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    frekiwolfodin

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    frekiwolfodin

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    2018年10月に支部にアップした作品に加筆修正したものです。ほんのりソーロキ風味、程度なので、パスワードなしで。
    ステイツマンの中でロキが回想している物語です。

    Birthday Party 晴れ渡った青空から温かな日差しが降り注ぐ自室の中で、ロキは文机に座って鼻歌を口ずさみながら、クリーム色の便箋の上にお気に入りの羽ペンを走らせていた。珍しく、とても気分が良かったのだ。時折サイドテーブルから魔術でティーカップを浮き上がらせ、口元に引き寄せて少し唇を湿らせては、またサイドテーブルにふわふわと戻したりもした。そのような術を使っている時も、唇にはかすかな笑みが浮かび、瞳は平素よりもキラキラと嬉しそうに輝いていた。いつもは不健康に青白い痩せた頰にもほんのり赤みがさしていた。目を上げるたびにそれが部屋の向こうの鏡に映っているのが見えて、柄にもなく幸せそうな自分に更に満足げな笑みを浮かべた。
     便箋に一通り書き終わると、畳んで宛名を書き、「誕生パーティー招待状」としたためて、蝋燭を垂らし刻印した。そしてちょっとその手紙を眺めて出来栄えを確かめ、机の端に山積みになっている同じような手紙の山にひょいと乗せた。

     アスガルドの王子ともあろうものが、自分で誕生祝いの招待状を自作するとはおかしな話だ。だがこれには訳があった。

    *****

     そもそもの始まりは、ソーの「誕生祝い」に対する不平からだった。

     ソーとロキは年子で、誕生日はひと月違いでロキの方が遅かった。だが国を挙げての誕生祝いの行事を一ヶ月おきにしていたのでは民や臣下も負担であろうということで、ソーの誕生日に合わせて合同で誕生祝いの祝宴を開くことになっていた。
     しかしソー は、それについて毎年不満を漏らしていた。ソーの成年式が数年後に迫ったある年の酒席でも、ソーは不機嫌に言い放った。
    「今年もロキと一緒くたにされるとはな。幼い頃ならともかく、一体いつまでこんな扱いが続くんだ。なんで俺だけの誕生祝いがないのだ!?この分では成年式もロキと一緒にされかねん」
     ミードをぐいっと煽ると、最近生やし始めた口髭を拭い、全ての元凶だと言わんばかりにロキを睨みつけてきた。酒場のテーブルで一緒に飲んでいた、三戦士とシフは、気まずそうに顔を見合わせた。ロキはすぐさま、取り繕った笑みを顔に貼り付かせた。
    「まあそう言うな兄上。自分だけの祝宴がなされないというなら私とてそうだ。それに臣下からの贈り物も祝いの言葉も何もかも、兄上中心だろう?ほとんど兄上のための祝宴ではないか。私は添え物、気にすることはないよ」
     ロキの巧みな宥めでいつもは落ち着くソーだったが、その日は違った。ソーはことに機嫌が悪かったのだ。その日の狩の成果が芳しくなく、勉学では魔術の師匠からも小言を受け、くさくさしていた。皆でこうして城下の旅籠で飲んでいるのも、主にソーの憂さ晴らしのためだった。
     ソーは相変わらずロキを睨みながら言った。
    「ふん、俺が中心なのは当然だ。長子だし、そもそも俺の誕生日なのだし。お前がいるから、俺だけの日にならぬ。お前は女みたいにコソコソ魔術を使うばかりで狩でも足手まといだし、何かと俺の邪魔になるばかりだ」
     ロキは黙って俯いた。ロキの魔術好きをあざけるのはいつものことだったが、二人の魔術の師からソーだけもっと励まねばならないと叱責されたのでますます当たりが強くなっていたのだ。ぎこちない沈黙が訪れたが、ファンドラルがすぐに朗らかな口調で言った。
    「なら、ソーの誕生祝いの宴を我々で開こうではないか」
    「我々で?」
     ヴォルスタッグが肩をそびやかした。
    「そうだ。少し前倒しの日程で開催しよう。廷臣たちの中で来そうな若い連中を見繕って招待状出して…気軽な、面白いパーティーにしよう。祝いの品とかはなしだ、その代わり愉快なだしものしたり、飲めや歌えや踊れやが中心で。堅苦しい公の祝宴よりよっぽど楽しそうだぞ」
    「あら、それはいい考えね。私も協力するわ」
     シフも微笑んだ。寡黙なホーガンですら、片頬を上げてニヤリと笑って賛意を示した。ソーはみるみる機嫌を直した。
    「さすがだ、我が友たちよ!お前たちが開いてくれるなら、きっと合同誕生祝いなんぞより何倍も素晴らしいものになるぞ!」
     ソーは三戦士とシフと握手を交わし、立ち上がって連れ立って、わいわい話しながら去っていってしまった。ロキは青白い顔をますます青ざめさせ、ひとりテーブルに取り残された。

     ロキは正直、合同誕生祝いはいやではなかった。兄と一緒に祝われることに不満を覚えないではなかったが、日頃は影が薄いロキが注目を集められる数少ない機会であったからだ。もっとも先ほどロキも言ったように、宮廷での人気の差があからさまに現れる場でもあった。贈り物の量や質はソー宛のものが遥かに凌駕し、挨拶の列もソーの方が圧倒的に長かった。だがそのようなことがあってもなお、自分が少しでもちやほやされる機会があること、何より兄と席を並べて宮廷の晴れがましい行事に参加できることが、嬉しいのだった。

     それだけに、ソーがそこまで祝宴を嫌い、一緒に祝われたくないという気持ちをあらわにするのは、毎度胸つぶれる思いだった。しかも先ほどの言い方は非常に胸に刺さった。
     …兄上は、私がいることで、人生を邪魔されているというのか——兄上は私がいなければいいというのか。私が生まれてこなければよかったのか。

     だがしばらくひとりで盃を傾けているうちに、今度は悲しみの代わりにふつふつと怒りが湧いて来た。
     譲歩しているのは私の方ではないか。自分の誕生日でもない日についでのように祝い事をされて、影のような扱いを受けるのは私の方なのに。私の方がはるかに我慢をしているのに、自分だけが割りを食っているような口ぶりで、全く馬鹿な兄上らしい。それに邪魔だというわりにはいつも私を連れ回して。狩の足手まといと言うなら、なぜ私の都合に構わず引っ張り出してばかりなのだ。兄上の取り巻きたちは決していい顔をしないのに…


     正式な祝宴よりひと月ほど前に開催されたソーだけの誕生祝いの席には、結局ロキはなんのかんのと言い訳して顔を出さなかった。いつもならそういう場合、ロキの部屋に押しかけて引きずってでも連れ出すソーだったが、その日は浮き立っていたせいか、特にやってきはしなかった。
     ひとり自室にこもってベッドに横たわっていたロキは、悶々としていたが、1つの思いつきをした——私だって、自分だけの祝宴をしても良いのではないか?

     そうだ、今までなぜ考えつかなかったのだろう。自分こそ、自分だけの誕生祝いの場を設けるのがふさわしいのではないか。本当の誕生日に開こう。兄上の宴のような品のないどんちゃん騒ぎではなく、もっと優雅に、でももっと面白く。
     だがどうやるかだ——兄上の場合はファンドラルたちが開いてくれた。
     自分は?親しい友人や取り巻きもいないのに?
     そうだ、自分で何もかも手配すればいい。友人なんぞがいなくてもちゃんとできるぞ。

     ロキは早速計画を練った。厨に指示を出して宴の献立を決め、招待状も、ひとりひとり文面を考えて自分で書いた。それが冒頭の手紙書きな訳だ。
     広間の飾り付けも自分で行った。最近開拓した西の山に咲いていた珍しい花や、ロキが自分で魔力を注ぎながら育てている、ほかの星から移植した、氷細工のようにきらめく花などをテーブルに飾りつけ、皆の驚き喜ぶ顔を思い浮かべた。また自分が最近習得した魔術でいたずらに使えそうなものを披露して、皆を腹を抱えて笑わせてやろうと思った。

     その日、飾りつけや料理の配膳が終わり、華やいだ広間にひとり立って、ロキはうっとりと見回した。やった。私でもできた。なんていい眺めだろうーー兄上の誕生日祝いよりずっと素敵で楽しい会になるぞ…

     だが。

     定刻の十分前になっても、ほとんど誰も来ていなかった。数人の貴族がまばらに座ってお互いをチラチラと見やっている。
     そのかわり、ロキの手元には従者から大量の返信が次々と手渡された。皆、様々な理由をつけて欠席を告げるものだった。

     ロキはわなわなと震えながら真ん中の席に座っていた。

     そしてとうとう定刻になった時、ロキは閑散とした広間に向かって叫んだ。
    「宴は中止だ!!!」
     そして従者たちの引き止めも聞かず、広間を走り去っていった。


     ロキは自室のベッドに身を投げ出して泣き咽んだ。従者が注進したのか、フリッガが顔をのぞかせた。そして後ろから腕の中にきつく抱きしめた。ロキはむきなおり、フリッガの肩口に顔を埋めて嗚咽した。
    「私は——そんなに嫌われているのでしょうか…宮廷じゅうの者から…」
    「ねえ、ロキ——仕方ないわ、初めての試みですもの」
    「兄上の方には最初から大勢の臣下が来ておりました」
     フリッガは頭を強く振った。
    「たまたまですよ。あなたの会には皆都合が悪かっただけです。
    さ、いつも通り、私たちだけでお祝いしましょうよ。あなたの生まれた、大事な大事な日ですもの、水入らずでお祝いさせてちょうだい。ね、あなたの好きなお菓子を焼いておいたわ、食べましょう」
     ロキは結局フリッガの自室に行き、小さなテーブルを囲んで、毎年ロキの本当の誕生日にするように二人で乾杯し、手作りの焼き菓子を食べた。ロキは母の手前もあって、つとめて楽しそうな笑顔を作った。そして実際、酒の効果もあってか、本当に少し楽しい気分になってきた。

     ところがロキがせっかくほろ酔い気分で戻ってきたのに、自室の扉を開けた途端、一気に冷水を浴びせられた気持ちになった。ソーがいたのだ。
     ソーはムジョルニアをいじりながら椅子に座っていたが、ロキを認めると立ち上がった。
     そして開口一番言い捨てた。
    「お前も誕生祝いの宴開いたんだってな。誰も来なかったそうだが」
     ロキは一瞬言葉に詰まったが、とっさに言い返した。
    「—— 誰もじゃない。結構来てくれてた。でも開催するほどじゃなかったから、取りやめたんだ」
     ソーは肩を揺らして一笑した。
    「どうだか。お前はすぐ嘘を言うからな。俺にかなわないのに、いつも俺に対抗して、くだらん見栄を張る。そういう姑息なところがいかん」

     ロキは頭がぐらっとした。

     馬鹿な兄上。馬鹿なソー。
     いつも適当なことばかり言って。考えなしのソー。
     でも私への嘲りはいつも的確だ。いつも。
     気にしなければいい、たわごとだと自分に言い聞かせるが、それでも言葉のひとつひとつが心に深く刻まれ、そこから血がじくじく滲み出していくのがどうにも止められなかった。

     黙り込んだロキに、ソーはゆっくりと近づき、うなだれた首筋に手を添えてた。
    「…誰なんだ、正直に言え」
    「…え?」
    「お前の招待に応じなかった奴らだ。俺が怒ってやる」
     ロキは唖然とした。
    「なんで兄上が怒るんだ…私の宴を馬鹿にしたくせに」
    「ああ、お前が俺の真似をしたことはばかばかしいと思ってる。お前は俺に比べて全く人望がないからな、成功するわけがない」
     ロキは唇を噛み締めた。ほら、優しい言葉をかけるフリをしてさらに傷を抉ってくる…
    「だが、お前をコケにする奴は許さん。お前を傷つける奴はただでは置かない」
     ロキは混乱してソーを見上げた。どういうことだ——兄上は私を馬鹿にしたいんじゃないのか。皆の人望のない私を嗤いたいのではないのか。
    「——そうか、弟の不名誉は兄の不名誉だものな。私を公にないがしろにしたということは兄上をないがしろにしたも同じということか」
     ソーは少しの間黙ってロキを見つめていたが、やがて頷いた。
    「…そういうことだ」
     ロキはため息をついた。三戦士やシフが馬鹿にする時もそのような気持ちになってくれるとありがたいのだが。まあいい。
    「別にいいよ…本当に都合が悪かった者もいたのかもしれないし。そうでない奴らとの区別は今となってはつかない」
    「だが」
     ロキは息を整え、にっこり笑顔を作って顔を上げた。
    「ありがとう、兄上。その気持ちだけで充分だ」
     ソーはたちまち笑顔になった。
    「そうか。な、気分を変えて、俺の部屋で飲もう」
    そしてソーはいつも通り、ロキの返事も聞かず手を引っ張ってぐいぐい部屋の外に連れ出していった。

    *****

     ステイツマンの中で、ロキはつらつらとそんなことを思い出していた。そろそろソーの誕生日が近く、移民船でも何か宴を設けようと、ヘイムダルやヴァルキリーたちと打ち合わせをしていたのだった。

     不意にクスクス笑いだしたロキに咎めるような視線を注いだヴァルキリーに、ロキは笑いながら謝った。
    「これは失敬…いや、昔はひと月遅れの私の『誕生日』が兄上の誕生日と一緒に祝われていたことを思い出してな。
    戦場の拾われ子だったとのだから、誕生日も何もあるわけないのだがな…それでもそのような日を設定してくれたのはお優しいことだとな。でもわざわざ国をあげて祝わないように、兄上と一緒に祝われるように絶妙な日に設定していて、父上たちの苦労がしのばれることよと」
    ヘイムダルが静かに言った。
    「違いますよ」
    「何…?」
    ロキは驚いてヘイムダルを見やった。
    「私の存在をお忘れです。私は九つの世界の全てを見ているのです。ヨトゥンヘイムの王族に関する動向はなおさら」
    「ばかな——ヨトゥンヘイムは魔力でアスガルドから自分たちが探られないようにしていたはずだ」
    「たしかに。しかし軍事動向は先方も用心深く魔術でバリアを作り見通せないようにしていましたが、子供が生まれることなどは隠してはおりませんでした。あなたはラウフェイの子として生まれたものの、未熟児だったので運を天に任せて寺院に置かれました——密かに守護と救護の呪文をかけられて。その呪文に引き寄せられるように、オーディン様はあなたを見つけた。そしてあなたがアスガルドに引き取られた時、私はオーディン様に問われ、あなたの生まれた日がいつか告げたのです」
    ロキは唇を震わせて俯いた。
    「そんな——そんなわけ、ない…」
    「あなたが信じようと信じまいと、そうなのです。ただあなたの誕生日を大々的に祝うと、ラウフェイに伝わってしまい怪しまれると思い、オーディン様は表向きソー様と一緒に祝うことにしました。それがあなたの宮廷での地位を低めさせ、ソー様に比べて人々からないがしろにされることにつながったことは否めませぬが…ですが、あなたの誕生日は本物であると、そのことだけはわかって頂きたい」
     ロキは黙って窓の外の宇宙を見やった。いまはなきアスガルド、ほとんどなくなってしまったヨトゥンヘイムに思いを馳せながら。そして自分が生まれた日のことを確認したという義父オーディンについて、そして毎年手ずから菓子を焼いてくれた義母フリッガについても。彼らにとても愛されてた訳ではないが、完全にないものとにされていた訳ではない、らしい——。いや、ヨトゥンヘイムの傀儡の王にする可能性に備えて、いくばくかの配慮をしていただけ、なのかも知れないが。そして、実の親に捨てられたとはいえ、彼らにも少しは情けがあった、らしい…
     ああ。色々と、色々と、いかにも私の中途半端な人生に似つかわしいことだ…
     でも頰に流れるものは何だ…こんなことで私は…

     しばらくしてロキはぽつりと言った。
    「——私が生まれた日は、はたして喜ぶべき日なのだろうか。生まれたことは祝われるようなことなのだろうか。父上は私を拾い上げて、はたしてよかったのか」
    「何言ってるのよ、辛気臭いこと言わないでちょうだい。命が生まれるのはおめでたいに決まってるわ。そして戦場に赤ちゃんが転がってれば、誰だって助けたくなるものよ」
     ヴァルキリーが大声で言った。
    「それにね、これからは王様と一緒くたにお祝いするなんてみみっちいことはやめましょうよ。殿下の誕生日はちゃんと別にお祝いしますからね。お酒いっぱい飲める機会を減らすなんてまっぴらよ」
    「さようですな」
     祝宴じゃなくたっていつも山ほど飲んでるだろうが、と言いながらロキは、熱いものが込み上げてくるのを感じた。皆が私の誕生日を祝ってくれるという…

     兄上はどうだろう。私の誕生日などどうでもいいに違いない。でもいい、こうして祝ってくれる者たちがいるのだから。
     兄上のそばにこうしていられるだけで、私は幸せなのだから。




     その頃、ソーが密かに民の子供たちを集めて言い聞かせていた。
    「な、ロキの生まれた日を思いっきり祝ってやりたいんだ。このサプライズパーティは是非とも成功させたい。あいつは自分の誕生日にみんなで祝ってもらったことがないんだ。それで色々悲しい思いをしてきてな。いつぞやはそれで本当に腹が立つことがあって…いやいい。今回はお前たちの笑顔と歌であいつを幸せにしてやってくれ」
    「はああい!!」
    「王様、なんかご自分のお誕生日の時より嬉しそう!」
    「そうか!?そうか、そうかもな…」

    <了>
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