溶解、淡白な愛「ハァ〜〜疲れた……」
風呂上がり、髪を乾かすのもそこそこに燐音は布団にぼすりと倒れ込んだ。先に座ってなにかしらを食べていたニキが「あーっ」と声をあげる。
「まだ髪濡れてるじゃないっすか! もー、布団濡れちゃうでしょ」
「いいじゃねェかよ、別に……俺っちは疲れてんの……」
「珍しいっすね、燐音くんがそんなへとへとなんて」
「俺っちだってェ、人間だからァ、へとへとにもなんのォ」
「はいはい、髪乾かしてください」
「話聞いてなかったのかよ」
聞いてますよ、とニキは小さなゼリーを一口で飲み干す。もう何個目かも知らない。燐音はそれを見上げながら、ハァ、と息を吐く。
「ニキィ」
「なんすか」
「構ってくれよォ」
「あれだけ日中だる絡みしておいてまだ足りないんすか?」
「足りなァい、燐音くん癒しがほしい」
「癒し……」
ニキは手にしている新しいゼリーを見ては
「食べます?」
と差し出してくる。
「あのなァ、俺っちは癒しがほしいんだけど」
「食べることは最大の癒しっすよ」
「ニキにとってはそうかもしんねェけど」
「いらないなら僕がもらいます」
つるんとゼリーを食べてしまうニキ。たくましく生きてんな、と燐音は思う。
「ニキィ〜」
「あぁもう仕方ないひとだなぁ」
ニキは布団の上で燐音に向かい直して「ん!」と言いながら腕を開く。燐音は転がったまま
「ンだよ」
「ハグしましょ」
「ハグ?」
「ハグすると、ストレスが三分の一? 軽減されるらしいっす」
「ふぅん」
「この前テレビでやってたんすよ」
「ふぅん……」
燐音は起き上がり、ぽすりとニキの胸の中に収まる。ニキがそのまま柔らかく抱き締めてくれた。
「あー、やっぱり布団濡れてる」
「今はベッドより俺っちを見てくれよォ」
「もー、面倒なひとっすね」
「でもそんな面倒な燐音くんのことが?」
「嫌いっす」
「ひっでェ」
そんな会話をしながらも、ぽんぽん、とニキはずっと燐音の背中を撫でてくれている。ニキの高い体温と規則的な手つきに眠気が誘われる。くぁ、とあくびを噛み殺した。
「ここで寝ないでくださいよ」
「それはニキ次第」
「僕がどう努力したところで燐音くん、寝るときは寝るでしょ」
「よくわかってるじゃねェか」
ニキの肩に顎を埋めながら、鼻先をニキの後れ毛がほにゃほにゃと遊ぶのを感じている。ずっとこうしていたいとまで思った。
「愛してるぜェ、ニキ」
「なんすか急に」
「殺したいほど愛してる……」
ぐりぐり肩に顔を押し付けると、ニキが肩を回して抗議した。
「殺すなんて物騒なこと言わないでください」
「本気だって……」
顔をぐるんとニキの前に向けた、目が合った。ニキの水色の瞳がくるりとこちらを見ていた。
「なァ、ニキ」
「なんすか」
「愛してる」
「そうすか」
「俺っちに殺されるのは嫌?」
「殺されるのは誰だって嫌でしょ」
「知らね」
いよっと勢い良くニキを抱きかかえてそのまま布団にニキごとダイブする。うわっ、なんてニキは言いながら枕に頭を打ちつけたらしい。
「なにするんすか……」
「もしニキを殺したら、ニキは俺だけのモンになる?」
じぃっと見つめてみた。ニキはへにゃっと眉を下げて、困っているらしかった。
あのね燐音くん、とニキは諭すように口を開く。
「そんなことしなくたって」
ニキの瞳の奥が、
「燐音くんのものになら、なってあげるよ」
とろん、溶けた。
燐音の心の奥が、とく、と変に脈打つ。ニキが、あーもう、と目を閉じた。
「疲れてるんすね、僕も燐音くんも。もう寝ましょ」
「寝んの?」
「寝ます」
「髪乾いてねェのに?」
「明日の朝ひどい目に遭うのは燐音くんっすから」
おやすみなさい、とニキは自分の布団にいそいそ入る。燐音はその背中を眺めて、刺し貫く想像をした。そして、それはやっぱり違う気がして、ニキの言葉を素直に信じようと思った。
「おやすみニキ、愛してる」
「はいはい」
「……ニキ」
ニキは布団の中でもそり動いて、眠たげに……あるいは気怠げに……燐音を見つめた。
「はい」
「愛してる」
「……うん」
沈黙が走って、燐音が部屋の灯りをリモコンの操作で以って消した。ニキは黙っていた。燐音は布団に潜り、少しだけ湿っている枕に頭を預けた。
「……愛してます。だから、燐音くんも僕のものになってね」
暗闇の中で確かにニキが呟いたが、燐音は呼吸を乱しただけで、あとはなにも言えなかった。