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    𝕤 / 𝕔

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    「ジュンらしいね」
    唐突に齎された言葉に茨は顔を上げる。事務所のあるフロアの片隅にひっそりと、というには少々目に付く派手さで飾られた笹の葉に吊るされた一枚の短冊を指先で摘まんで、凪砂が微笑んでいた。短冊に書かれた言葉を視界の端に捉えて、茨も頷く。
    「まったくもって、ジュンらしいですな」

    『あなたのとなりに立つに相応しい人間になりたい』

    なんて。そんなことは願わなくてもとうに叶えているだろうに。

    ミルキーウェイから降り注ぐ ✦ ✦ ✦

     随分カラフルな笹飾りだったね。
     ぼくがそうぽつんと落とせばジュンくんは一瞬なんの話だよという顔をして、思考を巡らせたあと得心がいったように頷いた。ああ、事務所にあった笹の話ですか。そう言い添えて。

     仕事先で貰ってきたのだという笹を担いでCrazy:Bの面々が事務所に帰ってきたときは、あまりのにぎやかさに思わず頭を抱えてしまいましたよ。茨がそんな旨のことを話していた笹は、コズプロの事務所の一角に倒れないように結ばれて、堂々とその腰を据えていた。
     短冊といえば五色であるという思考は元よりなかったみたいで、色とりどりの短冊があちこちに飾られた笹の葉は色の洪水で埋もれていた。Crazy:Bの黄色。2winkのピンクと水色のネオンカラー。Valkyrieのワインレッド──とはいかず、どこかの誰かを彷彿とさせるやわらかな朱鷺色。その他にも、持てる色彩のすべてをここに詰め込みましたといわんばかりの笹飾りで彩られた笹の葉は、重たそうに葉先のこうべを垂れていた。

     にぎやかなのはいいことだと思うけどね。
     星奏館に帰るまでのジュンくんとぼくだけのふたりぼっちの帰り道で、ぼくは星空を見上げながらそんなことを思っていた。
     残念ながら街の明かりで、見上げた先の星の輝きが弱々しい。もっと自然豊かな暗くも空気の澄んだ場所に行けば、細かく砕いた星砂、輝く星々の河が、真っ黒でなめらかな夜空の天鵞絨に散りばめられているのが見えただろう。金銀砂子。まさしくそのとおりのものがね。
     夏の陽射しにあたためられた空気は夜になってもその存在を訴えていて、ささやかな風ぐらいじゃ滲む汗を乾かしてもくれない。ジュンくんが言葉を発しないものだから、ぼくたちのあいだの空間はしんと静まり返っている。この静けさは嫌なものじゃないから苦ではないけれど、やっぱりぼくとしてはジュンくんの声が聞きたい。
     だからぼくは、ぼくの後ろをついてくるジュンくんに振り返って訊ねる。ジュンくんは短冊になにを書いたの?
     ジュンくんはその一言に眉を顰めて、くちびるを歪ませて一瞬押し黙った後に「ないしょです」と答えてくれた。ないしょ。ないしょだって。ジュンくんの言葉選びは時々ちいさな子どもみたいでかわいい。でも内容を教えてくれなかったのはかわいくない。
     罰としてジュンくんの身体を、伸ばした腕で隙間なく抱え込んであげた。ぎゅうぎゅう。ジュンくんは基礎体温が高いから、夏場に抱きしめるとあつい。
     汗でしとりと濡れた肌が触れ合って、不快なはずのそれもジュンくんとだからいいかな、なんて思って笑ってしまった。ジュンくんはぼくのことがだいすきだね。普段そう言うのはぼくの方だけど、ぼくも存外ジュンくんに負けてない。だいすきだから、触れ合いたくなる。単純な話。
     ジュンくんはぼくの腕のなかでバタバタともがいたかと思うと、「あっつい!」と文句を叫んだ。ぼくに抱きしめられているのに文句を言うだなんて、贅沢な子。ふんだ、離してなんかあげないね。
     ことさらぎゅうぎゅうと腕の力を強くしてあげれば、ジュンくんはわりとすぐに諦めた。なんなんすか、もう。だそうだ。ふふん、ぼくの勝ち。
     満足してジュンくんの夜の空の色に染まった髪に頬ずりする。ジュンくんの手がそっと持ち上がってぼくの背中に触れて、次いでジュンくんが顔を上向けて空を仰いだのが分かった。
     見えはしないけれどそこにあるはずの、天の川を。ジュンくんは見つめている。星々のきらめきにも負けない、その光の色のひとみで。

    「織姫と彦星は会えましたかね?」
    「今日は晴れたからね。天の川も大洪水にはなってないだろうし、会えたんじゃない?」
    「だといいっすねぇ〜。……まあ、雨が降ったとしても雲の下なんてふたりには関係ないでしょうし、なんとかしていちゃついてんでしょうけど」
    「ふぅん。ジュンくんはそう思うんだね。それならぼくたちも負けずにいちゃいちゃする?」
    「……なんでそうなるんすか」

     なんでもなにも、こはくくんは今日HiMERUくんのお誕生日祝いで一晩部屋を空けるって聞いたからだけど。
     ずいぶんとはしゃいだ様子のCrazy:Bの子たちの姿を思い出して、仲がいいのは良いことだね、と微笑む。
     そっとジュンくんを抱きしめていた腕の力を抜いて、ほんの少しだけくっついていた身体を浮かせて。ジュンくんの顔を近くで見下ろす。
     ぼくよりちょっとだけちいさいジュンくんの身体がすき。ぼくを見上げるときに首を傾けるまでもなくて、眠たげな厚ぼったいまぶたの下から上目遣いで一生懸命にまっすぐにぼくを見つめるジュンくんのひとみを。見下ろすことのできる、この身長差がぼくはとっても気に入っている。
     ジュンくんの頬を片手で包み込んで額をくっつけて、吐息にかすんで溶けてしまうくらいのウィスパーボイスでジュンくんに問い掛ける。

    「だって、ジュンくんは雨の日の、人の目を気にしないでいちゃいちゃできる織姫と彦星が羨ましかったんでしょう? 今日なら星奏館のジュンくんのお部屋で、誰にも邪魔されずにいちゃいちゃできると思うけど──しないの?」
    「…………、します」

     思いっきり、苦虫を噛みつぶしたような顔で。言葉まで苦々しげな色を隠しもしないで言うものだから、ジュンくんの意地っ張りと正反対の素直さに思わず吹き出してしまった。
     への字にくちびるを曲げるジュンくんの手を取って、帰ろっか、と繋いだ手をフリフリかわいく振ってみる。
     星奏館への帰り道をジュンくんの手を引いて軽やかに歩き出したぼくの背中に、ジュンくんの声が降る。ねむれないよるにジュンくんが作ってくれる、角砂糖をひとつ落としたホットミルクみたいな。ささやかなあまさの声だった。

    「オレだったら、もし、天の川が洪水で渡れなくても。泳いでおひいさんに会いに行きますから」
    「ふふ。溺れないでねジュンくん」

     ──ジュンくんは知らなかったみたいだけど。
     雨が降ったとしても、カササギが橋を作ってくれるから、晴れにせよ雨にせよどっちみちふたりは会えるんだけどね。
     とは、教えないでおいてあげた。



    (ひよジュン版ワンドロワンライさんより、お題「七夕」をお借りしました。)
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