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    aomi__2

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    墓場まで持っていこうと思っていたnski

    nsさんがkis様への愛をより深く、強く感じる日の話

    僕たちには、月に一度だけ訪れる特別な日がある。別れるまでの日々を急ぐような馬鹿なカップルではないので、付き合ってから毎月記念日を祝っているわけではない。名前をつけるとすれば「何もしない日」だろう。珍しくも特別にも聞こえない、誰しもが一度は自分を甘やかすために口にしたことあるだろうフレーズ。
    ただこれは僕たちにとっては、文字通りの何もしない、とは少し違う。
    タルコット・パーソンズの思考を少し拝借して考えると、僕にはカイザーの命令を受領する役割が、カイザーには僕に命令を下す役割がある。たとえそれが魂レベルに刻まれた役目だとしても、たまに僕たちは疲れてしまう。
    プレーに影響してはいけないから、だったり、自分たちの健全で良好な関係のために、だったりという理由は特にない。ただ、疲れるから。少し疲れるから、何もしない日を作ってみた。
    ただのアレクシス・ネスと、ただのミヒャエル・カイザー。そこには一切の関係が存在しない。主従関係も、恋人関係も、友人関係も。
    何もかもが剥がれたまっさらな舞台の上に、僕らは僕らとして立ち上がる。それが今日、何もしない日。あるいは、何者でもない日。
    だから今日はカイザーのことを起こさない。カーテンを開けるのも面倒だから、それもやらない。実は僕はそれなりに面倒くさがりだから。
    「さむーっ」
    伸びをしながらボイラーを入れて、いつもより少しだけ高めの温度に設定する。僕は少し温度の高いお湯の方が好きだけど、カイザーはぬるいくらいが好き。だけど今日は気にしない。
    いつもより熱いお湯で手を温めてから、温度を下げて洗顔に移る。水の跳ねてしまった鏡を丁寧に拭く作業を、カイザーはめんどくさいと言う。
    僕は好きだけどな。
    カーテンを開けるのは面倒だけど、隅まで綺麗にするのは嫌いじゃない。カイザーはカーテンを開けるのはいいけれど、鏡を拭くのは好きじゃない。
    僕たちは意外と好みが合わない。
    冷えたリビングを温めるためにエアコンを入れて、初めの方だけ窓を開ける。空気が篭もるのが嫌いだった。これはカイザーも一緒。起きてから違うことばかりだったから、一緒だと思えることがあると、いつもより嬉しい。
    朝の張りつめた空気が、人間の営みに壊されていく。笑い声や排気音が自然から所有権を奪い、威厳を放っていたツンとした空気を、あっけなく日常の一部へと形骸化させてしまう。そんな朝が、僕は好きだ。
    これからまだ一時間は起きてこないだろうカイザーのために朝食を用意することも、何時に起こしに行こうかと時計を気にすることもない。朝食が欲しければ自分で用意するし、一緒に食べるために待ったりしない。
    僕はトーストを焼いてコーヒーを淹れる。それでおしまい。見た目にこだわることもなければ、マグへ注ぐコーヒーもてきとう。
    スマホでネットニュースを見ながら、ゆっくりと、少し行儀悪く済ます食事はかなり楽だ。たまにはいいな、と本気で思うくらい。視線をあげれば、真っ暗なテレビの中にいる僕と視線が合う。隣はもちろん無人で、食べかけのトーストに開けた口を向けた間抜け面が一人で座っているだけ。
    今でこそ慣れたものだけれど、それでも普段の生活からはみ出したような、そんな違和感は拭えない。
    僕ってこんな顔しながらご飯食べてるんだ、くらいの感想だけれど、普段はカイザーのことばかりで自分のことを考えることなんてないから。
    トーストがすっかり片付いてマグの中身が半分以下になった頃になって、ゆっくりとした足取りでカイザーがリビングに下りてきた。不機嫌そうにドアを開けて、そのままソファに向かってくる。
    「モルゲン、カイザー」
    「ん」
    僕の目を見て挨拶をしてくれなくれなくても、寝起きのままソファに深く座り込んでも、何も言わない。そういう日だから、これでいい。
    本当は目を見てくれるまで言いたいし、顔洗っておいでよ、とお節介したい。乗り気じゃないなら洗面所まで連れて行って、カイザーが好きな朝食で気持ちを乗せてあげたい。
    この特別な日が訪れる度に、僕は僕の役割を愛していることに気付かされる。命令しているばかりのカイザーにはきっと分からないだろうけれど、誰かのために奉仕している瞬間が人間は最も幸福なのだという教えに、僕は頷いてしまいそうだ。
    「寝たいなら布団に行った方がいいよ」
    せっかくのシーズンオフだから一日くらい寝坊したっていいと思うのに、カイザーは頑なに首を縦に振らない。調子に乗って夜更かしすることはあるくせに、弱い朝にばかり対抗しようとする。
    ソファの上で目を閉じたり開いたり、ゆっくりと瞬きを繰り返して欠伸を噛み殺す横顔に、思わず手を伸ばしてしまいそうになる。眠たげな瞼を撫でて、少し乾燥した肌に触れたい。リップを塗る前のカサついた唇に、僕の剥いた林檎を押し付けて食べさせてあげたい。
    いつもなら、ね。
    「僕ちょっと買い物に行きますね」
    「…………何を買いに?」
    「予約していた本が入荷したみたいだから、それを取りに。それから便利そうな小物とか、うーん…………何か色々です」
    「ふーん、気をつけて行ってこいよ」
    「はあい」
    聞くだけ聞いて興味のなさそうなカイザーに背を向けて自室に戻り、チームメイトの立ち上げたブランドから貰った服を適当に身につける。そんなにお洒落でもないし機能性が特別いいわけでもないけれど、カイザーが隣にいない日の外出にはちょうどいい。ついでに写真を撮って、この服をくれた選手との仲良しアピールをしておく。特に意味もないけれど。
    「行ってきます」
    少し音量を上げてリビングに放り投げた声は、おそらく無言で処理されてしまった。静寂に見送られながら玄関を出て、靴紐が解けていないか視線を下に送る。カイザーが隣にいる時は下を見ながら歩くことなんてないなあ、なんてふと気がついた。
    花が、空が、太陽に照らされた髪が綺麗だねって、そんな話ばかりをしているからかもしれない。
    本屋にも目当てのショップにも、今日は徒歩で行ってしまおう。
    イヤホンを耳にして、欠伸をしながら歩いていく。張り詰めていた空気が緩んで、僕が歩くたびに空気がしなやかに蠢くのを肌で感じる。太陽は頭の真上まで迫っていた。
    あのベーグル屋、新作が出てる。
    ここの道、陥没してたっけ。
    あの家のおじさん、またユニフォーム着たまま水やりしてる。
    通りすがった家から聞こえた大ボリュームの音は、今人気のアーティストの最新曲。カイザーも一度だけ聴いていたけど、お気に召さなかったみたいだった。
    あーあ、一緒に来たら良かったのに。
    誘ってもいないくせに、なんでカイザー来なかったんだろう、なんて思ってしまう。そりゃあ、特別な日なんだから来ないに決まっている。来たくなかったんだろうから。
    道なりに真っ直ぐ、それから信号を右に渡って、カフェテリアが見えたら斜めに入口を構える細い道に入る。そのまま真っ直ぐ行けば、近道。これは奥まった道を嫌うカイザーは知らない道。
    緑に茶色の文字の少し見にくい看板が目印。扉を開けると、本の匂いとゆったりとした穏やかな空気が流れてくる。外に漏れ出るのが勿体なくて、慌てて扉を閉めた。
    通販で買えばいいというカイザーには、このこじんまりとした書店の良さなんてきっと分からない。カウンターに座る顔なじみの店主のおじさんに声をかけると、僕の顔を見ただけで、注文していた本を持ってきてくれる。
    おじさんは僕の前に本を置くと、右手を軽く曲げて顔を近づけるように合図をした。それに従って体を前に倒すと、おじさんが囁き声で僕の耳に言葉を送る。
    「ついこのあいだ、カイザー選手が来たよ」
    「えっ、あのカイザーが?」
    つい驚いて大声になりかけた言葉を、しりすぼみに小さくしていく。こんなところにカイザーが来るなんて、信じられなかった。
    おじさんは少し距離を開けて僕に頷くと、にこりと微笑んだ。
    「ネスが世話になってる、ってわざわざ言葉を添えてね」
    「それ、僕に教えても大丈夫ですか」
    カイザーのことだからきっと内緒でいたかっただろうと思っておずおずと聞いた僕に、おじさんはゆっくりと首を縦に振る。おじさんは少し考えるように視線を上げてから、もう一度頷いた。
    「ネスくんに教えるな、とは言われなかったからね」
    「じゃ、大丈夫ですね」
    同じように僕も頷きながら、袋に本が詰められるのを見守る。
    お金は前払いだからそれだけ貰って、教えてくれてありがとうと微笑んでから店を出る。
    なんのためにカイザーが店に訪れたのか、聞いたところでおじさんも知らないだろうと思ったけれど、本当に、どうしてだろう。電子書籍でいいと言っていたし、僕みたいに本を並べるのが好きという訳でもない。見向きもしないと思っていたのに。
    不思議に思いながら、次は雑貨屋へ。お昼はパン屋で出来たてのクロワッサンを買って、その辺のベンチに座って食べる。心地よい風が髪を揺らして、膝の上に零れた欠片を吹き飛ばしていく。遠くの方から飛んできたシャボン玉は、僕の方へ来る途中で割れてしまった。
    「…………帰ろうかな」
    飲みかけのペットボトルを持ったまま、帰りもまた徒歩を選んだ。
    どうして本屋なんかにという疑問はいつまでも消えずに、ペットボトルの中身だけが無くなっていく。ユニフォームを着たおじさんは、今度は洗濯物を干していた。奥さんの尻に敷かれているんだろうな。
    数時間を経ても、未だに太陽は存在を強く示すように輝いていた。太陽の方へ向かって歩いていく僕の足元には、一人分の影が大人しく着いてくる。いつもだったら二人分あるはずのそれは、寂しそうにゆらゆらと揺れていた。
    寂しい。寂しいんだよなあ。
    この特別な日には確かに、いいなと思える瞬間もある。自分の好きなように振る舞える朝も、好きなように動ける休日も、確かに必要なのだけれど。いつだって一緒、なんて疲れてしまうから。
    だけどこうして特別な日だから何もせずにいましょうね、と意識してしまうと途端に寂しくなってくる。
    オフシーズンはこの制度なしにしませんか、と聞いてみてもいいかもしれない。カイザーはきっと寂しくなんてないんだろうけれど、僕がわがままを一つ言うくらいで怒るような器でもない。
    信号を待つ間に遠くを眺める癖があるのを、今更になって思い出した。いつもは隣にカイザーがいるから、遠くを見ている暇なんてない。今を生き抜くことに必死で、カイザーの隣に立つことに必死で、遠くなんて見ていられない。
    カイザーの家が近づくにつれて、足取りが重くなる。たった一日も耐えられない僕が情けなくて、カイザーに負担をかけたくなくて、いっそこのまま帰りたくないな、なんて。
    嘘。本当は今すぐカイザーの温もりを感じたいし、どうして本屋になんて行ったの、本当は好きなのと問い詰めたい。それから、やっぱり僕はカイザーの恋人であり、カイザーに求められている瞬間が一番好きだと伝えたい。
    何者でもない僕てすら、カイザーのそばにいられることが何よりの幸福だと知ってしまった。ただの僕を、アレクシス・ネスを愛して欲しい。そしてそばに置いてほしい。
    そう思えば、重かったはずの足取りは軽くなり、荷物が揺れるのも気にせずにスライドは大きくなっていく。
    早く、はやく、会いたい。
    「カイザー!」
    急ぐあまり最後はほとんど走るようにしてたどり着いた家の扉を不躾に開け放つと、僕が靴を脱いでいる間にカイザーがゆっくりとリビングへと繋がる扉を開く。
    僕の無造作な仕草とは打って変わって優雅な登場に、なんだか安心してしまった。
    「どうしたネス、そんな大声出して」
    「カイザー、カイザー」
    靴は脱ぎ散らかしたまま。買ったばかりの本も小物も放り出して、僕だけのカイザーの元へ飛び込んでいく。
    ねえ、カイザー、あのね、僕聞いたよ、それから、あとね。
    言いたいことは山ほどあるのに、アレクシス・ネスに枯渇していた何が満たされていくのを感じるのに必死で、カイザーの戸惑ったような手の感触にさえ反応できない。
    「だからどうしたんだ…………、今日は例の特別な日だろ」
    「そう、特別な日。何もしない日。何者でもない日。だけどカイザー、僕は、貴方がいてこその僕みたい。何者でもない僕を、愛してくれませんか」
    「…………言っていることがよく分からん、が。まあ」
    僕を抱きしめながら、カイザーが肩を落とす。ふっと息を吐いて、僕の両耳をそっと塞ぐ。
    「さ…………し…………た。のは、俺も同じだ」
    「なに、なんですか、聞こえなかった」
    慌てる僕を見ながら穏やかに笑ったカイザーは、僕にもう一回はくれなかった。だけど僕と同じなら、きっと。
    「寂しかったんですか?」
    「それはどうかな、お前はそうなんだろうが」
    「じゃあそういうことで受け取っておきます」
    放り出した荷物を持って、靴を端に追いやってしまう。カサと手の中で揺れたビニールの音を聞いて、そういえばあの本屋と思い出した。
    先を行こうとするカイザーの背中に本屋のおじさんから聞いたけど、と語り出した途端にくるんと振り返ったカイザーの顔が可愛くて、僕は結局その先の言葉を紡ぐことはなかった。
    特別な日。
    何者でもないけれど、僕は貴方と息をしている。僕が僕であるために。そこに崇高な理由など必要ない。これは身勝手なエチュードではないのだから。
    たとえ僕たちが裸の王様になったとしても、僕たちは手を繋ぐだろう。最初から人間なんて何も持っていないのだから。何も持っていないから誰かを愛して、少しずつ分かち合う。何も無い僕でも、何も無いカイザーでも、愛し合うのに支障なんてない。
    そう気がつけただけでも、このくだらない良き日に特別な感謝を。
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