謝罪までが喧嘩のうち 燐音くんと殴り合いの大喧嘩をした。
「……悪かった」
先に折れたのは燐音くんだった。鼻血を手の甲でごしごし拭いながら、俯きがちにそう謝った。僕は、そこでやっと呼吸を取り戻したように息を吐いた。そして
「……僕も、悪かったっす」
と、振りかぶっていた拳を下ろし、解いた。
なにが原因で喧嘩になったんだったか、今となっては記憶が無い。そもそも、僕は燐音くんと普通喧嘩なんてしない。そう、喧嘩はしないのだ、両者が同等に怒るようなことなんて、無いのだ。なのに、どうして今回に限ってこんなことになったのだろう? 燐音くんはシラフだし……もちろん僕もだ……特に苛立っていたとかそういうわけでもない。
「ニキ」
唇の右端を切っている燐音くんが僕をじっと見据える。じぐじぐと痛そうで僕は、でも僕がこれをやったんだよなと思った。まさか自分があんな風に力を振り絞ることになるなんて。
「なんすか」
「悪かった、ほんとうに」
「良いんすよ、別に……それにお互い様でしょ……」
僕は頭ががんがん痛むのを感じていた。そういえば、燐音くんに髪を引っ掴まれてそのまま壁に打ち付けられたっけ。燐音くんは随分と喧嘩慣れしてるみたいで……それもそうか、と燐音くんの故郷のことを思い出した。もっとも、燐音くんが故郷でしていたのは喧嘩というものではないのだろうけど、こんな形で活きることになるとは本人も思っていなかっただろう。
「それにしても」
燐音くんが少しだけ腑抜けたように笑う。
「ニキ、意外と強いな」
「そうっすか」
「正直ビビった」
そんな風には到底見えなかったが、こんなところで嘘をつく理由も無いだろう。僕は、そうかぁ、なんて独りごちながら、力がいまいち入らない手を握ったり開いたりしていた。
「なァ」
「なんすか」
沈黙。燐音くんとずっと目が合っている。燐音くんがずたずたの口を開いて、言った。そして僕は、あぁそうだったと思った。
茶番も良いところだ。