一生残らない「悟」
無視した。悟は自分の胸元にできた瘡蓋を触っていた。かり、かり、と無機質な音が部屋に響く。
「悟、やめな」
「んー」
「やめなさい」
「ん!」
びり、と破れたような気配。目を向ければ瘡蓋だったそこはまた傷跡に戻り、血が出ていた。それを認めたのは傑も同じで、
「あーあ、知らないよ」
と溜息をつく。悟は血を指ですくって舐めて、すくって舐めて、を繰り返す。傑が手首をぎゅっと取った。
「それもやめな。悪い癖だよ」
「いーじゃん別に」
簡単に振り払える力しか込めていなかったあたり、本気で止める気だったわけではないのだろう。
「傑が痛いわけじゃ無し」
「心が痛むってものさ」
「心なぁ」
外は初雪を披露していて、そのおかげか妙に静かだった。傑の部屋には暖房がうぉんうぉんと稼働する音だけが断続的に響いて、しかし些かの肌寒さを横たえていた。
「そんな格好で寒く無いの?」
未だ下着一枚しか身にまとっていない悟に傑は尋ねる。
「まだ身体ぽかぽかしてる」
「そう」
ひとしきり血を舐め終わって満足した悟が、今度は別の瘡蓋を剥がし始める。太ももについた引っ掻き傷の名残だった。それは数日前についたもので、隣には新鮮な同じ傷が跋扈していた。
傑はがしがしと頭を掻く。
「だから、やめなったら」
「だってこうでもしねえと傷って治るじゃん」
「当たり前だろう」
「俺は」
不意にふたりの目が合う。
「傑がくれたもの、ぜんぶとっておきたい」
「つまり、傷跡もとっておきたい、と」
「そ」
「変わってるね」
傑はベッドに頬杖をついて呆れたように言う。
「俺を殴ったり引っ掻いたりして逸物勃たせてる傑も大概変わってる」
「私に殴られて喜んでる悟はもっと変わってる」
「そんな俺を見てすげえ喜んでる傑はもっともっと変わってる」
「もうやめないか? こんな言い合い」
傑は肩を竦めて再び悟に背を向けた。ベッドの上にどんと座る悟はまた瘡蓋剥がしに勤しむ。
「悟」
肩越しに視線をくれた傑は、少しだけその頬を赤らめていた。
「どしたの」
「……そんな風に残さなくたって、お望みならばいくらでもくれてやるよと思っただけさ」
ぱち、と悟は目を瞬かせる。傑の黒い瞳が凛とこちらを見据えていた。
悟はふと笑う。
「ほんと?」
「嘘をついてどうするんだ」
「ふぅん、そっかぁ」
悟の頬が緩む。それを見て傑は「なんだいそんな笑って」と喉から声を出したが、悟は「なんも!」と嬉しそうに、嬉しそうにだけした。