寒い―と高杉は震えていた。
寒いのは震える躰だけではなく、財布もだ。
合コンで出会った他校の女子大生と良い雰囲気となり、
「クリスマスはパパ達と過ごすから、その前に一緒にお祝いしたいな」と頬を染めた彼女に、これはいけるぞと意気揚揚とプレゼントを用意して待ち望んだ結果がこれだ。
節約を重ねさらにバイト代をつぎ込んでブランド品のネックレスを用意した高杉は、彼女オススメのバーでカクテルを何杯か飲み、それらしい空気になったところで、高杉はプレゼントを渡した。
「嬉しい、早速付けてきて良いかな」
そう言って席を立った彼女は三〇分経っても戻っては来ず、体調を崩しているのではと店員を呼んだところ、お手洗いはものけの殻だった。
騙されたという感情は不思議と起きずただ呆然と立ちすくむ高杉に、店員はワインをご馳走してくれた。
それがいけなかった。
飲んで数分もしないうちに躰の芯が冷えていき震えが止まらず、意識がもうろうとしていく。
薬を盛られたな……
高杉は薬学部の研究生だ、散々ゼミの学生達に気をつけた方が良いぞ、などと偉そうなことを言っていて自分が被害に遭うとは情けないと、とりあえず薬を吐き出そうと指を喉にツッコもうとすれば、店員の値踏みするような視線に指が躊躇する。
怖い―これから自分が何をされるのか鈍い頭でも気づいてしまった高杉が、それでも意識だけは保っていようと懸命に耐えていれば、入口から騒々しい男がやってきた。
「うちのシマで荒稼ぎしているのはテメェらか!ここは織田のショバと分かってるんだろうな」
アアと怒声を浴びせる毛皮を纏った赤毛の男の地響きに合わせて高杉は嘔吐した。
ほとんど水分だけの吐瀉物だが独特の酸っぱい匂いはする。
どうしたものかとぼうと考えながら、やってきた明らかに堅気ではない男が店員を投げ飛ばしている姿を眺めていた。
「で、お前は」
グラスは勿論、テーブルも割れた
「彼女?に連れて来られて」
「?ってなんだよ」
「いや、騙されたというかなんというか」
「運がねぇな……」
自分でもそう思うが過ぎて事は仕方がない。咄嗟に吐き出してはいるが、一度胃を洗浄しなくてはどこで副作用が出てくるか分からない。
だが医者にかかるお金を高杉は今、持っていない。
友人の久坂に連絡すればすぐと金を用意してくれるだろうが、小言を浴びせられるのは絶対だ。
そのまま恩師の吉田に報告されたら最後、鉄拳が飛んでくる。
「そこ曲がってすぐそこに医者がいるから診て貰え、腕は保障する」
ぽんと男は高杉の肩を叩くと、高杉に毛皮をかけ店から出ていく。
「……忘れよう」
紹介された医者は確かに腕もよく、さらに言えば銀髪の美女で高杉の冷めた心を少しだけ慰めてくれたが、今日のことは忘れた方が良いと高杉はしんしんと雪の舞う繁華街から抜け出していった。
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「前にさ、そうやって騙されたことがあったから、それから酒には気をつけているんだよね」
「そりゃ正解だ、」
ふぅと白い息を吐き出しながら飲み干すのは森お手製のホットワインだ。
シナモンの効いたワインはアルコールが飛ばされていても風味が良い。
悔しいが酒すら既に森の作ったものでなければ受け入れなくなったことに高杉は、寒さに震えなが、ふと煌めく星に似た森の瞳をじっとのぞき込んだ。
「どうした……」
「何でもないよ、寒いんだ……」
「それは誘い文句か」
「違うぞ、」
森の方から思い出したと言えば答えてやっても良かったが、どうやら森も知らぬ振りをするようだ。
それで良い、あの日の夜の苦い思い出よりももっと苦いコイを高杉は今しているのだから