トーランドがほどいた髪の毛が、ぱさりとムリナールの頬に落ちる。ムリナールの世界は暗色の幕にまるく縁取られ、目に映るものは、自分に覆い被さる眼前の存在だけになった。
この瞬間が好きだ、とムリナールは思う。
バウンティハンター。サルカズ。指名手配犯。目の前の彼を表そうとすると、相応しい言葉はいくらでも溢れてくる。だがその彼が〝トーランド〟という呼び名だけになるのは、この一瞬以外、ムリナールには思いつかない。
もしかすると、トーランドにとってのムリナールも同様なのかもしれない。
相手が生きる広大な世界から、自分以外を閉め出してしまったかのような錯覚。年甲斐もなく頭をもたげる幼稚な独占欲が見せる、ほんの一瞬の夢想だ。現実には手に入らないものだからこそ、彼らはそんな一瞬を探して行為に耽る。衆目が彼らに許さぬ望みでも、ただの夢なら、誰に見咎められることもない。
黒く縁取られたムリナールの世界で、眼前の空間が徐々に狭まっていく。吐息が肌に触れ、互いの香りが混じり合っていく。
微睡みのようなこの温度を手放すのが惜しくて、ムリナールはトーランドの背に腕を回した。離れかけていた唇が、再びムリナールの温度に溶けていく。
この瞬間も、ムリナールは好きだ。
了