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    𝕤 / 𝕔

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    𝕤 / 𝕔

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    ⇢ひよジュン

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     するり、と。指先を絡め取って握りしめた、この子の手を。ぼくはとっても好いている。
     ぼくよりも骨の太い指も、少し角張った爪も、男の子らしい形の指先も、厚めであたたかい手のひらも。くるくると動いてぼくのためにご飯を作ったり、両手いっぱいに荷物を持ったりしてくれる。この、ぼくのためにいっぱい、いっぱいがんばってくれる手がすき。
     膝の上に無造作に置かれたクッションに投げ出されている手を取って、矯めつ眇めつ。爪の形を確かめるみたいにしてなぞって遊んでいたら、手の持ち主であるジュンくんから声が掛かった。

    「おひいさん、集中できねえんでやめてくれます?」
    「イヤ」
    「にべもねえ……」

     テレビに視線を向けたままのジュンくんに言われたくないね。やだやだ、面白くない!
     ソファにぼくと横並びに座っているのに、まったくぼくの方を見ないジュンくんに不満を訴えるためにぷい! とそっぽを向く。そうしたら根が善良すぎる嫌いのあるジュンくんはちらりと視線だけをぼくに向けて、もぉ〜と間延びした声を上げた。

    「おひいさん、頼みますからいい子にしててくださいよぉ〜。いまいいとこなんすよ」

     そう言って視線をまたテレビに戻す。ジュンくんの視線を目下独占している原因は、テレビのなかのぼくにあった。
     ぼくが出演しているドラマを、ジュンくんはこれ以上ないほど真剣な顔で見ている。演技の幅を広げるために吸収できるものはしてしまいたい、という魂胆なのだろう。
     ジュンくんが得意としてできる表現があるように、ぼくも得意な表現の仕方がある。それを学びたいという姿勢は立派だけど、テレビのなかのぼくよりここにいるぼくを優先すべきじゃない? それ、録画で確認すればいいんじゃない? 優先順位を間違っているね、この子は。
     せっかくふたりだけの時間が取れそうだから、ジュンくんの部屋に来てあげたのに。それなのにジュンくんってばぼくを放っておいて、テレビのなかのぼくに釘付けだなんて。それがぼくじゃなかったらいま頃その小作りな顎を引っ掴んで、無理やりにでもぼくに視線を向けていたところだね。
     でもぼくは頑張りやさんなジュンくんもすきだから、声を荒げるのは我慢してあげる。代わりに手にしたジュンくんの手で手遊びして時間をつぶすことにした。
     ジュンくんの手は、ぼくと出会ったばかりの頃荒れに荒れていた。ささくれだったり、肌がずたぼろだったりで。スキンケアと合わせてハンドクリームとかで整えるように言い付けて、いまに至る。
     ぼくの言い付けを守っているジュンくんの手はしっとりすべすべで、きもちいい。指を一本一本ぼくの指で挟んでは滑らせて、形を確認していく。節でぽこりとしている指。少しぼくよりも小さくて、短い。ジュンくんの健康的な肌とぼくの白い肌が交互に重なって、それがなんだかきれいだった。
     ぼくのものとは全然違うジュンくんの手を。うつくしい、とは思わないけれど。それでもいとおしい、とは思う。
     ああ、この手が。きみの手がすき。ぼくのために常日頃から一生懸命に動いている手が。
     ──でも、やっぱりぼくを放っておくのは別だね。とっても、とっても気に入らない。悪い日和。
     ジュンくんの手をぺいっと投げて、膝の上のクッションにリリース。ソファの上にお行儀悪く踵を乗せて膝を抱えて、ぷいともう一度そっぽを向いた。完全にジュンくんとは視線を合わせない体勢だ。

    「……おひーいさぁーん?」
    「な、んむ」

     ジュンくんなんか知らないの態度を貫き通そうとしたぼくに猫撫で声が掛かる。返事だけはしてあげようかなと口を開いたぼくの頬を突然手のひらで包まれて、なぁにと訊ねてあげるはずだった言葉が遮られた。
     手のひらの動きに合わせて連れて行かれたその先では、自他ともに目付きが悪いと言って憚らないジュンくんの蜜色のひとみが弓張り月みたいきゅう、とたわんでぼくを見つめている。
     ジュンくんのクセに生意気だね、ぼくにこんな態度を取るなんて。文句を言ってあげようと思ったのだけど、おひいさん、ともう一度ぼくを呼ぶ声があまくて。いつの間にかテレビが消されていることに気付いたから、ジュンくんの言葉を待ってあげることにした。

    「寂しがりなあんたを放っておいてすみませんでした。もう終わりましたから、機嫌直してくださいよぉ」

     下まつげをなぞるようにして、目元を撫でていく親指の感覚に思わず目を細めてしまう。あたたかい手のひらが頬をやさしく包んで、なめらかな人肌の感触に胸の内がぽかぽかと温まっていく気がした。少し不器用に、一生懸命にぼくの機嫌を取るためにがんばっている、やさしいきみの手。その手に免じて、今回だけは不問に付してあげる。
     足をソファから下ろして、くちびるの端に触れるぷっくりとした母指球に、かし、歯を立てる。あまくあまく、表皮が削れもしないくらいに。そのままちろりと舌先で舐めれば、ジュンくんの肩がほんのわずかに跳ねた。ジュンくんの手の甲を覆うようにぼくの手を重ねて、ベッドの上でシーツに縋る手を縫い留めるときみたいに指先で握りしめる。
     ほんの少しだけジュンくんの手を引き離して、尖らせた舌先を、彼の肌の上で滑らせて。親指の先まで辿り着いたら、かぷん。指先を口に含む。口の中で歯先に触れる、かたくてつるりとした爪を舌でなぞって、爪と肌の隙間に唾液を染み込ませるように何回か往復してあげて。ちゅう。かわいらしく音を立てて指を吸って咥内から引き抜いて、最後にキスしてあげれば。
     ふふ、かぁわいい。
     ジュンくんは分かりやすく目元を赤く染めて、ぼくにじっと見入っていた。とろんととろける眼差しがあつく熱を持っていて、ぼくまでとろけてしまいそう。
     先ほどよりもずいぶんと熱を上げた手のひらにちゅ、ちゅ、とキスを繰り返して、彼の名前を呼ばわる。ジュンくん。ひそめた声は吐息に紛れて、夜の静けさに溶けてしまいそうだった。

    「まったく、このぼくを放っておくなんて。そんなことをして許されるのは凪砂くんくらいだからね」
    「っ、ここでナギ先輩の名前出されんの……さすがにちょっと、面白くないんすけど」
    「ふふ。わざとに決まっているよね? ヤキモチ焼きのかわいいジュンくん」

     きみに、もっとぼくに夢中になってほしいから。
     その言葉は飲み込んで、重ねたジュンくんの手を握りしめたまま、ぼくの頬を滑らせて鎖骨に落として、そのまま胸へと辿らせる。鼓動をジュンくんに教えるように。
     ジュンくんは目元どころか頬まで赤みを増やして、恥ずかしそうに、それでいて物欲しそうに。喉を鳴らした。おひいさん。ぼくを呼ぶ声までとろけてしまいそうで、あまくておいしそう。
     普段よりもなおも吐息の多いその声がひどく蠱惑的だったから、花の蜜に吸い寄せられる蝶みたいにひらりと空いている手をジュンくんに伸ばして、彼のくちびるを指の腹でなぞった。ジュンくんはぼくよりどこもかしこも厚みがあるけれど、くちびるは薄い。やわらかで薄い肉の感触がきもちいい。ここにぼくのものを重ねて、食んで吸ってあげるともっときもちいいことも、ぼくはもう知っている。
     ジュンくんの濃く生え揃ったまつげがまたたいて、伏せられて。次の瞬間には、ぼくがしたのと同じ動きでジュンくんがぼくの親指をたべた。
     熱い咥内はぬるぬるとしている。唾液で濡れそぼった舌がぬるんと押し付けられて、指の付け根から関節、腹までを舐め上げた。ぼくのものを口いっぱいに含んで奉仕しているときの動きに似ているかもしれない。欲しがる舌の動きですらジュンくんはかわいくて、脳みそが茹だっていく。
     ジュンくんの薄いくちびるが指先に吸い付くのと同時に、ぼくの胸に添えさせたままだったジュンくんの五指が爪を立てて甘える動きを見せる。目を細めて、どろりと滴る蜜よりも粘度の高い声でジュンくんに声を掛けた。何度だって呼んであげたい、きみの名前を。

    「ねえ、ジュンくん。どうしてほしいの? どうしたいの? ぼくに──なにを、してほしい?」
    「それ、言わないと分かんないんすかねぇ」
    「言わなくても分かるけど、ジュンくんに言って欲しいね?」
    「ン、……、あんたほんと、性格わる……」

     おひいさんの意地悪。親指にくちびるを添えたままそう吹き込まれて、ジュンくんの腕がそっとぼくの腰に回って。ぎゅうと抱き寄せられる。少しだけ下から上目に見つめてくる熱情がきもちいい。ぼくの腰を撫でるジュンくんの手のひらから指の先まで、ぜんぶがぼくにぴったりとくっついて、ジュンくんの手の形をぼくに伝えてくれる。
     やさしい手のひらが熱を持って、ぼくを懸命に求めるこの瞬間。ぼくは自失してしまいそうになるくらい、興奮する。
     ジュンくんは見せ付けるようにくちびるから覗かせた赤く色付く舌でぼくの親指を舐めて、ひとみを細めた。細められたひとみから押し出されてあまい蜜が滴り落ちそうだと思ったぐらい、とろけた視線だった。

    「あんたの、ぜんぶ。オレにください、おひいさん」

     いますぐにぜんぶ、食べてください。そういうこの子と。いますぐにぜんぶ、食べてしまいたい。そういうぼくの気持ちが重なってひとつになる。
     勝ち気にくちびるの端を持ち上げて笑う、その表情ひとつ取っても、きみはとってもぼく好み。

    「……、ふふ。きちんと言えてえらいね、ジュンくん」
    「そうでしょう。オレちゃあんと言いましたからね。言ったらくれるんでしょ、おひいさん」
    「うんうん、言えたいい子にはご褒美をあげないとね」

     たっぷりゆっくり、とろとろと。ぜぇんぶとろかせて、おいしく食べてあげる。
     ジュンくんのくちびるが懐いたままの手のひらをするりと彼の後頭部に回して、くしゃりと一度髪をかき混ぜて。地肌を掻くようにして引き寄せて、ぼくを求めて薄く開いたジュンくんのくちびる──を通り越して、鼻先にくちびるを落とす。途端にジュンくんは面白くなさそうな顔になって、唸り声を上げた。
     あはは、拗ねてる拗ねてる。
     ジュンくんの身体にくっつけていたぼくの手を一度ぜんぶ離してしまえば、ジュンくんは慌ててぼくの服を掴んだ。なんで。ひどい。くれるって言ったのに。眼差しが雄弁にそう語っている。
     ぼくは、必死に頑張ってぼくに「行かないで」と伝えてくるジュンくんの手を取って恋人つなぎにつなぎ直してあげると、ソファから立ち上がった。
     だって、ジュンくんのお部屋のソファは固くって、きみを押し倒して抱きしめるのにまったく相応しくないんだもの。仕方ないよね。
     ジュンくんも同じく立つように手を引っ張って促して、離れるのを厭うようにぎゅうぎゅうと握りしめてくるジュンくんの手の甲を指先であまく掻く。
     言葉がなくたって、手の動きだけでも気持ちは伝わる。甘やかすようなその動きと、ぼくの行き先が自分のベッドであることを確認したジュンくんは強張っている、といってもいいくらいに力を入れていた指先をゆっくりと弛緩させた。分かりやすくてとってもかわいい。
     ソファに対面するように置かれたテーブルにぽつんと置き去りにされたジュンくんのスマホが、こはくくんからの通知を示しているのを視界の端に収めて。ぼくはジュンくんと手を繋いだままベッドに飛び込んだ。
     彼、今日は帰らないんだって。
     それなら今夜は、このまま。ぼくのすきなジュンくんの手に触れて、手で触れてもらって、たくさんたくさん愛し合おうね。
     ぼくよりも骨の太い指、少し角張った爪。男の子らしい形の指先にキスすれば、ジュンくんはこっちくちびるにもキスしてくださいよ、と笑った。
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