これからもずっとあなたの傍に ✦ ✦ ✦
拾ってきた野良の獣が懐いたと分かる仕草をしたときの感動って、たぶんこういう感じなんだろうね。
我が物顔でごろりとぼくのベッドに寝転がってスマホをいじっているジュンくんの横に、そんな感想を抱きながら腰掛ける。なだらかな曲線を描く背中を指で辿れば、弾力のある肉の下でぽこぽことした背骨の感触が指を楽しませた。
なんですか、とも、邪魔しないでくださいよ、とも。どちらとも取れる表情になったジュンくんが寝そべったままぼくを仰ぎ見て、そのひとみにぼくしか映っていないことにひどく安堵して、そして歓喜する。
ずっと以前、ぼくらが出会ったばかりの頃。寮でふたり暮らしをしていた頃はジュンくんの世界はとっても狭くって、玲明学園の寮室はぼくらの箱庭だった。他人との交流をジュンくんがそこまで積極的にする性質ではなかったというのも大きな要因だと思う。……まあでも正直、あの頃のあの学園で交流をして益のある人間関係を築けたのかといえば甚だ疑問なので、当時のジュンくんの選択は正しいといえば正しい。
だから、あの頃のジュンくんのこのひとみはいつだってぼくしか見ていなかったのだけど。抑圧されていた環境下から解き放たれて自由になったジュンくんはきらきらと煌めいて、色々なひとと関わるようになったからぼくは気が気じゃない。ぼくだけを見ていてねと、あれだけ繰り返し教えているっていうのにジュンくんったら聞きもしないんだから。
今日だって、そう。今日はこの子の誕生日。
ジュンくんの誕生日は〝アイドルの漣ジュン〟として名が広まるにつれて、どんどんとお祝いに駆け付けるひとが増えていった。昔は自分のことをうまく愛せなかったジュンくんは自分の誕生日もそんなにすきじゃなかったらしいけれど、最近では屈託のない笑顔で祝われているからまんざらでもないのだろう。
それを見ると、よかったな、と思う。彼のことを愛してくれるひとが増えたのは、とってもしあわせなことだね。……ぼくをいちばんにしないのは、とっても悪いことだけど。
ESでのバースデーイベントとパーティーを終えて、こうしてジュンくんをぼくの部屋に呼んだのだってぼくだけを見ていてほしいという感情の発露だ。ジュンくんのお誕生日だからジュンくんがなにをしたいかを訊ねるべきなのに、ジュンくんがぼくを許すから。ぼくはいつだって、ジュンくんの誕生日の終わりにはふたりきりでいることを望んでしまう。
このぼくがジュンくんの傍にいてあげるんだから、泣いて喜ぶべきだねと。声高に告げるのももう慣れたものだ。──とうのジュンくんはようやくぼくの部屋でくつろぐことに慣れたようだけれど。
こちらに視線を向けたままの、ちょっとつらそうな角度で首をひねっているジュンくんの頬をそっと手のひらで包んであげる。つん、と生意気に眦の跳ねた切れ長の目の縁、色濃く生え揃ったまつげを指先でそろりと撫でれば、ジュンくんは仏頂面をやめてささやかに表情を綻ばせた。
「も〜、なんなんすか。くすぐったいんすけど」
「ジュンくん、くすぐったがりなの全然直らないね」
「どっかの誰かさんが変な手付きで触るからでしょ〜?」
ごろん。ジュンくんが寝そべった体勢から仰向けに寝転がる。そうしているとお腹を出して撫でて撫でてってしてくるメアリみたいでかわいい。
だからかわいいと思った感情のままに離れてしまった手を再度伸ばして、ジュンくんの頭を撫でてあげた。やめてくださいよぉ。ジュンくんの拒絶の言葉は端がまぁるくて、嫌がってなんかいないことは明らかだ。
くすくす笑っているジュンくんの、お風呂に入って普段よりは毛先の大人しくなった髪を一房掬ってぼくも微笑む。
「ジュンくん。今日、楽しかった?」
「う? ああ、誕生日ですか? そりゃ、まあ。うまいもんもいっぱい食べられましたし、プレゼントも山ほどもらっちまいましたしねぇ〜。身の丈に合わない、って感じです」
「もう、きみはいつまで経っても自己評価が低いね! ぼくの相方なんだからもっと胸を張ってほしいね!」
「……相方だけじゃないでしょ。こないだからさあ、オレたち、恋人、じゃないんですか」
ね、おひいさん。
声を、ひそめて。ぽつんとぼくを呼ぶジュンくんに、思わず瞠目。ぱちんとまばたきする間になんとか投げ付けられた言葉を飲み込んだぼくがなにか言葉を返すより、焦れたジュンくんが動く方が先だった。
腕を掴まれて、引き倒されて。咄嗟に両手を付いて倒れ伏すのは避けられたけれど、ジュンくんに乗り上げてしまうような体勢で。危ないね、なにをするの。そう言い聞かせてあげようとしたぼくのくちびるが開くよりもはやく、ジュンくんが微笑んだ。
ベッドサイドの照明だけで照らされた蜜色のひとみが、とろ火に温められて溶け落ちる飴にも似て、とろり。笑みの形に細まる。
次いで掴んだままだったぼくの腕を伝って後ろ頭を指先と手のひらで包み込んで、そっと引き寄せたジュンくんがないしょ話をこっそり教えてくれるみたいに。吐息でこわいろのけぶる、低くてあまい声で囁いた。
「オレのぜんぶ、もらってくれますよね。おひいさん」
あんたにだけ、ぜんぶあげるんで。
そう言って表情をとろかせる、その顔の、ああなんて蠱惑!
ついこの間までそういった経験のなかった子なのに、一度でこんなにも艶っぽい表情を覚えるなんて。本当に育て甲斐のある子。そんなにぼく好みになってどうするの。
キスしてっていうみたいにして首を傾げてまぶたを伏せるその姿に、胸が痛いくらいどきどきときめく。かわいいぼくのジュンくん。かわいいかわいい、ぼくの恋人。
待たせるのもかわいそうで、小ぶりなくちびるにそっとキスする。やわらかい肉同士が触れ合う感触がきもちいい。もっとしたい。でもこのままなしくずしというのもさすがに、がっつきすぎているから。
ちゅ、とちいさな水音を立ててくちびるを離して、なんでやめるんですかと不満を訴えるかわいい蜜色のひとみを覆うまぶたに代わりに口付けた。
「ふふ。きみの誕生日なのに、ぼくがもらう方なの?」
「だっておひいさん、オレがおひいさんくださいって言ってもくれないでしょ? だから、オレをもらってもらう、っていうのがプレゼントでよくないですか。そしたら、どっかの素直じゃないひともお恵みを与えてくださるでしょうし?」
ニッと悪戯げに笑って見せる顔がかわいい。ベッドの上でジュンくんはどうやらとびきり素直になるタイプみたいで、ぼくのことを欲しいという態度を隠しもしない。
そんなに欲しがってくれるんだもの、与えてあげないとぼくの沽券に関わるね。そういう返しを待っているのであろうジュンくんは、年々ぼくに甘えて、そして甘やかすのが上手くなっていく。もう、きみなしじゃぼくはきっと、前よりうまく生きていけないと思う。
それくらいきみにぞっこんだなんて、バレるのが恥ずかしいから絶対口には出さないけれど。
ぼくの首に腕を回して、甘えるようにしてくちびるをぼくのものにくっつけたジュンくんがひとみを細める。ぼくしか見えていない、ぼくしか見てないっていう熱烈なまなざしで。
「……来年もその先も、オレのぜんぶもらってくださいね」
「……うん。ふふ、仕方ないね。やくそくしてあげる」
だからきみも、やくそくやぶらないでね。ずっとずっと、ずーっとこれからも。きみの傍にいてあげるから、ぼくの傍にいてね。
ジュンくんの喉に落としたキスに、そういうぼくの本心をすべて込めた。