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    𝕤 / 𝕔

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    ⇢ひよジュン

    つばさのなごり ✦ ✦ ✦

    「おひいさん?」

     ぼくを呼ぶ声と共に、翻る。まっすぐに伸びたきみの背中が、すきだ。


     ぼくが拾ったばかりの頃は姿勢が悪くて、猫背気味だったジュンくんの背中はいまやぴんとまっすぐに伸びて、きれいな姿勢になっている。
     まばゆい光を浴びて、アイドルとしてステージに立っているときのきみはどこまでもまっすぐで、きらきらと煌めいて。たくさんの声援を、愛を受け止めては同じものを返そうとしてくれる。すべてがまっとうで純正で、自分の意思を貫く姿が、その背中に表れている……といえば褒めすぎかもしれないけれど。
     それでも、ぼくはそんなジュンくんの背中がすきだった。
     なんでそんなことを考えているのかって? それは目の前でジュンくんの背中が惜しげもなく晒されているからだね。
     ES所属アイドルが行っているフィーチャーライブの次の担当はジュンくんだった。オフショット撮影で色々と悩んでいたらしいジュンくんが行き詰まらないようにこっそりと、というにはいささか大胆に、悩みすぎてキャパオーバーしないようにあれこれとちょっかいを掛けていた日々も少し前に終わった。
     いいものが撮れましたと件のプロデューサーちゃんに会った際に微笑まれたから、ジュンくんは無事に乗り越えられたらしい。よかった。ひとりで抱え込んで悩んでどうしようもなくなっちゃう癖がある子だから、過干渉もよくないと思いながらも、ガス抜きをしてあげた甲斐があったね。
     そしてそのジュンくんは今日フィーチャーライブで着る予定の新しい衣装の衣装合わせに来ている。なんでぼくも同行しているかといえば、時間が空いていたから。この一言に尽きる。ジュンくんからも「衣装できたらしいんですけど、おひいさん見に来ます?」と訊かれているからぼくがここにいても誰もなにも言ってこない。
     まあ、フィッティングルームにはぼくとジュンくんとプロデューサーちゃんしかいないんだけど。事前に「おひいさんも連れていきますねぇ」とジュンくん特有の少し語尾の伸びた口調で連絡をしていたのを見たから、プロデューサーちゃん承諾の上なのだろう。たぶん。
     さっきから話に上がっているプロデューサーちゃんは急ぎの用件が入ってしまったみたいで、見ているこっちがかわいそうになるくらいに頭を何度も何度も下げてつい先程いなくなってしまった。苦しいところや大きすぎるところがあれば手直しできますので、サイズ変更等ありましたら遠慮なくお申し付けくださいね! と去り際に一言付け足して。
     彼女は少しばかり仕事人間すぎるきらいがあるとぼくは思っている。仕事が楽しいのなら、なによりだけれど。
     ジュンくんとぼくのふたりきりになったフィッティングルームで、ジュンくんは衣装を着て動きに支障がないか、くるくる回ってみたり軽く踊ってみたりして確認している。ぼくから見てサイズに問題はないと思うんだけどね。
     実際問題がなかったみたいで、ジュンくんはひとつ頷くとぼくに顔を向けてにっと目を細めた。

    「どうです? 似合いますか?」
    「うんうん、そうだね。似合ってるね! とっても露出が多いけどね!」
    「そうですかねぇ〜?」

     ジュンくんはわりと肌を出す衣装が多いから、基準がおかしくなっちゃってるのかね。
     ジュンくんがくるりと回る度に、背中のラインを強調するように露出させている健康的な肌の色が黒い衣装に生えてとってもきれい。きれいなのだけれど。背中だけじゃなく胸元も腕も露出しているし、本当にちょっと露出が多すぎるね。
     軽く仰け反るような恰好になって背中のチェーンを確認しようとしているジュンくんの、浮いた肩甲骨に目を奪われる。
     ジュンくんの衣装は、背中の一部だけを切り抜いたような意匠をしているから。まるで、背中の翼を出すための意匠みたい。
     飛んでいっちゃうの? ぼくの傍から、遠い空に?
     なんて、そんなことあるはずがないのに。空想じみたことを考えてしまったのをごまかすみたいに、無防備なジュンくんの背中を指でツッとなぞり下ろしてあげる。そうすればくすぐったがりのジュンくんはびくんと背を反らしてびゃっと飛び退いて、背中を庇いながらぼくを睨みつけた。

    「GODDAMN! なにするんすか」
    「変なところに穴が空いているから、触ってほしいんだと思ったね」
    「どういう思考回路してたらそうなるんですか」

     なに言ってんだこのひと。隠そうともせずに顔にそう書いてあるジュンくんの言うことはまるっと聞かなかったフリをする。ジュンくんの背中を思い出しながら、そういえば、と口のなかで呟いた。

    「ねえ、ジュンくん。人間の肩甲骨は、つばさのなごりなんだって。そういう話があるのを知ってる?」
    「はぁ? 天使みてぇに羽が生えてたっていうんですか? 人間に? ンなわけないでしょ」
    「ふふ、そうだよね。ぼくもそう思うね。人間には空は飛べない。どこまでも地を歩いていくしかない生き物だね」

     でも、だからこそ。やっぱりきみに翼が携えられていなくてよかったとも思っている。空想じみたことだと思ったばかりなのに、一度捕われてしまった思考は同じところをぐるぐると巡る。
     もしおとぎ話のような言説が正しくて、その肩甲骨から翼が生えることがあり得るのなら、きみの背中に生えている翼はきっと、まっしろでうつくしいのだろうね。一度血で穢れて飛べなくなってしまったぼくにはまぶしいくらいに。
     けれど、ぼくにもきみにも翼はない。背中にあるのは羽の形にも似た骨だけ。人間に空は飛べない。その言葉のとおり。
     だからふたりで歩いていこうね。手を繋いで、どこにも行かないように迷子にならないように。ぼくたちふたりでどこまでも。それこそ、死がふたりを分かつまで。なんちゃって。
     ぼくがこっそりと微笑むと、ジュンくんはああ、でも、と言葉を継いだ。なぁに。視線だけで問うぼくに、ジュンくんの視線が絡まる。透明度の高い、澄んだ光の色のひとみがぼくを認めてやわらかに綻ぶ。

    「おひいさんが太陽みたいに高いところでふんぞり返ってるっていうんなら、オレはそこまで飛んでってやれるように羽が欲しいですねぇ。あんた寂しがりでしょう? ひとりぼっちで空に浮かんでるあんたのとこまでひとっ飛びできる、特製の羽が欲しいです」

     まあ、現実問題オレたちはここ地面にいるんで。そんなの必要ないっすけどねぇ。
     ははっと声を上げて無邪気に笑う、ジュンくんのにっこりたわんだまぶたのラインに。ぼくはもう、バカみたいに胸がきゅんと締め付けられてしまう。
     ジュンくんはたまに、なんの気もなくこういうことを言ってくる。信じられる? これで口説いてないんだって。ぼくが見つけて掴まえておかなかったら、ジュンくんはいま頃何度修羅場を経験していたのだろう。いまのジュンくんはぼくのものだからそれはいいんだけど。でもよそでこういう言動をするのは許さないからねジュンくん。
     はあー。思いっきり溜め息を吐き出す。えっ、いきなりなんすか。ジュンくんに怪訝な顔をされたけれど気にしない。なんでもないよ、すきだなあって思っただけだからね。言ってはあげないけど。
     首を傾げているジュンくんを手招きして呼び寄せる。さっき背中をなぞられて飛び退いたのに、もうなんの警戒もなくトコトコ寄ってくるかわいい子の手首をそっと掴んだ。そのままくるんと、社交ダンスをするみたいに身体を回転させて後ろから抱きしめる。筋肉のついた身体は締まっていて固いけれど、あたたかい。
     ぼくに触れている、まっすぐに伸びた、この背中がすきだ。ジュンくんそのものみたいな背中が。だいすき。
     黒衣の間から覗く素肌に、つばさのなごりにそっと口付ける。ぼくたちに翼はない。いらないとも思っている。それでもきみがぼくのために羽撃こうというのなら。ぼくはきみのために祝福を贈ろうかな。
     きみの人生がどこまでも遠く高くまで、なんの憂いもなく羽撃いていけるものでありますように。
     ちゅ。かわいらしいリップノイズを最後に身体を離してあげれば、ジュンくんは身体を翻してぼくに喚きたてた。

    「ちょっとぉ! おひいさんいま、痕つけました」
    「あはっ、ジュンくんはどう思う?」
    「それオレが訊いてるんですよねぇ〜」

     本当は痕なんてつけていないのだけれど。きみが気にして顔を赤く染めているのがかわいいから、しばらくからかってあげようとぼくは心に決めた。
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