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    sk_saniwa

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    sk_saniwa

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    くにちょぎオンライン企画「涼風に揺れる金と銀」、開催有難うございます!
    遅刻参加もOKという優しさに、遅ればせながら「ソーダ水」にて参加。

    #くにちょぎ

    夏色ソーダ晴天の昼下がりは、容赦なく、太陽の光が地面を焼く。日中で、一番気温が高くなるこの時間は、まさにうだる暑さで、まさに炎天下と呼ぶに相応しい。
     外では、蝉がこれでもかと鳴いている。

     夏だ。
     紛う事なき、夏。

     少しばかり本丸が静かなのは、この時間、短刀達の多くは昼寝をしていて、外作業の内番も休憩時間になっているからだ。
     うだる暑さの中、自室の卓袱台に凭れ、涼しげな蒼の瞳がじっと見詰めるのは、一本の瓶だ。

     水色のような。
     緑色のような。
     二つを織り交ぜたようなそれは、昨日出掛けて夜店で買った、ラムネの瓶だ。

     結露に濡れた、夏色の瓶はどこか涼やか。
     摘まんだように窪んだそこには、ガラス玉。
     幾つもの気泡が、瓶の中で立ち上り、しゅわしゅわ、ぱちぱちと弾ける。

     ――あんたは、こっちにしろ。
     ぱちりとはじける気泡に、脳裏に蘇るのは、昨夜の記憶。

     ――…大分酔いが回ってるだろう、あんた。
     ――ふわふわしてて、あぶなっかしい。

     昨夜は、万屋街で開かれる、夜祭りの日だった。
     主の意向で、厨番はなしとされ、各々に渡された小遣いを手に、夕飯を調達することになった。夜祭りで済ませるもよし、数人で集まって店に行くもよし、買い出して本丸で食べるもよし。各々が、思い思いの服装に着替えて、束の間の夏の夜遊びと自由を楽しんでいた。

     長義は、最初こそ長船の面子と出向いていたが、夜店で缶ビールを奢られた辺りから、何となく隣に国広がいた。

     缶ビールと大ぶりの肉が刺さった櫛に齧り付く。
     タレが付いた唇を、無造作に親指で拭って舐め取る仕草が、いやに男臭くて。
     遠い昔、小田原の空の下で時を過ごしたあの子が、まさかこんなになるなんて、などと今更な事を思った。

     表情の読みにくい表情筋、ああ言えばこう言うで言い返すことに臆しもしない可愛げのなさ。
     不満を上げればあれこれあるけれど、では今の国広は本当に不可なのか。もしそうなら、国広のことなど歯牙にもかけないし、完全に自分よりも下の何かとして接していたし、話は簡単だったろう。

     でも、そんなことは望んでいない。

     自分という刀への、畏怖畏敬と憧憬を込めて打たれ、傑作と言わしめた刀。
     であれば、それに相応しい成長を求めるのが世の常だ。
     彼は、その期待に応える刀に成長した。

     そうでなければ、憎まれ口も、小言も言わないし、指先に触れることも、手を繋ぐことも、許しはしない。
     まして、並び立つことも。

     本当に偽物なら、偽物君などとは呼ばない。
     偽物では無いから、偽物君と呼ぶのだ。

     そう呼ぶに足る、自分の写しだ。
     どこに出しても恥ずかしくない、偽物君で、写しで、恋刀だ。

     ――どうした?
     自分を見詰める視線に気付いた国広に、何でも無いと言って、長義は笑う。

     それに、少し国広は目を見張った後に、珍しく落ち着かない様子を見せた。
     少し待っているように言い置いて、国広は離れると、直ぐに戻って来た。

     手に持っていたのは、ラムネの瓶。
     それを国広は長義に持たせると、持っていたビールの缶を取り上げて、一気に飲み干してしまった。

     それに文句を言うと、既に酔っ払ってふわふわしてるからだ、などと言うものだから、面白くない。先程の、国広の高評価が、駄々下がりだ。

     一体何を根拠にそんなことを言うのかな、と、少し苛立ったようにそう言うと、ラムネ瓶を持つ手とは反対の肘上を掴まれて引き寄せられた。

     ――すまん、あんたの機嫌を損ねたいんじゃ無いんだ。その……あんたが、笑うから。

     それに、は?と返すと、耳元でボソボソと、国広が囁いた。

     ――何処か満足げで、嬉しそうな顔をするから。
     ――こんなところで、そんな顔をするから。
     ――あんたのそんな顔を、他人に、あんまり見られたくない。

     そう言った国広の顔をちらりと見遣れば、一気に飲み干したビールのせいでアルコールでも回ったか、微かに色が登っていた。

     名前も知らない他人への、小さな嫉妬。
     例え見られたところで、その顔を向けたのは他人にでは無く、国広への物。
     国広にだけ向けたものだと言うのに。

     ――もう、土産物を買って帰ろう。
     腕を掴む手に、少しばかり力が篭もる。

     ――あんたが欲しい物、俺が買うから。

     人混みの中、囁く国広の声は、どこか駄々を捏ねる幼い子供のような響きで。
     珍しく、感情を滲ませるその様子に、胸の内でパチパチと感情が瞬く。

     強請られるのは、満更でも無く。

     ――言ったからには、後悔するなよ。
     可愛げの無い言葉を口にして、視線を前に向け、ラムネの瓶を傾けた。

     冷たくて、しゅわしゅわと口の中で弾ける炭酸は、他の炭酸飲料よりも優しい。
     瓶を傾け、中で転がるガラス玉が立てる音も涼やかだし、何より、この夏の祭りに良く似合った。

     帰り道の道すがら、焼きそば、お好み焼き、おやき、林檎飴、綿飴を買い込んだ。
     自分が言い出した通り、文句を言わずに、ついでに自分の分も含めて、国広は全ての会計を払った。

     両手に、幾つもの袋をぶら下げて本丸に戻ると、そのまま長義の部屋へ行った。
     焼きそばや、お好み焼き。
     美味しそうなソースの香りがしていたのに、最初に手を伸ばしたのは、お互いに、だった。

     そうして、買ってきた屋台物の食事が腹に収まったのは、夜半を過ぎた頃。
     すっかり冷めてしまい、祭りのほとぼりも落ち着いてしまった中食べたそれは、味気なくてあんまり美味しくなかったが、二人で同じことを言う物だから笑ってしまった。

     真夏の、ある一夜の出来事だ。

     持ち帰ったラムネは、すっかり炭酸も抜けて、ただの温い砂糖水になってしまっていた。
     それに、少しばかり夢が覚めてしまったような切なさを覚えた。

     しゅわしゅわと立ち上る気泡が弾けて消える。
     まるで泡沫のようだ。

     厨で中身を捨てて、ラムネ瓶を濯いでいた長義は、そこで同じくラムネ瓶を手にした短刀達に出会す。
     何でも、ソーダ水をもう一度ラムネ瓶に注げば、また気分を味わえるのでは無いかという話になり、買ってきたのだと言う。
     長義の手元にラムネ瓶があるのに気付くと、彼等は長義の瓶にも、ソーダ水を注いでくれたのだ。

     それを手に戻って来た長義は、ラムネ瓶を卓袱台に置くと、そのまま気泡が弾ける瓶をぼんやり眺め続けていた。

     瓶の向こう側は、開け放たれた障子戸の向こう、夏の庭が見える。
     夏だ。

     とはいえ、八月も後半、暦の上では秋となり、万屋街の夏祭りは、夏が終わりに近づいている合図でもある。

     毎日暑くて暑くて、いつまで続くのかと辟易とした夏も、終わる。
     一日は長くとも、振り返れば、それは一瞬。
     様々な出来事も、浮かんでは消える気泡のようだ。

     その中には。
     昨晩の、頬を紅くした国広や、強請るような声や、引き寄せる掌の熱さや、肌に触れた熱の記憶、そして、嬉しさや、少しの苛立ち、満たされる気持ち、愛しさと言った、心の煌めきもある。

     耳慣れた足音が一つ、近づいてくる。
     かさかさとビニールの音と共に、程なくして、その足音は部屋の前で止まる。

     「山姥切?」
     卓袱台に突っ伏したまま、ラムネ瓶をぼんやり見遣っている様子に、国広は首を傾げる。

     「どうした、大丈夫か?熱気にのぼせてないか?」
     冷房をこよなく愛する長義が、障子戸を開けたまま、扇風機一つでそんな様子だ。
     熱中症を心配したのだろう国広を見遣って、長義は言った。

     「平気。ただ、夏の思い出に浸ってるだけだよ」
     「夏の思い出、か。それなら、思い出をもう一つ」

     部屋に入ってきた彼は、ビニール袋から取り出した物を、ラムネ瓶の隣に置いた。

     「あの時の、かき氷だ」
     それは、一寸名の知れたメーカーのかき氷で、先日一人で食べていた国広から、味見と称して半分を食べたのは、まだ記憶に新しい。

     「二振り分買ってきたから、一緒に食べよう。俺にも、夏の思い出を一つ与えてくれ」
     「殊勝な心がけだね、偽物君。それなら、いいよ」

     「冷房付けるか?」
     「かき氷食べるんだから、このままで良い。それにお前、冷房あんまり好きじゃ無いだろ」

     そういって、長義は起き上がると、自分の分を引き寄せて蓋を開け、プラスチックスプーンでかき氷を掬うと。

     「ん」

     側に腰を下ろした国広に差し出すと、彼は驚いたように瞬きを一つ。
     「買い出しの、お駄賃だよ」
     そう言うと、ゆっくり口を開いた国広に、スプーンを差し入れてやると、微かにスプーンに歯を立てたような感触と共に、最初の一口目が消えた。

     心の中で、気持ちが瞬くのを感じながら、長義は氷菓を口に運んだ。

     ラムネ瓶の中で浮かび上がる気泡の揺らめきに、思いを馳せる思い出が、また一つ増えたのだった。
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