拾弐重たい鉄の扉を開けば、中は空っぽだった。
かつては辛うじてあった、ベッドや冷蔵庫なんかの最低限の生活必需品もすべて外の廃材と化したのだろう。
そう考えるとこのコンテナ自体が既に塵の一つ。そんな暗い中に辛うじてて人が住んでいた形跡として残っている裸電球が灯った。
さてもまあ。
乱雑に開封されたコンテナボックスの中身を見て中原は苦笑を一つ。
「珍しく肉体労働するつもりじゃねえか」
「致し方なく、だよ」
武器弾薬、といえば聞こえはいいがマフィア時代に太宰がよく使っていた自動小銃とホルスター。そしていくつかの手榴弾だ。
「閃光弾に催涙弾もそろってるじゃねえか」
「君も持って行きなよ。今回は」
「わかってるよ」
言いながらベルトのフォルダーにいくつかの手榴弾を装着していく。
「地図は頭に入ってるだろう?」
「流石にな。ついでに大まかな経路も把握してる」
「君が正面から大暴れした後に私は別経路から侵入。セキュリティー排除のサポートがないのは流石に厳しいね」
「手前こそ場所把握してんだよな
「誰に行ってるんだい」
言いながら太宰は口元だけで綺麗に笑った。しかし、その瞳は闇を浮かべ笑みを裏切っている。だが、中原にしてみればよく見た顔で、そういえばこんな面は久し振りに見たなと呑気に思った。
背後から自分の手元を覗き込むようにして笑う太宰に、中原は鼻で笑って見せる。自分も似たような目の色になっているのはわかるが、表の世界に居場所を見出した太宰とは違い根っからの闇の住人。そうじゃない時のほうが少ないだろうと考えて見れば、なるほど、この男が組織を抜け、自分が残っていたのも頷ける。
きっと自分には表の世界で生きていくことは無理だろう、と。それは純粋な感想であった。
(白い襯衣にホルスターをつけ、固定する。そこに銃を入れた)太宰は、壁に無造作に刺さっている釘に引っ掛けていた黒いコートを手に取った。
黒い革のハーフコートは太宰がポートマフィアにいた頃に着ていた黒い長外套でも、探偵社で着ていた砂色の長外套でもない。それは中原同様、自分たちが所属を捨てたことを意味している。そしてその中がかつて太宰の友人が使用していたものであることに気付いた。
「会えたら早いって怒られるかな?いやでも正しいことをしたのだから文句は言わせないよ。それから背が伸びたから視線が一緒に鳴るだろうね。そうだ!一時的とはいえ中也と付き合っていたって話たらさすがに驚くだろう!」
はしゃいでいるのかやや早口で告げる太宰は過去を見ているのか、目を細めている。それを受けて中原も考える。
友人であった者たち。
「早いって騒がしそうだな」
ぽつりと呟けば太宰が興味深いというように視線を向けた。
「身長、はいいんだよどうでも。手前との関係は面倒くせえから教えねえ」
「面倒って酷いなあ。折角なんだし紹介してくれたまえ。『元カレの太宰治です』ってご挨拶するから」
「しねえよ!」
「酷い!私を弄んだのだね?!」
「弄んでたのは手前の方だろうが!クソ太宰」
「やだなあ、君が勝手に弄ばれただけなのに私のせいにしないでくれ」
やれやれと肩をすくめて首を横に振る太宰に中原は殴り掛かりそうになる右手を、左手で抑える。それを見て人とおり鼻で嘲り満足した太宰は視線を柔らかくする。
「どちらにしてもゆく先は同じだ。集合したら賑やかに打ち上げといこう」
「ま、それもそうだな」
太宰の言葉に同意して立ち上がる中原に、小型のポーチを投げ渡した。
「これは?」
「美人な女医さんからの選別の簡易救急セット」
太宰が告げるとその人物がすぐに思い至ったのだろう、中原は一つ頷く。
「止血剤と簡易の解毒剤。それから鎮痛剤に止血パットと包帯」
「さすが気が利く」
「だよねえ」
一瞬緩くなった空気。
太宰は外へと繋がる扉に手を掛けて中原を振り返る。その時には既に双人共に纏う空気は冷えている。
真冬を思わせる冷たさと熱帯夜を思い出させる夜を纏った双つの黒は、そのまま闇へと姿を消すのであった。