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    雑魚田(迫田タト)

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    唇がガッサガサなムリのだいぶ甘ったるいトームリ

     彼らの夜は、何はともあれまずは口付けから始まることが多い。
     今回も例に漏れず、一言二言会話した後すぐに彼らは体をぴたりと寄せ合い、互いの頭に手を添えた。そして少しずつ顔と顔が近付き、もうじき唇が重なる──という段になって、急にトーランドはぱっと顔を離し、ムリナールの口元にじっと目を遣った。
     面食らったムリナールが、何度かぱちぱちと瞬きし怪訝な顔をする。トーランドはおもむろに手を伸ばし、ムリナールの唇を指の腹で軽くなぞった。
    「唇、ガッサガサじゃねえか」
    「……それが何だ」
    「何だじゃねえよ。痛くねえの? 一体何をどうしたらここまでカラッカラになるんだよ」
    「知らん。不快ならやめればいい」
    「いやお前がいいなら別にいいけどよ……後から割れて血出たりしても俺は知らねえからな」
     呆れた様子でそう言ってから、トーランドは今度こそ顔を寄せてしっかり唇を合わせた。ムリナールは少しぴくりと肩を揺らしたものの、そのまま大人しくそれを受け入れていた。
     ムリナールの肌は、弱くはないがトーランド程強くもない。昔トーランドが何の気なしに切りっぱなしの爪でムリナールを抱いた翌朝、ムリナールの体のあちこちに赤い線が残っていたことに衝撃を受けて以来、トーランドは最低限の配慮はするようにしている。唇に関しても一応その内で、丁寧な手入れこそしないものの、荒れに気付いた時に料理用の植物油をひとすくい拝借して塗る程度のことはしている。
     だが、当のムリナールがこの有様である。トーランドの気遣いは残念ながら全くの無駄だったようだ。
    〝お前がいいなら別にいい〟とはトーランドも言ったものの、荒れた唇の凹凸が触れるのはやはりどうにもむず痒い。
     乾いた後のことはもう知らん、とばかりにトーランドはムリナールの唇を念入りに舐め、しっかり水分を含ませ柔らかくしてから、改めて口付けに耽っていった。

     そのまま夜通し乱れる間、ムリナールの唇は互いの唾液に塗れ、それなりに潤っているように見えた。しかしそれが乾燥してしまえば、そこからは誰しもが知る惨状がやってくる。
     翌朝、先に目覚めたトーランドがちらりと隣を見ると、案の定ムリナールの唇は昨夜より酷い荒れ方になっていた。
    「うわ、見てるだけで怖ぇ」
     笑った瞬間にぴきりと割れる唇の痛み、それを想像してトーランドは顔をしかめた。日常のほんの些細な痛みではあるが、こういうものほど妙に痛く感じるものだ。
     その時、トーランドはあることにはたと気付いた。
    「……笑わないから困らねえのか、こいつ」
     割れて痛いのなら、割れる程口を開かなければ問題ない。それは至極当たり前のことなのだが、普通の人が普通に生活していればまず不可能な理想論だ。
     だがこの男、ムリナールの平坦な喋り方と仏頂面であれば、実現できてしまう──その事実に気付き、トーランドは力ない笑い声を漏らした。
    「これが役立つ時なんてあるんだな……」
     言いながらトーランドは手を伸ばし、ムリナールの頬を軽く摘まんだ。笑うための筋肉を滅多に使わないおかげで、その感触は顔の印象に似合わず非常に柔らかい。
     頬を摘ままれたムリナールは、不快そうに眉根を寄せて小さく唸った。疲れているのか、それでもまだ目覚める様子はない。
    「ま、問題ないならいいか」
     そう小さく呟いてから、トーランドは屈んでムリナールの唇に自分の唇を重ねた。
     表面の凹凸が、やはりむず痒い。
     これをまた柔らかくするのは、ムリナールが目覚めてからゆっくりということにしよう──そう決めて、トーランドは自分の割れない唇でにやりと笑った。


     了
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    雑魚田(迫田タト)

    DONE仕方なく晩餐会の招待を受けた遊侠時代のムリと、それに同行することになったトーのトームリ
    まだ身分差や種族差を噛み砕ききれてない、若造感が強いふたりの話
     椅子からこぼれ落ちた金色の尾が、ゆらゆらと不規則に揺れている。その毛先が箒のように床を擦っている様を、トーランドはもどかしい気持ちで眺めていた。
     せっかく綺麗に整えられた金の毛束が、このままでは埃まみれになってしまう。すぐにでも手を伸ばして毛先を拾い上げたかったが、今そうするわけにはいかなかった。
     今はムリナールがついている席の隣で、小綺麗な服装に身を包み、ただただ会話の脇役に徹することこそが、トーランドに与えられた役目なのだ──


     遡ること、約二ヶ月。
     ムリナールがトーランドと出会ってからいくらか時は経ち、仲間と共に行動することにも慣れてきた頃の、とある夜のことだ。
     特に定めたわけではないものの、何となく拠点のようになっていた森の一角で、彼らはその日も野営をしていた。テントを張り火を焚き、それを囲んで狩ってきたばかりの獲物に食らいつく。ずいぶんと肌に馴染んできたそんな日常を享受しつつ、ハンターたちの会話の中で勃発した些細な口喧嘩の様子を眺めていたムリナールの頭の耳が、不意にぴくりと跳ねて外を向いた。
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