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    sabasavasabasav

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    2主ミリ。祝祭6のエアスケブでした。ミリーちゃん初書き!あの独特なほやほや感を出せているといいな〜ボナパルトは出したかった!

    #2主ミリ

                  ▽


     春の陽射しはまだ柔らかく、湖の水面を淡く揺らしている。
     本拠地では、花祭りを控えて小さな活気が生まれ始めていた。城下町では兵士や街の人々が屋台の骨組みを立て、子どもたちは花を編んだ輪を笑いながら作っている。
     リアンは、その中を歩いていた。木箱に花祭りに使用する花弁の形をした菓子を詰め、指定された屋台へと運ぶ途中だった。
     どこかくすぐったいような空気だ。花の香りが風に乗り、足取りまで軽くなるような午後だった。
     だが、胸の奥には妙な隙間があった。祭の準備をしているのは確かに現実であるのに、それがどこか夢のようにも思えてしまう。
     戦いの記憶が、ごく普通の日常の記憶を塗り潰していく。当たり前にあった行事ですら、夢物語になっていく。静かに平和を侵食する戦争に、朗らかな天気だというのに寒気がする思いがした。
     そこに、破裂するような声が飛んできた。
    「リアンくーんっ!」
     振り返れば、白い帽子が跳ねるように揺れ、少女が両手を振りながらこちらへ駆けてくる。
     その腕にはボナパルトもしっかりと抱えられている。既に見慣れたミリーの〝お友達〟だ。
    「どうしたの、ミリー」
     木箱を一度脇に置いて、リアンが問えば、ミリーはぱっと目を輝かせた。
    「ボナパルトがね、甘い匂いがするほうに行きたいみたいで落ち着かないの。きっとね、おいしい蜜とか、花の汁とか、そういうのが近くにあるんだよ!」
    「ここからだと……近くの森、かな」
    「うんっ! だから、ちょっとだけでいいから、一緒に行こ?」
     笑顔に迷いはなかった。ふわふわした言動とは裏腹に、ミリーのこういうところは案外まっすぐだ。
     断れないことを知っていて言ってるのかは分からないが、リアンは小さくため息をついてから、少しだけだよ、と頷いてみせた。


     森は、城下町のざわめきからほんの少し離れただけだというのに、驚くほど静かだった。
     木々の合間から差す光はまだ優しく、鳥の声もどこか長閑に遠くまで伸びていく。
     ミリーは小枝を払いつつ、鼻をひくつかせながら歩いている。
    「んー……あっ! あれかもっ!」
     ミリーが指さしたのは、苔むした倒木の根元。その中腹に、こぶし大の蜂の巣が木陰にひっそりとくっついていた。黒光りする蜜が巣の隙間から垂れている。
    「わっ……おいしそう! ねえ、ボナパルト、これだよねっ?」
    「ミリー、危ないからちょっと待っ──」
     リアンの声は、一歩遅かった。ミリーは軽やかに倒木に駆け上ると、無防備に指を伸ばして巣に触れてしまった。
     ぐらりと、巣がわずかに揺れたかと思うと、蜜の塊がするりと剥がれ落ちた。避ける間もなく、真下にいたリアンの手にべったりと落ちてきた。
    「うわっ……!」
     反射的に手を振ったが、粘度の高い蜜はまるで手に吸い付くように動かず、肘までとろとろと伝っていく。
    「大丈夫、リアンくん! ……ごめんね、べたべたになっちゃったね」
     ミリーが慌てて駆け寄ってくる。
     その腕の中では、ずっと抱え込まれていたボナパルトが、くにゃくにゃと藻掻いていた。まるで逃げたがっているように見えるが、ミリーはまったく意に介さず、「ボナパルトったら、ちょっとじっとしててよぉ」と、抱え直している。
     リアンはと言えば、手にこびりついた蜜をなんとか払いのけようと悪戦苦闘していた。
     遂に手袋にも染みてしまった。慌てて外したが、指先までべったりと蜜に塗れてしまっている。蜂がいなくて良かった、とかろうじて思えるが、腕が生温くて気持ち悪い。
     ──そのときだった。
     ボナパルトの目が、ふいにぎょろりと動いた。視線がぴたりと止まったかと思うと、するりとミリーの腕から身を捩り抜け、地面に着地する。
    「えっ、あっ!」
     ミリーが驚く間もなく、ボナパルトはまっすぐリアンの腕に跳びかかった。跳ねた身体が、リアンのべたついた右腕に一直線に突進し──
    「う、わっ………」
     ──ぱくっ。
     その音が聞こえたかと思うと、ボナパルトの大きな口がリアンの手首ごと包み込んでいた。
     ぬめった舌が指の間をなぞり、蜜を舐め取っていく。
     更に──ずるり、ずるりと、腕を飲み込むように口が滑っていき、肘まで到達したころには、完全にリアンの右腕がボナパルトの体内に沈みかけていた。
     歯は立っていない。痛みもない。けれど、胃袋に腕を突っ込んだかのような生々しい感触に、リアンはぞわりと背中を震わせた。温かく、湿っていて、柔らかくて、何とも言えない気持ち悪さがじわじわと皮膚を這ってくる。
    「ボナパルト、それはちょっとやりすぎだよぉ!」
     ミリーが声を上げたかと思うと、さっと近付き、ボナパルトの胴を両手でがしっと抱え込んだ。
    「んしょっ! リアンくん、ちょっとだけ我慢してね!」
     ミリーは慣れた手付きで、暴れるボナパルトの身体を無理やり引き剥がした。
     ぬるんと、蜜と唾液にまみれた腕がようやく外気に晒される。
     リアンはほっと息をついたが、同時に、腕から滴る液体が服に染みそうで、慌てて手を振り払った。
    「ボナパルトったら、ほんとに食いしんぼうなんだから。……リアンくんの手、そんなにおいしかったのかな?」
     ミリーのぽつりとした言葉に、リアンはぎょっとした。
    「……ちょっとだけ、舐めてみてもいい?」
     一瞬、何を言われたのか分からなかった。
     だがミリーの瞳はまっすぐで、冗談の気配がまるでない。
     リアンは慌てて腕を引いた。顔に熱がのぼるのが自分でも分かった。
    「だ、だめだって! 人の手なんか舐めるもんじゃないよ!」
    「でも、ボナパルトはぺろぺろしてたよ?」
    「アイツと君は違うでしょ!」
     自分でも妙な理屈だと思ったが、それ以上どう言えばいいのかわからなかった。
     ミリーはきょとんとしながらも、納得したのかしないのか、「そっかぁ」と呟いた。小首をかしげながら、ぺろりと舌を出す。
    「ちょっとだけでも、駄目?」
    「駄目ッ!」
     リアンは半ば本気でのけぞりながら、もう片方の腕で必死にミリーを止めた。
     傍らではボナパルトがぷしゅうと息を漏らし、目をしょぼつかせながら不満そうに後足を動かしている。
    「ほ、ほら、ミリー。さっきの蜂の巣のせいで、蜂蜜塗れになったからボナパルトも反応しただけだよ。僕の手は、別においしくなんてないから!」
     リアンは手をひらひらと振ってみせるが、その指先はまだ蜜でぬるぬるしている。
     ミリーはというと、そんな言葉をまるで聞いていないように、にこにこと笑っているばかりだった。
    「でも、ボナパルトがあんなに夢中になるなんて、ちょっとびっくりだよ?」
     ミリーは自分の胸にぎゅっとボナパルトを抱きしめた。
     ぐにゃっと押し潰されるその体が、無言で「解放してくれ」と訴えている気がしてならない。気持ちは分かるよ、とリアンは心の中でそっとボナパルトに同情した。
    「とにかく! 僕は腕と手袋を川で洗ってくるから」
    「わたしも行く!」
     ぱっと笑顔を咲かせて近寄ってきたミリーに、リアンは思わず一歩下がった。
    「いや、ミリーは……その、ボナパルトがまた飛びついてきたら困るし」
    「うーん、大丈夫じゃないかなぁ? ね、ボナパルト!」
     ミリーがにこにこと問いかけるも、ボナパルトはぷいとそっぽを向いている。どう見ても納得はしていない。
     リアンは小さく肩をすくめてため息をついた。
    「……君たちは、ここで待ってて」
    「えぇ、つまんないなぁ……」
     ミリーが少し唇をとがらせる。
     その横顔に、ほんの一瞬だけ、少女らしい不満と寂しさが浮かんだように見えた。
     リアンは数歩だけ歩いてから、ふと思い直して振り向いた。
    「……戻ったら、一緒におやつでも食べよう。ミリー、何か持ってきてたよね?」
    「……うん! あるよ! 今日のおやつは……ね、ボナパルトには内緒の辛〜いビスケット!」
    「すぐに戻るから」
    「うん! ここでボナパルトと待ってるね!」
     ミリーの顔がぱっと明るくなって、笑い声が木漏れ日に跳ねた。
     リアンは思わずその顔をまっすぐに見て──少し、心臓がうるさくなった気がした。
     咳払いひとつでそれをごまかしてから、森の小道を川へと歩き出した。
     指先に纏わり付く蜜は既に冷えてきていて、腕の内側にじんわり張りついている。

     川辺に着くと、リアンは冷たい水に腕を浸した。蜂蜜がゆっくりと流れていき、皮膚に残ったぬるつきが薄れていく。
     それでも、甘い匂いは完全には消えなかった。
     耳を澄ますと、遠くでミリーとボナパルトの声が届いてくる。
     くすくすと笑う声。軽く叱るような声。どこか騒がしくて、でも、安心できる音。
     リアンは水に濡れた腕をそっと持ち上げながら、小さく笑った。
     戦いはまだ終わらない。今は平和でも、争いの日々はまたすぐに訪れる。
     でも……こういう日があるなら。誰かと並んで、ただくだらないことで笑える一日が残るなら。
     不思議で、騒がしくて、ちょっと厄介で、でもたまに──ふいに目を奪われるような、そんな笑顔があるなら。
     もう少しだけ、頑張ってみてもいいのかもしれない。

     甘ったるい匂いが、風に乗って頬を撫でる。
     リアンはひとつ息を吐いてから、水滴を払い、森へと駆け出していった。

        
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