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    直弥@

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    直弥@

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    淡々と

    - 伍 -
     実際のところ、中原が勾留されていた時間は三日程であった。
     中原が完全に監視下に置かれている中でも発生した次の殺人。早々に釈放されることになった中原を見送りながら坂口は告げた。
    「できることならば、暫くは大人しくしていていただきたいものですが」
     その言葉に中原は口端を上げて見せる。
    「そりゃ、首領次第だな。まあ、そちらさんの捜査の邪魔にはならねえようには立ち回るさ」
     中原の言葉に坂口は暫し間を置き、一つため息を吐いた。こんな口約束ではなんの意味をも持たないことはお互い百も承知である。
    「あまりご無理はなさらずに」
     社交辞令か、将又本心か。強いて言うならば中原の動きにより、余計な仕事が増えないことを思って、という方が正しいのかもしれない。互いに互いのことを思いやる立場にもない。
     中原は煙草に火を付けると、軽く手を振り坂口の元から帰路へと付いた。
     そもそもに置いて、中原の存在そのものが国にとってはある種の爆弾である。
     重力使いは現在認められて居るのはたった二人、うち一人は六年前に死亡し、現在残っているのは中原だけである。そして、その出生こそ国にとって大きな意味を持っている。本来であるならば、国もしくは軍がその身柄を預かるべきなのだろうが、十五年前に起こった不測の事態により中原の存在は、一時所在不明となっていたのだ。その間に擂鉢街で仲間と共に育ち、七年前にポートマフィアへ加入している。
     どう言った経緯があったのかは不明であるが、中原はポートマフィアの首領である森鴎外へと一身の忠誠を捧げていた。況して、現在のポートマフィアはこの横濱租界に置いて裏社会を牛耳るだけに飽き足らず、政治経済をも支配している組織である。また、中原自身も幹部の、更に言えば、五大幹部の一人だ。こうなれば下手に手を出さずに、大人しく森のもとに居てもらって居るほうが国としても安心という判断が働くのは致し方ない。加えて、夏目が打ち立てたという、横濱を守る三刻構想の一端をポートマフィアが担って居るのであれば文句も言うまい、である。
     そんな背景など知らぬ存ぜぬ、と中原は森へと帰還を報告するためにポートマフィアの事務所へと足を運んだ。
     たった三日で何が変わるわけでもなく、一等地にことさら巨大に立つビルに足を踏み入れる。顔なじみの構成員が中原の顔を見て安堵の表情を浮かべながら一礼するのに、軽く挨拶をしながらロビーを通りエレベーターへと乗り込んだ。そのどれもが、いつも通りに塵一つおちて居ない清潔さを保っていた。
     硝子張りのエレベーターから見る街並みも、何一つ変わらずに出勤のラッシュを乗り越えて一段落をした落ち着きを見せている。しかし、それもやがて目視できなくなる程の高さまできたところで動きを止めた。
     停止時の僅かな振動の後に開いたドアの先には、毛足の長い絨毯がひかれた廊下。その壁は間接照明に照らされて、空間そのものが白乳色に浮かび上がっている。その壁は対戦車擲弾どころか、中原が異能を使って本気を出さねば破壊できぬものであった。
     そんな堅牢な壁に守られた先にあるフレンチドアの先が森の執務室である。
     その正面に立つ黒背広の構成員は、名目上は護衛、ではあるのだが実際のところここに入り込めるような人間は滅多に居ない。全く居ないと言い切れないのは、つい先日、探偵社の一人にしてやられたからだ。共喰いというあの事件は中原にとっては最初から最後まで忌々しいことこの上なかったが、それについては誰も何も言わないので、中原自身も胸にしまって置くより他ない。
     さても、扉を開けて見ればこちらもいつもの通り。
     森寵愛の少女と、それに振り回されている中年男性の姿。ポートマフィアではいつもの光景と、帽子を外しながら中原は一つ笑みを零す。本日は、十時のお茶の茶請けについての攻防のようだ。
    「首領。中原中也帰還いたしました」
     大量の洋菓子と、白磁に美しく細やかなさざなみのようなレリーフが特徴の茶器が並ぶテーブルに着いている少女、エリスとその横で眉を落としながらご機嫌伺いをしている中年男性の森に声をかける。エリスは磁器人形のような愛らしい顔に浮かべて居た、つんと不貞腐れた表情を一変させて無邪気な笑顔を向けてきた。それを受けて、一際、情けない表情を浮かべた森も、すぐに中原の姿に視線を向けると微笑む。
    「やあ、お帰り。中也君」
     二人の視線を受けて中原も一つ、頭を下げるのであった。
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