スイとロンの話①某日
『スイ、ごめん。今日はメンバー埋まった。また今度やろう。』
「はあ……今日は、埋まってるのな」
ため息をつきつつも『わかった。連絡ありがとう。』と返事をし、ナマコフォンを閉じる。
コウとは、ハイカラシティからのフレンドである。コウとはアスカを経由して知り合った。
アスカを亡くした今、気を使ってこうして偶にバンカラマッチに誘ってくれる。
さて、どうしたものか。今日は何をしようか。ぼんやり考えていたところに声がかかる。
「ね、入らないの?」
「ぴゃ……」
お、驚きすぎて変な声が出てしまった。ああほら、このタコも驚いてる。
「ご、ごめん、驚かせるつもりはなかったんだけど。」
「いや……ワタシこそすまない」
気づいたらクマサン商会まで来ていたらしい。我ながら鮭畜だなあ。
ここまで来てしまったからにはもう働くしかないな。一人でバンカラマッチには行きたくないし、最近はナワバリバトルも楽しくはない。
ドアを開けロッカーへ直行する前に、クマサンに挨拶をする。
「おいクマ公、今日の編成と場所はどこだ」
「キミはそろそろ自分で確認するということをした方が良い……。今日はシェケナダムだよ。」
ダムか……編成は…げ、クーゲルがある。カーボンもあるし苦手な武器がてんこ盛りで困ったな。
シューター枠はZAPか。もう1枚は……スパッタリーか。火力は十分だが射程が不安すぎる。
今日もオレンジの作業服に手を伸ばし着替えをする。胸元に輝く3つの金のバッジを装備して、ヘリに乗る準備をする。
「あれっさっきの。」
「どーも。」
さっき商会の入り口で会ったタコと一緒になった。「すごいね。カンストしてるんだ」「大した事はない。ワタシは人一倍シャケには敏感なだけだ。」
シャケ軍は、ワタシの大事な人の命を奪った。執着するのも仕方がない。クマ公とは利害の一致って奴だからな。
「僕、ロンって言うんだ。よろしく」
「ワタシはスイ。よろしく」
現場に到着したワタシたちは、支給されたブキを確認する。早速クーゲルシュライバーを引きげんなりしているところをロンに笑われてしまう。
そんなロンはカーボンローラーを支給されていた。持ちブキらしい。
壁をある程度塗り、最初のオオモノが沿岸からやってくる。やってきたのはコウモリ。あ、みんな無視して帰ってきた。
続いて桟橋にタワーが、網奥にカタパットが湧く。桟橋のターゲットはワタシだ。チャージする暇がないな。仕方ない……
「スイさん!タワーは処理しますから、カタパットを!」
ZAPを持ったタコがワタシに声をかけ颯爽と桟橋へ向かっていく。コウモリはいつのまにか処理されたようだ。
ワタシもまだまだ周りを見る目がないな…と思いながら網奥へ向かう。網奥で、しかも1人で遠征か……と思いつつもしっかり仕事はこなす。
金イクラを2つ持ち帰り納品し、コンテナ横で待機する。今日は空が綺麗だなーとぼんやり眺めつつ雑魚処理をする。
「スイ!テッキュウが湧いた!処理を頼む!」
「処理をするのはスパッタリーの仕事だろう。わたしはスパッタリーの援護に回るよ。」
「助かります、テッキュウに集中できるのは有り難いです」
とまあ、おおよそこんな感じの緩いペースでウェーブが続いていく。
カンストを経験してると暇だなあと思いながらオオモノを処理していく。味方も自分の仕事を難なくこなしている。
ウェーブ1は安定して終了した。ウェーブ2はハコビヤだった。ワタシはスパッタリー。
「………味方が強すぎてイクラを運ぶことしかやることがないな」
それは良いことなのだが。スパッタリーだとやはり射程が足りない。ハコビヤ向きではない。
ノルマ分のイクラを納品し終わりウェーブ2が終了した。
ウェーブ3は再び夜。霧がかかってきた。霧は一番苦手だ。姿の見えないカタパットが怖すぎる。
ウェーブ3の支給ブキはカーボンローラー。はあ、カーボンか……使い方が良く分からないんだよなあ。
バイト自体は円滑に進んでいた。筈だった。このウェーブが終わる残り10秒。普段なら、絶対にあり得ないこと。
近づいてきたヘビに気づけなかった。インクも尽きている。避ける為の、塗りは確保されていない。
「まずったな……」一人ぼそっと呟く。他の2人は沿岸にいる。あちらも中々やばそうだ。あれ、そういえばロンは──
「ッ……スイ!!!」
なんか飛んできた。と思ったら危機一髪で回避したらしい。したというかさせられたというか。
「っ、キ、キミ、一体」
「危ないじゃないか!」
気づけばロンに横抱きにされている。何だ、これは。アスカにすらされたことがないぞ。
ウェーブは終了した。このバイトは成功だ。他の2人の姿は見えない。ワタシとロンは、コンテナ下の、網奥の方にいる。
「間に合って良かった…。スイ、君、普段こんなんじゃ無いんじゃない?」
「……どうして分かった」
「カンストバッジ、持ってる割に立ち回りが雑だったから。それに何だか上の空なようだったし」
痛いとこを突かれた。確かにワタシは、全ステージのカンストバッジを持っている。今日はダムはつけていないけれど。
「他人を良く見ているな。………助けてくれて、ありがとう」
「いーえ。ヘリも来たし、帰ろうか」
カチッ─バイト終わりの煙草はやはり最高で、ついつい何本も吸ってしまう。
「お疲れ様」
「ん、お疲れ様」
………このタコは何故こんなにも絡んで来るんだ。正直今一人にしてほしい。
──あの時。ワタシがヘビにやられそうになった時。ここでやられれば、アスカに会えるかななんて、柄でもないことを考えてしまった。
「煙草、吸うんだ」と聞く彼に「煙草がないとやっていけないね」と素っ気なく言うと、彼は「ま、誰もこんなことやりたがらないしね」と笑った。
このタコは、ワタシとは正反対の性格なんだろうと、なんとなく感じる。でも、この出会いは何故だか逃してはいけない気がしてきた。
「「あの」」
声が重なる。お互いに「先にどうぞ」と譲り合ってしまう。折れたのはロンが先だった。
「あの…さ。スイが良ければ、だけど、また僕と遊んでくれない‥かな」
照れくさそうにそう言うロンは、ワタシと同じようなことを考えていたらしい。
それが少し嬉しくなって、死んだはずの表情筋が少し動いた気がした。