C-razy「燐音くんと会うまで、こんな映画で泣くことなんて無かったんすよ」
ニキはすらりとした頬に一筋涙を流しながら、淡々とそう言った。燐音は、そのあまりにも端正な泣き顔を見ながら、ぱちぱちと瞬きする。
揶揄う気にもならない。
「俺っちのせいで泣いてんの? 恋愛映画なんつうもん観て」
「そうっすよ」
「それは」
燐音は一瞬押し黙る。
「謝れって言ってんの?」
「そんなこと言ってないっす」
エンドロールは退屈だった。感動的な音楽が鳴っていることは燐音にもわかった、それだけだった。
「でも、燐音くんのせいっす。ラブロマンスを観て泣くのも、恋愛小説を読んで唸るのも、街中のカップルに目を奪われるのも。ぜんぶ、ぜんぶ」
ニキは初めて燐音の方を向いた。両方の瞳からまっすぐ流された涙は顎を伝い、ぽたり、ニキの手の甲の上にちょうど落ちた。
「おかしくなっちゃったんすよ、僕」
ニキの静かな言葉、燐音は軽口を叩こうとして、すぐやめた、代わりにこんな言葉を吐いた。
「俺のせいで?」
「そう、燐音くんのせい」
ニキはソファに手をつき、身を乗り出して距離を縮めてきた。燐音は臆さずそれを受け入れる。ニキの後れ毛がはなりと垂れる。
「ひとへの気持ちなんて二の次だった僕が、初めて心動かされた相手。感情に怠惰だった僕を、おかしくした相手。それが」
ニキの気配が鼻先まで近寄る。
「燐音くんっす」
こつ、と鼻が触れて、そのまま柔らかく口づけた。すぐに離れて、燐音はニキを見ていたし、ニキは燐音を見ていた。
「責任とってね」
ニキがほんのり目を細めた。そこにはうっとりした感情が豊満に含まれていて、燐音のことをじゅうぶんに酔わせた。
ふたりぶんのコーヒーなら、もう冷めていた。