他に知るつもりも無い「傑のキスって苦いよな」
傑のベッドに勝手に横たわる悟が、不意にそう沈黙を破った。足元の方に腰掛けていた傑が、はぁ、と悟に目を向けると、サングラス越しでない悟の瞳がこちらを見据えていた。キスのときにする熱っぽい瞳ではなかったので、傑は面白半分で、
「私以外とのキスなんて知らないくせに」
と鼻を鳴らす。悟は「うるさいな」と頭を掻いた。
「とにかく、苦いんだよ。なんつうか、唾液が?」
「ふぅん……」
そんなところにまで意識を向けているようには見えなかったけどな、と言おうと思い、火に油を注ぐだけだと考え直した。
「その様子だと、あまりお好みではないようだね」
「苦いのが好みな奴なんているかっつの」
「いるさ。悟は子ども舌だね」
「ちぇ、悪いかよ」
「いいや?」
ふむ、と傑は一房の前髪を触りながら思考する。
「でもそうだね……せっかくだし、悟にとっても好ましいものが良い」
傑はベットの上に座り直す。悟がちょっと起き上がる。
「傑にしては思いやりのある発言だな」
「私はいつも思いやりがあるよ」
「言っとけよ」
「悟」
ころん、と甘味。制服のポケットに入っていた飴玉、殻はとりあえず放っておきながら、悟と距離を詰める。悟が、なに、と近づくたびに言うのでおかしくて、愛しくて、
「すぐる、」
と名前を呼ぶのを押し込めるように口づけた。唇の隙間を舌先で舐めると悟は恐る恐る口を開くので、そこにすかさず飴玉を押し込む。んぐ、と驚いた声がした。ちゅ、ちゅ、とリップを繰り返しては口内に舌を差し込み、先ほどの飴玉を攫う。いちご味だったんだなぁとこのときに気がつく。何度か飴の応酬をしているうちに悟の瞳が熱を帯びてきた。その美しい蒼がじんわり溶けていくのが、堪らなく気持ち良かった。
何度目かの飴玉の誘拐を果たした傑が、ふ、悟から離れる。悟は、少しだけ名残惜しそうに唇をまごつかせた。かわいい、かわいいな、悟。傑はくっくと笑う。
「ほら、悟」
がづん、噛み砕いたいちご味。悟が目を瞬かせる。
「これより甘いキスを、見つけてご覧」
にこ、と善良に笑って見せたのに、悟は応えなかった。それどころか、口をむぐむぐもごもごさせて、きっといちご味の残りを堪能しているのだろう、それともそれに混ざる苦味だろうか。
「んなさぁ、翼を折って逃がすようなことすんなよ……」
「ふふ、悟にしては随分と詩的な表現をするね」
口の中で粉砕されたいちごの味には、悟の甘い唾液の気配が豊満に混ざっていた。