって決まってそういうさり気ない瞬間を狙ってやってくるのだと陽介は知っていた。
     告白するのが怖いんじゃない。陽介はじっと天井を見つめながら胸の中でそう呟いた。思いの外それが言い訳めいた響きになったことに、陽介は少しだけ情けないような気持ちになる。
     怖いのは悠に気持ちを伝えることそれ自体じゃなくて、伝えた先に待っているかもしれない痛みだ。悠と自分のどちらか──あるいはそのどちらも──が、陽介の放つ「好きだ」のたった三文字で、ぼろぼろに傷ついてしまうかもしれないからだ。でもきっと、それを踏み越えていかなければいけないところまで陽介は来てしまっている。たとえ傷つくことになったとしても、言えないまま悠を他の誰かにとられてしまうよりずっとましだった。

    ──誰かにとられる?相棒はものじゃないだろ。

     自嘲気味に付け足してみたものの、陽介は「悠を誰にもとられたくない」という気持ちが紛れもない本心であると認めていた。どんなに取り繕ったところで、悠に対する独占欲が消えてくれることはないのだ。ならば早々に認めてしまった方が、下手なことをして悠を困らせなくて済む。いつかの自分のシャドウがそうだったように、一度肯定さえしてしまえば案外折り合いもつくというものだ。悠に惚れている自分、悠を誰にもとられたくないと思っている自分、悠の特別でありたい自分。陽介にとってそれらはすひとつ残らずすべてが「自分」で、だからそれらを守るために悠への告白は必須事項なのだった。

    ──悠が帰ってきたら。

     積もりに積もった決心だから、覚悟は意外なほどにあっさりと決まった。真っ暗なまま沈黙したテレビの画面に目をやると、寝転がったままの自分の格好がなんだかばかみたいに思えて、陽介は少しだけ気恥ずかしくなった。気持ちを切り替えるように大げさにクッションから立ち上がって、テーブルの上に放ったままのスマホを手に取ると、三十分ほど前に悠から「今から帰る」とメッセージが来ていた。悠がどのあたりから向かっているのかはわからないが、恐らくそれほどかからずもうじき家へ着くだろう。「気をつけて帰ってこいよ」とだけ送ってから、陽介は二人の食事の準備をするために台所へと向かった。
     窓の外は雨。雨粒が窓を強く打って、規則的な騒音はかえって陽介に静寂を感じさせた。

    ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─

    「ただいま」
    「おー、お帰り……ってえらい濡れてんな。そのまま風呂入ってこいよ」
    「そうする……」

     悠が帰ってきたのは、陽介がメッセージを送ってから二十分ほどした後だった。大きめの傘を持っていったにも関わらず、悠は全身びしょ濡れだ。陽介はとりあえず悠の手から荷物だけ預かって──もちろんかばんも漏れなく濡れていたが、陽介が悠の誕生日にプレゼントしたそれは、ブラックの人工皮革で作られたシンプルなデザインで防水素材の優れものだ──リビングの椅子にかけておいてやる。悠はさすがにこの大雨と強風が堪えたのか、覇気のない様子で風呂場へと向かっていった。

    「あ、あのさ」

     慌てて陽介が呼び止めると、悠はズボンの裾をまくりあげたまま振り返る。その間の抜けた格好がおかしいのと同時になんだかかわいく思えて、陽介は口角が上がりそうになるのをぎゅっと堪えた。

    「風呂から出たらさ、飯食う前にちょっと話したいことある」
    「どうした、まさか物体Xが……」
    「ち、ちげーよ!飯はちゃんと作ったっての!とにかく大事な話あっから!」
    「うわっ、急に押すな、廊下が水びたしになる!」

     斜め上の想像を繰り広げようとする悠を風呂場に押し込んで、陽介はばたんと扉を閉めた。扉の向こうから悠が「床、拭いといてくれ」とタオルを投げて寄こしたので、陽介は素直にそれを受け取って悠が歩いた動線を拭きあげると、少し迷ってから風呂場のノブにタオルをかけて、リビングへと踵を返した。


    「それで、大事な話って何なんだ?」

     シャワーを浴びて部屋着に着替えた悠は、リビングへやってくるなりそう切り出した。同居人に「大事な話があるから」なんて意味ありげなことを言われたら、普通はもっと身構えたりするものだと陽介は思うのだが──もしも悠に同様のことを言われたら、陽介は尋常じゃないくらい取り乱す自信があった。こんなふうに自分から話を促したりなんてできっこない──悠は臆する様子もなく切り込んでくる。

    「あ……あのさ。俺……」

     陽介の全身に、今さらにわかに緊張が走る。二人してリビングに立ちっぱなしのまま向かい合っている光景はなんだか気まずくて、かといって座って話そうだなんて改めて提案できるほどの余裕は今の陽介になかった。
     ええい、言ったれ!陽介は自分を鼓舞した勢いのままに口を開いた。

    「俺、お前の……悠のことが好きだ!」

    ──ああ、ついに言った!言っちまった!
     待ち構えていた特大の後悔や胃の痛みはまったくなくて、代わりに気持ちが変に昂っているのかやけに浮ついた心地がした。突然の告白にさすがの悠も驚いていたものの、その表情に嫌悪の色がないことを確認して陽介はひとまず安心した。しばらく陽介の言葉を噛みしめるように少しだけ俯いて黙り込んでいた悠は、やがて神妙な面持ちで陽介に向き直った。

    「なんとなく……そうなのかなって。というか、ほとんど付き合ってるようなものだと思ってたし」
    「え、ま、マジで?」
    「ああ……絶対ってほどの確信はなかったけどな」

     陽介が巧妙に隠し通してきたと思っていた恋心は、知らずのうちに悠へと筒抜けていたらしい。とはいえやはり一緒にいた時間の長さを考えると、あの悠ですら確信に至らずここまできたというのはもはや奇跡のように思われた。
     秘密が秘密として機能していなかったという事実に放心する陽介に、悠は言葉を続ける。

    「けど……もし違ったらって思うとどうしても聞けなかった。でも、まさか陽介に先を越されるとは思ってもいなかったな……」
    「先越されるって、それ、どーゆう……」

     期待を期待と思う間もなく、陽介は悠の次の言葉を待ち受ける。

    「俺も、陽介が好きだ」

     悠の顔はオレンジ色の間接照明でも誤魔化しきれないほどに赤くて、それを見た瞬間に陽介は言うべきことなんて何一つ思い浮かばないまま悠を抱きしめていた。こうして陽介一人の秘密の恋は終わり、二人の関係には新しく「恋人」という言葉が付け足されることになった。

    ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─

    「俺さ、お前が傷つくかもってわかってて告白した。俺もお前もまとめて傷つくことになっても、やっぱり知っといてほしくて」

     食卓に揃いのランチョンマットを敷きながらこぼした陽介に、悠はただ笑って「そうか」と返した。陽介もそれにつられて笑って、おどけた調子で「久々に緊張した」と大きく伸びをする。
     「でも」悠は温め直したしょうが焼きを皿に盛り付けながら、俯きがちに微笑んだ。
     はしっこが少し焦げたしょうが焼き。いつか彼女に作る時、なんて言いながら、本当は誰にも作ってほしくなんてなかったそれは、今まさに悠のために振る舞われている。そのことに胸がいっぱいになって、悠の口は饒舌に気持ちを吐露しはじめる。

    「それが陽介につけられた傷なら、俺は大事にすると思う」
    「男の勲章的な?や、にしてもそれを大事にすんのはなんか変じゃね?」
    「大事だよ。ついた傷の深さのぶんだけ、俺が陽介を好きだってわかるから」

     悠はその瞬間に向かい合う陽介が息を呑んだのがわかった。悠の直球な感情表現にたじろいでしまう陽介に、悠の心はすぐに愛しさでいっぱいになってしまう。溢れるばかりの気持ちはたくさんの言葉になって、止まることなく悠の唇から紡がれていく。

    「何度も記憶をなぞるんだ。そしたら何度だってまた傷ついて、その度に陽介を好きだって思う」

     陽介はただ黙って聞いている。悠にはその瞳がなんだか潤んでいるように見えて、相変わらず俺の前では泣き虫なやつめ、とたまらない気持ちで苦笑した。

    「だから、陽介が俺のことで傷ついてくれるのも嬉しい」
    「何ソレ……なんか酷いこと言われてね?」
    「気のせいじゃないか?」

     いつも通りの気安いやりとりに、二人で顔を見合わせて笑う。恋人になったからといって何かが劇的に変わるわけじゃなくて、それでも二人の生活がこうしてずっと続いていくような、そういう確信のようなものが二人の間に生まれていた。

    「でも……傷つくよりずっと嬉しいこと、全然、あったな」

     悠の笑った目尻から、透明な雫が一筋流れる。陽介の方が先に泣くかと思ったのに。負け惜しみみたいに呟く悠の唇に陽介のそれがちょっとだけ触れて、すぐに離れていった。子供みたいな口づけは、青春のど真ん中でもがいていたあの頃から燻っていた二人の恋心の象徴みたいだ、と悠は思った。

     窓の外は雨。寂しさを煽る冷たい雨音も、今や二人をこの部屋に閉じ込める境界線でしかない。慣れ親しんだこのアパートでの二人暮らしが、明日からも変わらず思い出に溢れたものであるように。悠は願い事をするみたいに瞳を閉じて、陽介からの二度目の口づけを静かに待った。

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