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    highdoro_foo

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    東京へ出て二人で生活することになった謙光が夜行バスで東京へ向かう小話

     二十三時過ぎ、謙也と光を乗せたバスはゆっくりと滑り出した。慣れ親しんだこの街にしばしの別れを告げる。車窓を流れる街の灯を眺めながら光はわずかながら感傷的になったが、すぐにカーテンを閉めた。
     京都を出て日付が変わる頃、アナウンスが流れて灯りが消えた。暗闇に目が慣れないうちに謙也の方を見ると、何も言わずに微笑んできたのがやけに鮮明に目に写り光は顔を赤くさせる。
     車内にはバスの駆動音と、乗客が身動きして衣服が擦れる音しか聞こえない。よく耳を凝らすと、やがて謙也の方からすうすうと寝息が聞こえてきた。眠るにかけてもスピードスターってワケですか。光は内心でぼやいた。
     普段であればまだ起きている時間、得意ではない乗り物での移動ということもあり、光はいまだ眠れずにいた。腕時計を見るとまだ半刻も経っておらず小さくため息をつく。常と言っていいほど眺めているスマホを封印された車内で出来ることはもはや何もなかった。無理矢理にでも眠ろうとして目を閉じる。
     それからどのくらい経ったか、バスが止まった気配がして目覚めてしまった。隣を見ると謙也の姿がない。休憩時間でトイレにでも行ったのだろうか。光もバスを降りた。
     駐車場に出ると、辺りは夜露でじっとりと湿った匂いがする。久しぶりに見た街路灯の光が眩しい。もやがかった向こうから背の高い影が見えた。謙也である。
    「財前もトイレ行くん?」
    「いや、外の空気吸いに来ただけっすわ」
    「なんや疲れてるな」
    「そりゃそうでしょ、もう二度と乗らん……ふあ……」
    「目閉じとったらそのうち寝れるって、さぁ、休憩終わってまう、戻ろか」
     バスは二人を乗せて再び動き出す。時刻は午前三時を過ぎようとしていた。
     目を閉じてしばらくすると、肘掛けの下から手が伸びてきて光の太ももをつついた。ぎょっとして謙也の方を向くと、暗闇の中で悪戯っぽく笑む顔がかすかに見える。謙也は同時に、もう片方の手を開いてみせた。光はふう、ともう一つため息をついて手を差し伸べた。
     手と手が重なり、謙也の体温が直に伝わってくる。光はまた目を閉じた。あたたかい。そう思ったのは単純な体温だけではなく、謙也の優しさが身に染みてありがたかったからだ。好きです、なんて柄にもないことを心の中で呟く。二人の呼吸はいつしか整い、微睡みに意識を手放していった。

     次に瞼を上げた時には空はとっくに白んでおり、停車地のすぐ手前まで来ていた。謙也はもう起きており、ふくらはぎと足首を揉んでいる。さっきの掌のぬくもりが夢の中の出来事であったかのように感じられ、しばらく光をふわふわとさせた。
     ほどなくして長旅は終わり、二人は東京の地に降り立った。早朝の空気は、ここが東京であることを忘れさせるくらい澄んでいる。身体を思い切り伸ばし、太陽に目を細めた。
    「これからどこ行こ?」
    「風呂っすかね。大きい風呂がいい」
    「せやな。折角やし家の近所に良い銭湯ないか探してみよか」
     そんな話をしながら改札を抜け、電車に乗り込んだ。二人の生活はこの地に舞台を移し、始まってゆく。暮らしは無論甘いだけではなかろうが、今の二人ならばどんなことでも乗り越えられる。そんな気がしていた。
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